コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第30話 「イネナリ神社の五祭神(2)」

京都・伏見に建てられた稲荷神社の祭神と、ラワ人のマランカ王の儀式で祭られた神々

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第30話 「イネナリ神社の五祭神(2)」

筑紫の国さらに海を隔てた韓国南部の国々、また海を渡ってたどりつく出雲の国など、3世紀のこの地域は、馬韓には倭人も雑居し、加羅の地域には倭人が多く、「今の辰韓人は皆短頭で、男も女も倭によく似ており、入れ墨をしている」(『魏志韓伝』)と記されています。馬韓は百済、辰韓は新羅のことで、『魏志倭人伝』は倭国の王が諸韓国に使節を送ったと述べ、『三国史記』には新羅本紀に「倭の女王卑弥乎、使いを遣わして来聘す」と見えます。筑紫の国と辰韓・新羅の史書に見える交流の記事のほかに、言葉の面からは韓国語の慶尚道(新羅の故地)方言の特徴と日本語の特徴がよく似ているとか、あるいは日本語の出雲方言の特徴と韓国語の特徴がよく似ているとか言われており、『出雲風土記』にはオミヅヌの神の国引き神話があって、出雲の国が小さいので新羅の国の突き出た部分や、高志の国の一部分などを、引っ張ってきて出雲の国に加えたと説かれています。新羅と出雲との間に密接な交流が有ったことは、とりわけ韓国の知識界でとりあげられることが多く、筑紫や出雲の倭国の側から見れば、新羅や加羅、さらには馬韓にまでも倭人が住んでいたのだなあ、という気持ちになりますが、韓国側から見れば、新羅や加羅と同族の人たちが倭の地に渡ったのは紀元前3世紀から紀元1世紀のころまでの3〇〇~4〇〇年間のことであった、という主張も出てきます。ともあれ卑弥呼がいた時代には、濃淡の差こそあれ、筑紫、出雲、三韓の地には韓人も倭人も雑居しており、稲作民の村々ではメーポーソップこそいませんでしたが素朴な稲魂に関する儀式が行なわれていたのではなかったでしょうか。

『古事記』編纂の詔勅が出された711年、伏見の地に稲荷神社が建てられました。この神社は国の神社本庁に属さない単立神社で、言い方が適当かどうかはともかく、さながら外国籍の神社のような気がするのです。祭られる神は五つあり、ウカノミタマ、サルタヒコ、オオミヤノメ、田中大神、四大神です。倭国の稲魂に関する儀式の古い形は稲の神としてのミケツカミ、生産の神としてのタカミムスビの二柱を祭る簡素なものでしたが、これは神武天皇以来の権力中枢での話です。それに比べて稲荷神社の祭神はにぎやかですね。いささか唐突かも知れませんが、六世紀のラワのマランカ王の祭儀で祭られた神々と比較してみましょう。

マランカ王の儀式で祭られた神々は、メートーラニー(大地母神)、メーポーソップ(稲魂)、土地神、四柱の守護神の四つでした。このうちメートーラニーとメーポーソップはインド文化の影響で生まれた神です。その前身はメーポーソップが稲魂であることは明らかで、メートーラニーはおそらく生産の神とでも称するものがいたのではないでしょうか。これは特定の田を支配する具体的な土地神よりも、むしろ動植物を生み出す大地の生産力に重きが置かれた抽象的な生産の神だったような気がします。インド文化の衣装をまとったこの主神格の二柱は、古代倭国のミケツカミとタカミムスビのコンビに当るものでしょう。稲荷神社の場合それに相当するのは、ウカノミタマとサルタヒコででしょう。サルタヒコについては後でふれます。稲荷神社にはまた田中大神があり、これは出雲あたりの田の神にルーツがあるのではないかと思いますが、マランカ王の儀式の土地神に当たります。そして稲荷神社の四大神という変わった名前の神は、マランカ王の儀式の四柱の守護神に当たるのではないでしょうか。ここまでは、装いの違いはあってもモン・クメール語族のラワ人のマランカ王の儀式で祭られた神々と、稲荷神社に祭られる神々はほぼ同一のような印象を受けますね。

違うのは唯一つ、稲荷神社はオオミヤノメなる女神を一柱、余計に祭っていることです。オオミヤノメとは意味としては宮廷に使える巫女のことで、神話の中ではアマテラスの岩戸隠れのときに集まった神々の一人アメノフトダマの娘でアマテラスの侍女とされていますが、それだけの説明をつけられて倭国の権力筋の神話の中でも位置づけられなければならなかった存在で、ただの宮廷に使える巫女ではなかったと思います。

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