コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第63話 「海中倭人国・ミマナ」

紀元前の倭人の百余国の海域国家にふさわしい名前としてのミマナ

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」
第63話 「海中倭人国・ミマナ」

『漢書』地理志に「楽浪海中有倭人、分為百余国」と見えます。日本人の先祖が歴史に初登場するこの文句は、2000年後の今に至るもなお新鮮です。

倭人とは海辺に住む半農半漁の人たちで、港や邑を作り魚を採ったり稲を植えたりするかたわら、製塩などもやっていました。楽浪郡という韓国中部にできた漢の出先機関は、それらの倭人が、百余か国に広がって住んでいることを知っていました。当時の韓の地は馬韓・辰韓・弁韓を合わせても80か国しかなかったのに対して、首長を戴く大きな港や邑の百余か国が倭人の国だったというのです。もちろん馬韓・辰韓・弁韓の海沿いには倭人の港や邑があり、三韓の80か国と重なるものもあったでしょうが、済州島にはじまる多島海から北九州・山陰さらには翡翠を生み出す越の国まで、倭人の百余国はそうとう広範囲にわたっていたものと思われます。

その百余国が成帝の時代(紀元前33年から紀元前7年まで)に歳時の挨拶の使者を送ってきた、と漢の史書は記しています。「ははあ、百余国の間に互いの連絡システムができたのだな」ということがわかりますね。つまり百余か所の大きな港や邑を結ぶ海域が、ひとつの文化圏・経済圏・同胞意識を持つエリアにまとめられ、平たく言えば一つの大きな海域国家なり海上権力が形成されたのです。

さてこの海域国家には名前がなければなりません。漢に使者を出すのですから、当方は何者であるか名乗るべきで、これを何とするかが倭人たちの問題となりました。日韓の古代史を研究する李寧煕は古代韓国語で「任」の字を「ミマ」と読み、その意味は「水の間」「水の中」であると言います。その意見を借りれば、「那」は国の意味ですから、ミマナは「水の中の国」になりますね。この名前について僕は、ミマナの名は五~六世紀の任那の国よりは、むしろ「海中倭人国」の意味から紀元前の倭人の百余国の海域国家にふさわしい名前ではないかと思います。倭人たちが漢に使節を派遣するに当って、初めて自分たちの海域国家につけた名前がミマナでした。この名前を考案し「任那」の二字に表記した人は、海上権力から顧問に招かれた漢人でしょうから、一般の漢人が抱く「海中倭人国」のイメージで名前を付け、倭人たちは異を唱えず素直にそれを呑んだものでしょう。

それからおよそ半世紀余りの後、韓国の南海岸から洛東江の流域にかけて、首露王スヴァディの六加耶連合ができます。六加耶とは代表的な首長が治めた国で、別に六か国に限らず、かの邪馬台国も連合に加盟していたといわれ、ほかにも旧ミマナを構成した大きな港や邑が参加したと思われます。つまり洛東江の流域を中心とするミマナの再編成ですね。首露王はこの新たな地域を加羅(タミル語で友情による連合)・加耶と呼びましたが、倭人たちは従来どおりミマナと呼び、「任那」の二字を六世紀に加羅の国が滅ぶまで忘れなかったものでしょう。なにしろ自分たちで形成した最初の国の名前なのですからね。

首露王が即位したとき、旧来の首長(干と記される)が九人、歓迎したと伝えられます。旧ミマナを構成した大きな港や邑の首長たちでしょう。個々の名前が明記されていますが、たとえば「我刀干・汝刀干・彼刀干」は「これはオレの刀、これはオマエの刀、これはカレの刀だぞ」と、刀(一種の神器)を配って領地を定めた様子を髣髴させ、「留水干・留天干」はまさに海幸・山幸(水は海、天は山)で、「神天干」はカンナビ(神奈備)山の主、「神鬼干」は巫師であったろうなどと、旧ミマナの有力首長の多彩な様子がうかがえますね。干とはKAM(神)を音写したものでしょう。これらの個性的な首長達は中国式に九人と記されていますが、日本式に表現すればまさに八百万の神々ではないでしょうか。

ちなみに新羅の始祖王、赫居世は都を徐那伐に定め居世干と号しましたが、「伐」は「野」の意味で固有名詞は「徐那」です。また「干」はミマナの首長の「干」ですから、諸干国の任那の周縁に居世干の徐那ができたことが、干と那の字から読みとれます。なお帥升の称号「面土国王」はミマナ(面水国)に対する倭ランド(面土国)の王という意味でしょう。

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