メコン圏が登場するコミック 第8回「ゴルゴ13・兵士は森に眠る」(さいとう・たかを 著)

メコン圏が登場するコミック 第8回「ゴルゴ13・兵士は森に眠る」(さいとう・たかを 著)

「ゴルゴ13  兵士は森に眠る」【SPコミックス・シリーズ68】(著者 さいとう・たかを) 1988年8月発行、リイド社   ベトナム戦争時の米軍による枯葉剤作戦に巻き込まれたベトナム帰還兵とその後遺症の問題を扱った1988年8月作品

本作品『兵士は森に眠る』は、世界をまたにかけて活躍する狙撃のプロフェッショナル、ゴルゴ13(サーティーン)のSPコミックシリーズ第68巻「兵士は森に眠る」(計4作品収納)に収められている、ベトナム戦争時の米軍による枯葉剤作戦とその後遺症の問題を扱った1985年10月作品。本作品では、ゴルゴ13(サーティーン)が依頼された狙撃の仕事を如何にプロフェッショナルに処理するかというゴルゴ13の活躍を描くというより、金のためにゴルゴ13を狙う仕事を引き受けることになった、枯葉剤の後遺症を持つベトナム帰還兵の男が中心に描かれている。

ローマで開催されるNATO(北大西洋条約機構)閣僚理事会に出席する西側要人暗殺を計画しているらしいデューク・トウゴウ(ゴルゴ13)をローマで狙う男は、かつて100名近くの共産(ベトコン)ゲリラを殺害し、特殊部隊ではピストル射撃ナンバー1、格闘技S級(スーパースター級)、敢闘精神及び国への忠誠心AAA(スリーエー)といった、銀星章(シルバースター)までもらったベトナム戦の勇士、ダニエル・ストライカーだった。しかし、身体の検査で病院に行った時に妻が家で不貞を働こうとし、その結果、家庭を失うことになってしまう。そして未来に絶望した男が最愛の娘のために、枯葉剤の後遺症で残り少ない生命を売り、超一級の国際的テロリストを狙う仕事を引き受ける。

 本作品では、枯葉剤について下記のように紹介されている。

 ”ランチハンド作戦”とホワイトハウスが名付けたこの”枯葉剤散布作戦”は、1962年から1971年までの、9年間にわたって続けられた・・・   -これらの作戦に使用されたのは、暗号名(コードネーム)”エージェント・オレンジ(オレンジ剤)”と呼ばれる薬剤で、通常は農業用除草剤として使用される2-4Dと2-4-5Tを50対50の割合で混ぜたものである。 -中部高原を中心にジャングル地帯に潜む共産(ベトコン)分子に手を焼いた米軍は、樹林をハダカにし、加えて野菜や穀物を全滅させて、敵を”飢餓攻め”にしようとしたものだった。 -他にもカコジル酸の一種や、トルドン101と呼ばれる”得体の知れない薬剤”を使用したが、さすがにこの作戦は国際的な非難をあび、また米国内の科学者が人間に対しても多大な害を与える、と警告したため・・・・・ニクソン大統領(当時)の命令で”作戦”は、中止された・・・  ・・・・だが、すでにその時までに、ベトナムの国土の5百万エーカーに、2万3千トンの枯葉剤が散布されたといわれている・・・・

 枯葉剤について補足すると、枯葉剤は除草剤の一種で、ベトナム戦争で解放勢力の補給路や解放区で作られる農作物を根絶し食糧源を壊滅するために米軍によって旧南ベトナム全域に散布され、オレンジ、ホワイト、ブルーの3種類がある。このうち特に大量に使用されたのが、2ー4-D(ジクロロフェニキシ酸)と2-4-5-T(トリクロロフェノキシ酢酸)の混合物であるオレンジ剤(エージェント・オレンジ)であり、ベトナム戦争で米軍が撒いた枯葉剤にはダイオキシン(正式名称はポリ塩化ダイベンゾダイオキシン)が混入していた。森林消滅など枯葉剤による環境破壊の問題もあるが、先天性奇形児の出生など人体への影響は甚大で、枯葉剤が撒かれたベトナムはもとより、アメリカでもベトナム帰還兵とその家族には、癌から子供たちの身体障害にいたる疾病が現れ、枯葉剤の後遺症は大きな問題となってきた。

 本作品の主なストーリー展開場所は、ベトナム帰還兵が住むアメリカと、ゴルゴ13と対決するイタリア・ローマとなるが、ダニエル・ストライカーの回想シーンで彼が”枯葉剤作戦”に巻き込まれた1969年のベトナムの戦場の場面も登場する。ベトナム戦の勇士とはいえゴルゴ13とは格段に劣るはずのダニエル・ストライカーは、ゴルゴ13との対決でも卑怯な手段を使わず、「もう、”汚い戦争”は、まっぴら」として、”フェア”に戦いを挑もうとする”兵士”であった。これに対しダニエル・ストライカーにゴルゴ13狙撃を依頼した人物たちの隠された意図が最終章「ワシントンの後遺症」で明らかにされる。

 尚、本書のSPコミックシリーズ第68巻「兵士は森に眠る」には、本作品以外に3作品が収められているが、『偽りの五星紅旗』は、中国返還前の香港を主舞台とする1986年3月作品。中国への返還前の香港脱出企業の株を買占め、中国への返還後に香港経済壊滅を目論む黒幕の狙撃を依頼を受けたゴルゴ13だが、北京政府も黒幕をつき止め、広州の中国国防軍第五軍区から選抜された3名の狙撃班を編成して香港に送り込んでいた・・・。

SPコミックシリーズ 『ゴルゴ13シリーズ(68)・兵士は森に眠る』 目次
■「兵士は森に眠る」  <1985年10月作品>
■「真実の瞬間」 <1984年4月作品>
■「スタインベック三世」 <1985年9月作品>
■「偽りの五星紅旗」 <1986年3月作品> 

「兵士は森に眠る」目次
・PART 1  妻の裏切り
・PART 2  愛する娘のために
・PART 3  機内の2人
・PART 4  シロッコの街
・PART 5  男はやって来た
・PART 6  ”やつ”の動き
・PART 7  娼婦の証言
・PART 8  ”やつ”がいた!
・PART 9  北の森へ・・・
・PART 10 6時に終わった銃声
・PART 11  ワシントンの後遺症 

本書収録作品の主な登場人物
・ゴルゴ13
・ダニエル・ストライカー
・医者
・アリス(看護婦)
・マギー(ダニエルの妻)
・ポール・モリス(クニーニング店店員)
・キャロル(ダニエルの娘)
・マイク(情報局員)
・アンジェロ
・トニー
・マルガリータ(ローマの娼婦)
・ダニエル・ストライカーにゴルゴ13狙撃を依頼した人物たち

本書収録作品の主なストーリー展開場所
・アメリカ(オハイオ州ディトン)(ニューヨーク・マンハッタン)(ワシントン)
・イタリア(ローマ)
・ベトナム(回想シーン)

関連記事

おすすめ記事

  1. メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳)

    メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳) 「…
  2. メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著)

    メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著) 「インドラネット」(桐野…
  3. メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)

    メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)…
  4. メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者: 西浦キオ)

    メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者:西浦キオ) 「リトル・ロー…
  5. メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社)

    メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社 ) 云南名城史话…
  6. 調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)

    「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)第1章 雲南を離れてどれくらいたったか。…
  7. 雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん)

    論考:雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん) 中国雲南省西双…
  8. メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳)

    メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳) …
  9. メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(上・下)(ネルソン・デミル 著、白石 朗 訳)

    メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(ネルソン・デミル 著、白石 …
  10. メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著)

    メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著) …
ページ上部へ戻る