メコン圏現地作家による文学 第10回「タイ人たち」

メコン圏現地作家による文学 第10回「タイ人たち」


本書の原書は『FA BO KAN(ファー・ボー・カン)』(「空は遮らず」)で、タイでよく知られた農村作家、ラーオ・カムホーム(本名カムシン・シノーク)の1958年に発表された出世作の短編集。この作品は、邦訳の他、英語、フランス語、スウェーデン語、デンマーク語、オランダ語、マレー語、ドイツ語など、各国語に翻訳され、海外でも広く知られたタイ外文学作品となっている。本書『タイ人たち』(邦訳題)では17の短編集が収められ、初版(1958年)刊行以降に発表された短編も含まれている。1958年発表の作品は6編で、その他は1959年~1974年に発表されたもの。

1930年、東北タイのナコンラチャシーマー県の農家に生まれた原著者ラーオ・カムホーム(本名カムシン・シノーク)は、タイの名門大学タマサートに進学、大学卒業後、新聞記者、林野局勤務などを経て、東北タイの故郷に戻り、ナコンラチャシーマー県パークチョンで農業を営みながら創作活動に従事。1958年発表の『FA BO KAN(ファー・ボー・カン)』で、社会派作家として登場、その後も次々と作品を発表するも、1976年10月の軍部によるクーデターで、身の危険を感じ、ラオスに逃れた後、スウェーデンに亡命。その後、1981年タイ政府の融和政策で帰国し、タイでの執筆活動を再開する。1992年にはタイ国芸術家賞(文芸家部門)を受賞している。

 本訳書の最初に載っている作品は、1958年に発表された『金色の足の青蛙』。ナークという名の貧しい農民の話で、乾期に朝飯用の青蛙を家の近くの田んぼに、幼い子供たちと探しにでかけるが、下の男の子が毒蛇にかまれて生死の境をさまようことになるが、その日は5人以上の子持ち農民に役場から金が支給される日で、この生活支援補助金を受け取るには郡役所へ赴かねばならなかった。「百姓をしている国民はなんでこんなに辛い目にばかりあわされるのか、食い物がなく、ひもじさだけでも俺たちはもう苦しみのどん底にいるのに、役人の所へ出てくれば、脅迫まがいの言葉であしらわれるんだ。」 役所から何とか村に戻ったナークに村の人たちがかけた言葉とは? たった8頁の短編のラストはなんとも皮肉な結末となっている。

 旱魃、飢餓の苛酷なタイ農村の貧しさの様子は、『天は恵む』という短編作品では、もっと哀しくすさまじい。老人と2人の孫の話だが、水牛の糞が、水牛の持主か、あるいは糞をした田んぼの持主のものかで2人の子供がもめるのだが、一般の日本人読者ではどうして水牛の糞がそんなに重要なのか理解に苦しむことだろう。水牛の糞の下に集まるクッチーという食用虫を狙ってのことだ。子供や祖父だけでなく子供たちの親の様子も見落とせない。『借金百姓』は、その名の通り、借金をして全てを失うことになる農民と金貸しの金持ちの話だ。

 『百姓とナーイ・ハーン』という作品はわかりやすい傑作だ。根っからの百姓で極めて簡単素朴な生活を送っているコング爺さんがとりわけ可愛がり自分で育て上げてきた「サムリット」という名の犬が、白人にバンコクで訓練されたばかりに、米の飯は食わなくなるし、偉く偉そうになって仲間をいじめてばかり、更には元の飼い主であるコング爺さんにも吠えかかり噛みつく有様。この作品は1960年に発表されているが、アメリカの反共戦略に協力してタイの経済開発政策を推進していた当時の最高権力者サリット・タナラット首相兼陸軍司令官(1908~1963年)への痛烈な風刺とみられている。

 政治家批判では、他にも元住職で酒飲みの無頼漢グループの頭目が国会議員選挙に立候補する『ある政治家』という作品があるし、鶏、豚、牛となんでもアメリカから種付けとしてタイに送られてくることをユーモアたっぷりに風刺する『種男』という作品まである。作品『妖怪』では、タイ東部地方で権勢を誇っていた高僧が交通事故で亡くなるも、阿羅漢になり菩薩になるはずが、煩悩のために亡霊となっているという、世俗化して堕落した仏教界への批判がある。『恐るべき事故』や『黄泉の使いたち』では人の浅ましさ・欲深さが描かれ、『名札』ではインドシナ戦争での米軍の前進基地として開発が進み、町が変わり人が変わり生活が変わる、東北タイの町ウドンが舞台だ。きゅうりを売りに町に出かけることをとても楽しみにしていた少女が、町へ向かうバスが道路の持主によって通行止めに遭う作品が『そのうち、あんたも分るさ』。この巧いタイトルは、「独占伐採採掘権って、何のこと?」とすすり泣きながら尋ねる少女に対して答えるバスの運転手の言葉からきている。

 本書の各作品には独特のとても印象的な物悲しいイラストが描かれている。ちなみに表紙のイラストは、本書の一番最後に収められている『臣民』という北タイの森林伐採の仕事が題材に使われている作品に関するもので、スングというタイ北部、東北部で使われている民族楽器を手にした象使いのカム族(モーン・クメール系の先住民族で、北ラオス、北タイの山岳に住む)の少年が象に乗っている絵だ。本書巻末の訳者雑記では、訳者・星野龍夫氏の原著との出会いや著者による原著題名の由来の説明など、興味深い話が紹介されている。ラオ語、東北タイや北タイの方言での否定詞の「ボー」が、タイの本のタイトルに付けられタイ文字で綴られていたのをバンコクの老舗の本屋で見つけた話や、「空は限りなく広い(ファー・ボー・カン)、だが、なぜかこの人の世の狭さは・・・」という歌を作った東北タイ出身の名も知らぬ詩人がいたと、著者が訳者に説明してくれた話が載っている。

目次

■金色の足の青蛙 (1958年)
■借金百姓 (1958年)
■種男 (1958年)
豚のように生きれば (1958年)
■偽医者 (1958年)
■ある政治家 (1858年)
■安産の板 (1959年)
天は恵む (1960年)
■百姓とナーイ・ハーン (1960年)
■天国の住民 (1962年)
■ケーム・カム (1967年)
恐るべき事故 (1969年)
■名札 (1970年)
■黄泉の使いたち (1970年)
■妖怪 (1971年)
そのうち、あんたも分るさ (1974年)
臣民 (1967年)
訳注
訳者雑記         

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