メコン圏と大東亜戦争関連書籍 第3回「阿波丸事件 太平洋戦争秘話」(ミノル・フクミツ 著 )

メコン圏と大東亜戦争関連書籍 第3回「阿波丸事件 太平洋戦争秘話」(ミノル・フクミツ 著 )


「阿波丸事件 太平洋戦争秘話」(ミノル・フクミツ 著、読売新聞社、1973年8月発行)

《著者紹介》フクミツ・ミノル
1913年、米国ユタ州に生まれる。鳥取高農卒業後、米国ユタ州立大学を卒業、さらに同大学院、ニューヨーク大学にて国際法を研修。戦後、極東軍事裁判の調査官を経て現在文筆業。(本書紹介文より、発行当時)

 太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)4月1日、午後11時、「緑十字船」阿波丸が台湾海峡において、米国潜水艦クイーンフィッシュにより撃沈された。この阿波丸はアメリカおよび連合国側の要請によって日本の占領下で捕虜および抑留されている将兵や市民のため救援物資を運び届けるという特殊な任務を帯びていたため、連合国側から往復路の航海絶対安全を保証されていた。この撃沈は故意か、偶然か、この惨事は数多い謎を残し長い間真相が明らかにされないままになっていた。

船体の一部を緑色に塗り替え、白十字の標識マークを付けた阿波丸は、1945年2月17日、約2千トンの救援物資を載せて門司を出港。高雄、香港、サイゴン、シンガポール、ジャカルタに寄港し、その積荷である連合国の救援物資を届け、帰途につくべく最後の帰港であるシンガポールに1945年3月24日再度入港。2千名余りの乗客乗員と9800トンもの貨物を満載した1万2千トン級の大型貨客船「阿波丸」は、3月28日予定通りシンガポールを出港し、帰国途中の台湾海峡においてこの惨事に遭った。

本書の著者ミノル・フクミツ氏は、戦後、極東軍事裁判の調査官として活躍した日系米人。20数年この「阿波丸事件」という惨事の調査を続け、その調査結果を発表し、この事件のナゾに迫ろうとした試みの貴重な記録が本書で、阿波丸撃沈より28年経った昭和48年(1973年)5月、読売新聞社より刊行された。右記(資料1~資料16)にあるように、National Archives U.S. Governmentの提供によるアメリカ側に残る英文の資料をベースに、阿波丸事件の全貌を、阿波丸派遣に至るまでの経過、事件当日、事件発覚と日本政府・アメリカ政府それぞれの対応ぶり、撃沈についての日本政府の抗議と、日米間の賠償問題の経緯について、詳細に紹介説明されている。

1945年4月1日、阿波丸はいかなる事情の下に、いかにして沈められたのかという肝心の点については、アメリカ側に残っている”阿波丸撃沈に関するアメリカ潜水艦クイーンフィッシュのラフリン艦長の報告書”(4月1日阿波丸が撃沈された当日から、4月4日他の任務につくまでのまる4日間の行動が記されている)が、まずそのまま引用されている。この阿波丸には2千余名の乗客乗員が乗船していたが、生存者はたったの一人で、アメリカ潜水艦クイーンフィッシュに救助された日本人生存者・下田勘太郎氏(日本郵船の雇員、当時46歳)へのアメリカ側の尋問報告書も本書に掲載されている。

その上で、「阿波丸撃沈の真相」と題した章が設けられ、阿波丸撃沈は故意か偶然か、アメリカは本当に阿波丸を沈没することを意図したのか、それではどんな目的があって決行されたのか、なぜ生存者が1人なのか、阿波丸に自爆装置があったのかどうか、事件当日の気象状況はどのようなもので霧がかかっていたのかどうかなど、著者なりの究明が展開されている。アメリカ側に残っている貴重な英文資料の調査だけでなく、著者はこの本のために、米国潜水艦クイーンフィッシュの艦長だったラフリン氏(少将で退役)と航海長で下田勘太郎氏の尋問を行ったベネット氏(事件当時は海軍大尉で海軍大佐で退役)と、事件の当事者である2人の元アメリカ海軍将校それぞれに、1972年5月面談して阿波丸撃沈に関し問いただしている。ただ一人の生存者・下田勘太郎氏はほとんど阿波丸に関し沈黙し続け1970年に亡くなっているが、下田氏が「文芸春秋」(昭和38年11月号)に書き記した『阿波丸撃沈の生き証人』という貴重な記録から、いくつかの証言を本書では検討している。

最終章では「放置されたままの遺族と阿波丸」と題し、未解決の遺族補償問題(巻末には阿波丸犠牲者名や、阿波丸遺族会による日本政府への請願文が全文原文のまま掲載されている)に言及すると共に、台湾海峡の海底に長らく沈んだままの阿波丸が金銀財宝を積んでいたのではという情報に触れている。本書が著された1973年の時点では阿波丸は海底に沈んだままであったが、その後、中国政府は1977年から極秘に引揚げ作業に取り組み、1980年12月、1977年から続いた阿波丸のサルベージ作業をほぼ終えたと発表。中国は、1979年7月、80年1月、81年5月の3回にわたって、遺骨368柱、遺品1683点を日本に返還している。

尚、『阿波丸はなぜ沈んだか』(松井覺進 著、1994年、朝日新聞社)では、”阿波丸が金銀財宝を積んでいたという情報の出所の一つは、BC級戦犯を対象とした横浜裁判の弁護側調査官だった日系二世のフクミツ・ミノル(福光実)”として、本書につき以下の訂正情報を記している。

フクミツは、弁護側証人として海軍の特務機関で、マレー半島を舞台に活動した海軍の特務機関「潮機関」の機関長だった日高震作を何回か呼んだ。日高は南遣艦隊先任参謀でもあり、当時ペナンやシンガポールにいた(日高は、農相や建設相などを歴任した保守政治家の河野一郎の妹美佐子の夫)フクミツは、「ヒカリ機関の日高」といっているが、「光機関」(陸軍)の機関長は岩畔豪雄(いわくろ・ひでお)であり、筆者(松井覺進)は、フクミツに会った時に彼の勘違いであることを確認している。

本書の目次
序文・・・木戸幸一 野村直邦 稲田正純 有末精三
はじめに
Ⅰ.阿波丸の役割と日程の決定
役割と配船に至る経過 安全を確約/航路日程を決定/救援物資の分別け
両国によるスケジュールの確認 修正変更と最終スケジュール

Ⅱ.運命の4月1日
突然消息を断つ 消息を求める日本政府/事件の通達にふみきる
狼狽するアメリカ政府 混乱の8日間撃沈状況の説明を求める日本政府

Ⅲ.クイーンフィッシュの判断と行動
ラフリン艦長の報告書
日本人生存者の尋問 阿波丸の全容/気象状況と行動範囲/ 潜水艦シーフォックスの行動

Ⅳ.撃沈の抗議と賠償問題
日本政府の正式抗議  アメリカ政府の責任を追及/アメリカ政府の回答/2回目の抗議
賠償請求と代船の検討  賠償の明細書/2回目の抗議への回答/ 代船による輸送継続計画

Ⅴ.阿波丸撃沈の真相
故意か偶然か 
見いだせぬ必然性/なぜ生存者が一人なのか/ 自爆装置はあったか
アメリカ側の証言  ラフリン艦長の証言/ラフリン氏の経歴/ラフリン艦長の軍法会議/ベネット航海長の証言
日本側の証言  霧はかかっていたか

Ⅵ.放置されたままの遺族と阿波丸
未解決の遺族補償  日本政府に責任を転嫁する/ 運命をともにした人びと
海底に眠る財宝とサルベージ
阿波丸犠牲者

付 遺族の声
あとがき

本書掲載の資料

<資料 1-Ⅰ>
1945年2月1日、日本政府は白山丸によってナホトカ港より神戸に到着した救援物資を、東南アジア方面へ送るための船舶として、「阿波丸」を使用することを決定し、これをアメリカ政府に伝えた。スイス政府を通じてアメリカ政府に送られた電文の1ページ。
<資料 1-Ⅱ>
阿波丸の安全確認のために日本政府は、1945年2月1日、スイス外務省を通して、アメリカ政府あてに、その特徴と標識マーク、および航路と寄港地の日程を送った。以下2ページにわたって記されている。資料1ーⅠに続く。
<資料 2>
救援物資の内容と送付先を記した書類の一部。1945年1月末に神戸港で積み込まれた連合国側の救援物資の内容は、1945年3月16日ジュネーブの国際赤十字委員会がアメリカ政府に送付した書類によって明らかである。
<資料 3>
アメリカ政府が送った確認のメッセージ(部分)。安全の保障、スケジュール、特徴、マークなど、すべてがチェックされている。1945年2月1日、日本政府から伝達された阿波丸の日程、寄港地とその航路をアメリカ政府はさらに確認し、1945年2月8日、スイス外務省を通じてメッセージを日本政府に通達した。
<資料 4>
日本政府からの再度のスケジュール変更に対して、アメリカ政府が確認したことを伝える電文(部分)。日本政府からの修正変更の通達に対し、アメリカ政府は、1945年3月3日スイス政府を通じて、修正変更の通知を確認したことを日本政府に伝達。
<資料 5>
突然姿を消した阿波丸を探し求める日本政府は、1945年4月10日、東京駐在のスイス代表団を通じて、正式に、アメリカ政府に対してその消息をたずねた(部分)。
<資料 6>
日本政府からの求めに対して、1945年4月10日、アメリカ政府は急きょ阿波丸沈没のメッセージを発表した(部分)。
<資料 7>
アメリカ国務省内の緊急戦時問題処理局のプリット氏から陸軍省のホームズ大将へ送られた1945年4月4日付けの極秘の手紙(部分)。
<資料 8>
日本政府は、1945年4月12日改めてスイス代表を通じアメリカ政府に対して、詳しい情報と責任ある説明を求めた。特に6つのことを強調した(部分)。
(1)いかなる事情のもとに、またいかにして阿波丸は沈められたか
(2)生存者の数とその姓名
(3)生存者が現在抑留されている場所
(4)生存者の健康状態
(5)生存者の待遇
(6)魚雷攻撃に関する仔細内容
<資料 9>
アメリカ潜水艦クイーンフィッシュのラフリン艦長の阿波丸撃沈に関する報告書。1945年4月1日から4月4日迄の4日間の行動が7ページにわたって記されている(1ページ目)。
<資料 10>
ただ一人の生存者・下田勘太郎氏を尋問して得た阿波丸に関する情報(部分)。この尋問報告書は、1945年4月8日にクイーンフィッシュのラフリン艦長が、太平洋艦隊の潜水艦隊司令官に阿波丸撃沈の報告書を送ったとき、同封されたもの。
<資料 11>
クィーンフィッシュの航海日誌。1945年4月1日の行動範囲と霧の状況が数字でハッキリと記録されている。
<資料 12>
1945年4月12日にアメリカ政府からの通達で確実に阿波丸が沈没したことの情報を得た日本政府は、1945年4月26日、スイス政府を通じて正式にアメリカ政府に抗議をした。全文5ページにわたるものである(部分)。
<資料 13>
日本政府の抗議に対するアメリカ政府のスイス代表団を通じての回答(部分)。
<資料 14>
1945年8月10日、日本政府はアメリカ政府に対して5項目にわたる賠償請求をした。
(1)2003名の乗員と乗客の生命の補償金の支払
(2)ただ一人の生存者下田勘太郎の家族に対する手当
(3)阿波丸の荷物9812トンの補償
(4)代船を得るまでの阿波丸の見積もり利益
(5)日本政府に阿波丸の代船を与えること。
<資料 15>
「捕虜を海兵隊の警備兵に引き渡す」1945年4月14日付けのクィーンフィッシュの航海日誌に記録されている。ただ一人の生存者は4月1日に救助されてから、4月14日グアム島でアメリカ海兵隊に引き渡されるまでは、艦内では形式的に手錠をかけられ抑留されていた。
<資料 16>
1945年4月16日付けクイーンフィッシュ航海日誌に「この日をもってラフリン艦長は解任」されたことが記録されている。以後、グアム島に上陸、軍法会議にかけられた。
*資料1~資料16は、National Archives U.S. Governmentの提供
<資料 17>
アメリカ海軍省より筆者(ミノル・フクミツ)に送られた軍法会議に関する手紙

ラフリン艦長の軍法会議
グアム島で1945年4月16日、潜水艦クイーンフィッシュの艦長の職責を解任されたラフリン中佐は、阿波丸を撃沈したことに対してアメリカ海軍の軍法会議にかけられて裁かれた。
・軍法会議の執行日:1945年4月19日、20日
・軍法会議の執行場所:中央太平洋前線地区指令部(グアム島)
・軍法会議の種類:一般海軍軍法会議
・ラフリン艦長に対する起訴事項:
(1)職務執行上の無能(2)命令の不履行 (3)命令遂行の怠慢
・軍法会議の判決:(1)と(2)は無罪、(3)は有罪
1910年、米国カロライナ州生れのエリオット・ラリフン氏は、1968年、ワシントン海軍地区司令官を最後に少将になって退役。

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