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論考論文・探求活動記「東南アジアの仏足石」(鈴木 峻さん)第3編「タイ西部・中部・北部 仏足跡探訪記」第5回
- 2026/7/17
- 「東南アジアの仏足石」(鈴木 峻さん), 手記投稿等, 論考論文・探求活動記
論考論文・探求活動記「東南アジアの仏足石 」(鈴木 峻 さん)
第3編 「タイ西部・中部・北部 仏足跡探訪記」 第1回、第2回、第3回、第4回、第5回
鈴木 峻(すずき・たかし)
1938年8月5日、満州国・牡丹江市生まれ。1962年、東京大学経済学部卒業。住友金属工業、調査部次長、シンガポール事務所次長、海外事業部長。タイスチール・パイプ社長。鹿島製鉄所副所長。(株)日本総研理事・アジア研究センター所長。
1997年、神戸大学大学院経済学研究科兼国際協力研究科教授。2001年、東洋大学経済学部教授。2004年定年退職。その間、東京大学農学部、茨城大学人文学部非常勤講師。立命館大学客員教授。経済学博士(神戸大学、学術)。
2012年9月~2014年6月、タイ・ラオス、カンボジアに数次にわたり仏足石調査旅行。主な著書『東南アジアの経済』(御茶ノ水書房、1996年)、『東南アジアの経歴史歴史』(日本経済評論社、2002年)、『シュリヴィジャヤの歴史』(2010年、めこん)、『THE HISTORY OF SRIVIJAYA under the tributary trade system of China』(英文。2012年、めこん)、『扶南・真臘・チャンパの歴史』(2016年、めこん)、『THE HISTORY OF SRIVIJAYA, ANGKOR and CHAMPA』(英文。2019年、めこん)、『東南アジアの仏足石』(2025年7月、めこん)<注記>本著作分は、『東南アジアの仏足石』(2025年7月、めこん)発刊以前に、著者ホームページで発表掲載されていたものの一部で、ホームページ閉鎖に伴い、著者より転載許可を得て再掲載されているものです。原文初出の主な時期は2010年代です。従来の発表文章などの延長が、『東南アジアの仏足石』(2025年7月、めこん)の発刊に繋がっています。
タイ西部、中部、北部 仏足跡探訪記(2013年4月28日~5月9日)第5回
2013年5月5日 ランパーン市内初日
5月5日はWat Phrathat Lampang Luangという由緒ある歴史的な大寺院を目指す。ここにはバンコクのエメラルド寺院に安置されている「緑石の仏像」がその昔置いてあったという。門前に大きな広場があり、まさに「門前市をなす」にぎわいぶりである。ここは女人禁制という今では珍しい仏足跡があることで知られる。その前にいくつかの寺の仏像などを見て歩く。珍しく日本人の老人のグループがいてタイ人の案内であちこち見ていた。

仏足跡に賽銭箱が覆いかぶさるようにおいてあり、まことに殺風景である。老人の番人がいてカーテンを開けたり閉めたりしている。何か説明してくれるのだがタイ語のためチンプン・カンプンである。仏足跡はやたらに深く彫られたものだが、これも何代目かのものであろう。最初はコンクリートを固めただけの仏足跡に見えたが、砂岩のプレートに彫りこんだものであろう。
そうそうに切り上げてこの寺からやや南にあるWat Khu Doi Nang Taenを目指すがこれまた見つからなかった。さらに足を延ばしてリー郡に行ってみようと試みたが、途中道路工事があり、行き止まりであった。リー郡は仏足跡の数が多いことでしられるが、午後全部が無駄になってしまった。リー郡に入るのはチェンマイから出ている106号線道路が良いことが分かった。
2013年5月5日 ランパーン市内2日目から、チェンマイ移動で宿泊
5月6日はランパン市内にあるその名も仏足跡寺(Wat Prabat)に行った。これまた地図を頼りに行ったが、地図を見せても誰もわからない。空港の近くだということだけはわかるが道路の図がまるでイイカゲンであった。しかし、古い寺なので町の老人に聞いてみると、ハイウエイの向こう側で、渡ったところから近いという話であった。

私が行くと獰猛そうな犬の集団が吠えかかってきた。私が名だねても犬は吠え続ける。するとそこのお坊さんが出てきて、犬を静めてくれた。日本から仏足跡を見に来たというと彼は大いに喜んで、仏足跡を納めているお堂のカギを開けてくれた。帰りには冷水の入ったペット・ボトルも持たせてくれた。大いなる感激である。もちろん、些少のタンブンはお供えした。
写真が暗くてよくわからないが、大型の3段仏足跡である。長さは2m弱くらいの大きいものである。ここの英語の達者なお坊さん(ニューヨーク帰りの説明によると、この仏足跡の下には古代から伝わる小型の仏足石が安置されているとのことであった。見てみたいが、それは不可能である。彼に言わせるとこの辺の仏足石はほとんどそういう2重構造になっているのだという。
その日はお隣のランプン(Lam Phun)に泊まろうと町に入り手ごろなホテルを探したがどうしても見つからない。仕方なしに、そこから30Kmほど北のチェンマイにまで足を延ばし、ロイヤル・プリンセス・ホテルに泊まることにした。そこは既にアゴダ経由で9~12日の4泊の予約をしていたホテルであり、かつレンタカーAvisの事務所があり、そこで10日の朝車を返すことになっていた。追加の3泊はほぼアゴダ価格に近い値段で泊めてくれることとなった。都合このホテルで7日間の連泊である。朝飯はビュッフェ・スタイルで税・サ込で450B、バンコクよりも高いが内容的にはまあまあである。4日ほど日本の東北弁のオジサマが4人ほどで来ていた。ゴルフをしに来たらしい。すべてを日本語で押し通していた。













