調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」⑥(伊藤 悟さん)

「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」⑥(伊藤 悟さん)第6章

(回想が長かったようだ。最近のことを書こう。)

先日ついに、わずか5日という短い期間だったが、ビルマ国境近くのメーホンソン県に行った。タイヤイ族が県総人口の80%を占めるらしい。その町に行ったのも、もちろん、ひょうたん笛と“古調”を探すためだ。僕は中国の雲南省にいた時、あるタイヤイ族の村を何度か訪れたことがあった。雲南省のタイヤイ族の村はのどかな田舎だった。雲南省では既にめったに見られない伝統的な竹で建てられた高床式の家が点在していた。大部分の人々が農業に従事していた。

このメーホンソンではそこまでの田舎臭さはなかった。もちろんのんびりとしているが僕が中国で感じた田舎臭さとは異なっていた。建物は二階建てで、木材を多く用いていた。どこに行ってもコンクリートより木を目にする、眼に優しい雰囲気があった。僕はチェンマイで出会ったタイヤイ族の先生の薦めで、ボイサンロンという20歳以下の子供が出家する儀式の日程にあわせて村にきた。

男たちは酒を飲み、踊り歌う。女たちは食事や儀式の準備に大忙しだった。祭りのせいか、僕が家を訪ねても、人々と話しても、相手の警戒心がなく接しやすかった。僕が笛を吹けて、少しタイヤイ語を話せたので、みんな僕を厚くもてなしてくれた。タイヤイ族の先生や、その親戚達のおかげですばらしいひとときを過ごせた。僕のために多くの人々にひょうたん笛を作れる老人がいないか尋ねてくれた。

ある二日間の夜はお寺の庭先で舞台を作り、バンコクから来た“Tai Union”の人達の劇や音楽、踊りを鑑賞した。夜8時に始まり、なんだかんだ催し物が深夜4時まで続いた。僕もその二日間舞台で笛を吹いた。若者達は不思議そうに見ていた。老人達は笑顔で、そして懐かしそうに聴いてくれた。多くの老人達が笛を手にとっては試しに吹いたりした。その都度、周りからは野次が飛んだり、老人達は照れくさそうだった。村のあちこちでは朝方まで老人たちが歌を歌い続けた。そのうたがロンコン、”古調”だった。

思いがけない事もあった。お寺の庭でテープを売りに来たおじさんと話していたら、和尚さんが縦笛は吹けるか?この笛ならいつでも作れるから、と僕に笛をくれた。後で聞いたところによると、はるか中国雲南省のルイリー地区と接する“木姐(ムゼ)”から、つまり、ビルマから逃げてきたのだという。

同じく、その地区から逃げてきたおばさんが、僕がその地区のうたを少し歌えるのを聞いて、少し、嬉しそうに、僕に歌いかえしてくれた。バイクを借りてあちこち走り回った後、二人の老人がひょうたん笛を作れたと聞きつけた。68歳の老人が、もう目が悪くて作れないが、「しっかり覚えるんだぞ」と、僕にひょうたん笛の作り方を教えてくれた。

たった5日間だが、回った村5、6ヶ所にはもう既にこの笛は残っていなかった。老人達の記憶の片隅に残っていただけだ。それと、あるお寺の小さな博物館の棚に、他の物と物の間に挟まれてひょうたん笛が置いてあった。扱いが良くなくて、はっきりとその全体を見ることができなかった。棚もくぎで全部閉じてしまっていて開けることが出来なかった。そこには吹かれなくなったひょうたん笛が物に挟まれていて窮屈で、寂しそうだった。たぶん、二度とこの笛は吹かれることなく、リードが錆びてその命を終えるのだろう。もう既に死んでしまったのかもしれない。

(C)伊藤 悟 2002 All rights reserved.

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