凉山イ族社会の奴隷制度

2001年3月掲載

解放後の1956年まで存続した四川省南部・凉山イ族地区の奴隷制度 ▼凉山イ族社会性質論争

中国西南部に住む少数民族とはいえ、イ族は人口約650万人と多く、現在、四川、雲南、貴州に広く分布している。民族の起源については、移住や土着など諸説あるが、北方或いは西北方から中国西南部に南下してきたとする見方が多数派である。漢代から唐代にかけて、イ族社会は奴隷制になり、次第に強大になっていくが、その後、元、明、清の各王朝に抵抗は示すも、次第に大半のイ族奴隷主は消滅させられるか、あるいは清朝に服従して地主になり、封建社会へ移行した。しかし土地の険しい四川省西南部の大凉山を中心とするイ族社会だけは、閉鎖社会を続け、中華人民共和国成立後もしばらく1956年の奴隷解放宣言まで、その古代奴隷制度が存続した。

この凉山イ族社会は、奴隷主階級と奴隷階級の2つにはっきり分かれている階級社会で、奴隷主階級は黒イと呼ばれ、イ族社会の7%で、自由民・支配者・統治者であり、一方、奴隷階級は白イと呼ばれ、イ族社会の93%を構成していた。奴隷階級は、曲諾(チュノー)・瓦加(ワチャ)・呷西(ガシ)の3つの階層に分かれている。貴族奴隷主統治階級である黒イは、世襲の族長である茲莫(ツモ)と奴隷主の諾(ノー)で構成され、自分たちを諾蘇(ノースー:黒い皮膚の人)と呼んでいる。黒イは、労働をいやしみ、一日じゅう、騎馬や武芸にあけくれ、奴隷階級の無償労働と現物貢納で暮らしていた。黒イは、彼らの自称:ノースーからきている漢族による呼称で、白イは、黒イにかつて征服されていたイ族をいう。

曲諾(チュノー)は、総人口の半分ぐらいで、その身分は奴隷主に隷属していて、奴隷主の直轄区域内でしか移動できず、奴隷主に贈り物を贈ったり、軽度の労役に服さなければならないが、ある程度の身分上の自由があり、奴隷主によって殺されたり、売られたりする事はなく、その子女も自分で所有する事ができる。奴隷階級ではあるが、彼らのうちの力のあるものは、漢人奴隷やその子孫を自分の奴隷として所有している。

瓦加(ワチャ)は、漢語で「安家(ワチャ)娃子」と呼ぶ奴隷で総人口の4割程度を占めている。奴隷主の家の近くに、奴隷主によって「呷西」の妻をあてがわれ小さい家庭を持つ。奴隷主の土地を使って農畜業をいとなむ一方、一年の大半を主人のため無償労働する。身分上の自由がなく、殺されたり売られたりするし、またその子女も自分の所有とならず、奴隷主の「呷西」となる。

最下層のクラスは、呷西(ガシ)で、漢語で「鍋荘娃子」(イロリのそばで働く奴隷と言う意味)と呼ぶ奴隷。総人口の1割程度がこれに属し、奴隷主の家に住み込んで24時間拘束され、どのような自由も権利ももたない。殆どが、一生を独身で終わる男女で、彼らは主として、漢民族居住地区から掠奪されてきた人やその子孫出、主人に金で買われた者もいる。少数は忠実に働くと、主人から妻をあてがわれ少しの土地と家をもらい、瓦加に昇格することもある。こうした3階層の奴隷は、自由・権利を持たず、貧苦の生活を強いられ、もし逃亡したり反抗すれば、目をくりぬいたり、鼻をそいだり、生き埋めにするなど、非常に残酷な刑罰を受けた。

こうした奴隷制度は、1949年の中華人民共和国成立後もしばらくつづいた。中国諸民族の社会発展の段階がそれぞれまちまちであったため、それぞれの実情に即して社会主義化を行わざるをえず、ひとまず奴隷主の支配権を認める平和協商方式によって、1952年、四川省凉山イ族自治州が成立。自治州成立後も奴隷制度は数年間存続し、1956年、四川省凉山イ族自治州第3回代表会議で、奴隷解放が決定され、古代からの長きにわたった奴隷制度が、ようやく消滅する事となった。

尚、黒イにさらわれた漢族の娘が、奴隷の身から解放されてからも、凉山にとどまり、婦女連合会の主任になったという実話にもとづき、『ダジとその父』という小説が書かれ、映画化もされたとのことだ。

引用文献:
*『中国大凉山イ族区横断記』 主に訳者あとがき (築地書館、1982年7月刊)

●凉山彝族社会性質論争
1956年の奴隷解放宣言の後、全国人民代表会議民族委員会四川省少数民族社会歴史調査組が、はじめて凉山の総合的な調査をはじめ、翌1957年3月、少数民族社会調査研究工作の第1回報告会で、「民主改革以前の凉山イ族社会は奴隷制か、封建制か?」という問題をめぐる討論が始まった。

その後、この論争は、文革期に中断されたものの、1976年後半期から復活し、引き続いて行われてきた。この論争の中心的課題は、全人口の8割を占める曲諾と瓦加の階級的性格をどのように理解するかにかかっているといわれる。

この論争の詳細については、八巻佳子氏の論文「凉山彝族社会性質論によせて」を参照

論集近代中国研究(市古教授退官記念論叢編集委員会編 山川出版社、1981年7月)所収

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