コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第26話 「牛への感謝祭(4)」

プーイー族、トン族、チワン族、コーラオ族の間に残る牛への感謝祭と日本の「牛の正月」

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第26話 「牛への感謝祭(4)」

貴州省を最初に開拓したといわれるコーラオ族の牛王節の祭りの日は、また牡牛の誕生日ともいわれています。この祭についてコーラオ族はこんな起源説話を持っています。

 「むかし、コーラオ族の居住地が侵入者に包囲され、何日もの間、人々はどうして脱出するか頭を悩ませた。ある日、村長の飼っていた牛が、やにわに村長の服のすそを引っ張り、山の洞穴に連れて行った。洞穴は通り抜けられるものだったので、村長は村人とともにこの洞穴を抜けて危機を脱した。その日から、人々は牛を打ったり、牛肉を食べたりすることをやめたという。」

 貴州、湖南、広西省に二五〇万人が住むタイ系のトン族にも牛への感謝祭があり、中国人はそれを「祭牛節」と呼んでいます。牛の安息日とされていて、日にちは農暦4月8日、あるいは6月6日とまちまちです。村によってはふかした黒い糯米を牛にふるまって日ごろの労をねぎらうといわれます。メコンプラザにトン族の橋や家屋の木造建築の写真を紹介している高杉等氏によれば、湖南省の三江あたりのトン族の居住地域の風景は日本の信州にそっくりだとのことです。実は僕はつい最近バンコクで中国人画家楊暁村の個展を見たのですが、彼の絵の風景の中の人物の構図が長野県にある道祖神にそっくりなのに不審な気持ちを抱いていました。それが高杉氏の話を聞いてから「ウーン、なんとなくわかるような」気持ちになりました。楊暁村は湖南省のトン族出身の画家だったからです。

 話を戻しましょう。広西省のチワン族にも牛への感謝祭があり、中国人はそれを「牛王祭」と呼んでいます。やはり牡牛の誕生日とされていて、農暦四月八日に行なわれます。この日、人々は手づから糯米の料理を牛に食わせ、同時に人々はこの日のための儀礼食である魚の刺身を食べます。それは刻んだニンニクやタマネギなどに酢、塩、生姜、香辛料を混ぜたものと一緒に、魚の生肉の切片を食べるというものです。

以上タイ系のプーイー族、トン族、チワン族と非タイ系のコーラオ族の間に、牛への感謝祭が残っているのを見てみました。日にちはプーイー族とコーラオ族が農暦10月1日(漢暦の正月元日にあたる)、チワン族とトン族の一部が農暦4月8日、トン族の一部が6月6日(この日はプーイー族では小新年を祝う)となっています。プーイー語の「ツ」、チワン語の「チュ」(ウーミン方言)は韓国語の「ソ」、日本語の「(ウ)シ」(琉球語宮古方言ではウス)につらなり、またチワン語の「モー」(トァーパウ方言)はセーク語の「ボー」、水語の「ポー」、日本語方言の「べべ」「べブ」「べコ」などと同じ圏内にあるのではないかと前に述べましたが、ふしぎなことに、タイ語の「ングワ」を主流とするNG音で牛を呼ぶ圏内に牛への感謝祭が見られず、CH音、TS音で牛を呼ぶ圏内、およびM音、B音、P音で牛を呼ぶ圏内に牛への感謝祭が残っているのです。そして、このCH音、TS音の圏内、およびM音、B音、P音の圏内に日本も入っているのではないでしょうか。

牛は日本には外地から渡来した動物であることは明らかで、牛を呼ぶ言葉、牛耕という農法、牛に関する祭りについて、主な稲作民族と日本の祭りについてざっとスケッチして見ました。日本人の言う「牛の正月」という言葉は、たとえばプーイー族やコーラオ族が牛への感謝祭を漢暦の正月元日にあたる日に行なっているのと、その日取りの決め方に関係があるのではないでしょうか。今はすでに滅んでしまった暦法による正月元日が日本の「牛の正月」として残っていたりすれば、話はぐっとおもしろくなるのですが。

 牛への感謝祭については、とりあえずここまでで終ります。

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