メコン圏現地作家による文学 第16回「田舎の教師」(カムマーン・コンカイ 著、冨田竹二郎 訳)

メコン圏現地作家による文学 第16回「田舎の教師」(カムマーン・コンカイ 著、冨田 竹二郎 訳)


「田舎の教師」(カムマーン・コンカイ 著、冨田 竹二郎 訳、井村文化事業社、1980年1月発行)
<タイ叢書文学編5>

<著者略歴> カムマーン・コンカイ<本書著者略歴より、本書発刊当時>
本名 ソムポン・パラスーン。1938年3月22日、東北タイ、ウボン県アムナートチャロェーン郡に生まれる。1959年、トンブリー在国立バーンソムデット・チャオラヤー師範学校卒、故郷の小学校教師になる。1964年、現職のまま、バンコク プラサーンミット教育大学入学。1966年、同校卒業、アムナートチャロェーン郡学術指導教官。1968年、アメリカ合衆国ノース・コロラド大学大学院入学、小学校行政専攻、1970年、文学修士。復職後、1970年、第10教育管区(東北タイ6県)教育指導官兼同区『教育時報』(月刊)編集長。1973年、ウボン県教育指導主任。1974年-76年、ウボン県教育貯蓄共済組合理事長を兼ねる。1977年、文学省学術局教育課程開発センター 小学教育課程開発部長(現在に至る)。主な著書:『カムマーン・コンカイ先生からの便り』1975年、『小学校教師のメモ』1976年(小説部門で受賞)、『バック・シードェー』短編集、『地方の教師なりに』短編集、『バック・シエンノーイ』短編集、『新生活』児童文学(1978年児童文学最優秀作 受賞)、『田舎の教師からの便り』教育ルポ(1978年度優秀作)、『田舎の教師』1978年 映画のための小説

<訳者紹介> 冨田 竹二郎(とみた・たけじろう)<本書訳者紹介より、本書発刊当時>
1919年、神戸市に生まれる。1939年、大阪外国語学校英語部卒業。1941年、同中国語部修了、同校大陸語学研究所所員。1942年-1946年、中タイ比較言語学研究のためタイ国チュラーロンコーン大学文学部に留学。1946年、大阪外事専門学校講師(中国語),1949年、大阪外国語大学助教授、タイ語学科主任となり現在に至る。1962年、大阪外国語大学教授(タイ語学・文学専攻)(1966年-1968年、1972年-1974年、タムマサート大学教養学部、チュラーロンコーン大学文学部の「日本研究講座」主任教授として派遣さる)。三重県名張市在住。日本音声学会、日本言語学会、日本語教育学会、東南アジア史学会、Siam Society会員。著書:「タイ語基礎」、「日タイ会話辞典」、「タイ語の話し方」、「タイ日・日タイ小辞典」、「タイ語標準教本Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」等、訳書:ボータン作「タイからの手紙」(上)(下)(*2000年逝去、1919年~2000年)

本書は、1978年を通じてタイで空前の大ヒット、超ロングランとなりタイ映画史に残る名作となったドワンカモン映画社制作提供の映画『田舎の教師』の原作。映画化のいきさつについては、本書の冒頭の「作者より」(1978年1月、カムマーン・コンカイ)に記されている。それによると、1977年の年頭に、東北タイ出身のスラシー・パータムさんという青年が、東北タイのウボンの本書の著者であるカムマーン・コンカイ氏の家を訪問し、カムマーン・コンカイ氏の著書『小学教師のメモ』(1976年小説部門受賞)を基に、映画シナリオを書いて、田舎の教師生活に関する映画を作りたいと申し入れがあったとのこと。その映画化の話をうけて、カムマーン・コンカイ氏が、新たに映画のために書き下ろした小説が本書の原作。

カムマーン・コンカイ氏から映画化に際しての書下ろしの条件は、1976年~1977年当時における、田舎の小学校教員の生活と、東北タイ地方の田舎の人々の実態を示す物語であるということで、1977年10月に脱稿し、1980年正月から映画上映がスタートし、映画のために書かれた原作は映画上映開始に遅れて1980年3月に、アドヴァーンス・メディア社から初版が出て、すぐに版を重ね出版もベストセラーになった。本書の日本語訳書は、勁草書房の社長だった井村寿二氏が、東南アジアの文学や社会科学論文を邦訳出版するために作った井村文化事業社から、タイ叢書文学編の第5弾として、訳者はタイ叢書文学編の第3弾・第4弾のボータン作『タイからの手紙』(上・下)の訳者でもあった冨田竹二郎氏により、1980年1月刊行された。

1938年、東北タイのウボンラーチャターニー県アムナートチャロェーン郡の寒村の貧農の家に生まれた本書の原作者カムマーン・コンカイ氏(本名ソムポン・パラスーン)については、本書後記の訳者による解説に詳しい。その生い立ちや幼少時の暮らし、バンコクの寺に住みながらバンコクの師範学校を官費生として修了し、高級教員の資格を取ると、故郷に帰り、村の小学校の教師生活を始めていて、原作者自身の経歴経験が作品に活かされている。

本書は、東北タイ出身の青年が、バンコクの師範学校を卒業し、東北タイに戻って、農村の小学校の教師となり、情熱を燃やして教育にあたる姿を中心に描かれるが、ストーリーの終盤では、密伐悪徳森林王を告発し,殺し屋に消される結末までの不正と悪への挑戦が描かれる。この作品の舞台は、タイの東北部(イサーン)の東南部にある、ラオスとカンボジアに接するウボンラーチャターニー(略称ウボン)県の辺地の村の小学校で。作中の郡区村は架空の場所になっているが、パックイーヒーン区は12ヶ村、狂犬沼村(バーン・ノーンマーウオー)は約100戸、人口約6百人の、若い男女が少なくなった過疎の村という想定。

本書には目次はないが、26の章分けはされていて、ストーリーの展開場所は、ほんの一部、バンコクやウボン市で、ほとんどは、東北タイのウボン県の中の架空の村である狂犬沼村(バーン・ノーンマーウオー)で展開。本書ストーリーは、主人公の東北タイ農村出身の23歳のピヤ青年がバンコク師範学校を卒業し、バンコクでの卒業証書受領祝賀会の場面から始まり、バンコク師範学校卒業後、更なる進学やバンコクで働くことを選ばず、故郷の東北タイのウボン県での教師になるため、バスに乗ってバンコクを離れる場面が、第1章の最後。その後は、ピヤ青年はウボン県で教師となり、本書のストーリー展開時代は、1976年から1977年の村の小学校での約1年の教師生活で、ピヤ青年教師は、1年の間に、いろんなタイプの人生や事件に遭遇していく。

主人公のピヤ青年は、故郷のウボンラーチャターニー県アムナート郡出身で小学校4年を卒業後、バンコクの都立小学校5年に編入し国立の中学に入りバンコクの師範学校の上級教員課程を修了するまでの10年間、遠縁にあたる人が住職を務めるバンコクの寺に寺童として寄宿。彼が頼りにしていた両親は、彼がまだ小学4年を終えないうちに世を去り、田畑や家も残らなかったが、東北タイの農村での幼少の頃の生活状況を心に留め、故郷が恋しく、師範学校でも東北地方文化研究会の委員を務めるほど、様々な農具・漁具、織物、楽器など東北地方の民芸文化に大いなる誇りを持っていた。

東北タイの田舎の小学校の新任教師となった主人公ピヤ青年の誠実な人柄や、臨時の間に合わせ校舎の村の学校や児童のために工夫し奮闘する情熱には、非常に好感が持てる。子供たちはピヤ青年教師を愛し、村人の大部分も、ピヤ青年教師を教育熱心な信頼できる先生として尊敬していく様子も、微笑ましい。毎朝、授業の前に生徒を集めて、唱歌を教え始め、学校の敷地内の小屋に移り住み、野菜を植え始め、井戸を掘ったり、養鶏をはじめたり、教育と生活改善のためにも様々な取組を情熱を持って、簡素な生活を送りながらも、臨時校舎の学校や児童の為に取り組む姿は、感動的。情熱的な青年教師は、村での教師生活を通じて、貧しく、病も抱え、知識智恵もかけるが、仏教の信仰心篤い村人たち、純真で素直な児童たち、賭博にのみ明け暮れる校長、都会的な雰囲気の同僚教師たちや、癒着体質の行政役人たち、天然資源を破壊したり、他人の弱みにつけこむ資本家たちと、様々な人たちと出会い、いろんなドラマや事件が展開する。

エンターテイメント小説としても非常に楽しめる内容で、主人公のピヤ青年教師と、マドンナ的な同僚の新任女性教師ドワンダーオ先生との恋愛関係の展開も非常に気になるところ。ドワンダーオ先生は、都会的な美人でウボン郡副郡長の娘で経済的にも恵まれた女性で、最初は余りにもタイプが違い、志向の違いすぎると思われたドワンダーオ先生が気持ちが変わっていく様子も注目だが、ピヤ青年教師が、井戸汲みで声をかけあった村の娘パヨームとの関係も目が離せない。パヨームは病気の母親カムと小学生の弟シエン少年の3人家族で、このパヨーム一家との関係も深まっていく。また、物語終盤の森林密伐の不正事実の探索からマスコミに正体を隠して暴露するが、その告発の正体がばれていく展開は、非常にハラハラさせるし面白い設定が用意されている。

本書は、いろんな事件や言葉のやり取りなどにも、ユーモア、笑いに溢れているが、やはり、重要な特徴は、ムマーン・コンカイ氏が映画化に際しての書下ろしの条件としてこだわった、1976年~1977年当時における、田舎の小学校教員の生活と、東北タイ地方の田舎の人々の実態を示す物語となっていることだろう。東北タイの農村の暮らしや地方教育制度と田舎の教師生活について、各方面で現実に沿って微に入り詳細な記述が非常に多いが、本書巻末には、訳者による371項目の詳細な注釈が付されていて、タイの農村や教育、社会事情を深く理解する上でも非常に有用だ。食生活や食文化をはじめ、農作業、魚とり、結婚式、葬儀、演芸娯楽、笙や三弦琴などの楽器、井戸掘り作業、賭博、冬の凧揚げなどなど、興味深い項目が満載。

汚職、ばくちに興じる校長はじめ、悪徳不正に関わる資本家やその取り巻きや手下たち、貧乏ながら農作業に勤しみ、助け合いながら、年中行事の祭りを楽しみにする村人たちなど、人物がいきいきとリアルに描かれている点も、本書の面白さで、悪徳資本家たちが、どうやって蓄財し、どのような不正に関わっていくのかも興味深いが、他にもユニークな人物がストーリーに登場してくる。代表的な登場人物は、チャーン・ケーンという中年の村人。問題を起こして村から出て行って、村外れの学校の近くに家を建てて住むようになって、村の人とはほとんど口もきかず、風変わりな男性とみられ、村人たちから気狂い幽霊と呼ばれるという男性だが、本当は非常に誠実で博学で情熱的な人物。最初は村人の協力もなく一人、学校や子供たちのために尽くすピア青年教師に対し、「続けてやりなよ。他人の言葉など余り気にしなさんなよ」と励ましたりしたが、ストーリーの終盤で、困難に陥ったピア青年教師を救うべく、村人たちに向かって呼びかける場面も感動的だ。村や農村文化、農業、漁法も良く知り、笙(ケーン)や三弦琴の名手でもあるという、不思議だが、とても魅力的な人物。

ストーリーの主な展開時代
・1976年~1977年
ストーリーの主な展開場所
・タイ(ウボン県、バンコク)

ストーリーの主な登場人物
・ピヤ(本書の主人公で青年教師。旧名バック・ケーン)
<狂犬沼小学校関係者>
・ドワンダーオ先生(ピヤと同期採用の新任教師、カムマオ校長の姪、エーオ)
・カムマオ・ケオサイ校長(狂犬沼村小学校校長)
・ピシット先生(途中から充員された男性教師)
・サターン先生(前任の教師で郡役所のある町の大きな学校に転任)
・二パー先生(国境警備警察官を夫に持つ前任の教師で健康を害して辞職)
<狂犬沼村村民>
・ルア村長(狂犬沼村)
・ブン(ルア村長の妻)
・キオ少年(狂犬沼村村長の息子で児童総代)
・チャーン・ケーン(村外れに家を建てて一人住む”気狂い幽霊”と呼ばれる男)
・イエム少年
・ブンミー少年
・シエン少年(肌の黒い少年)
・ホーム少年(小学1年クラスの級長)
・チャーン・コェーン(狂犬沼村切っての分限者でパック・イーヒーン区でも指折りの富者)
・カムラー(チャーン・コェーンの妻)
・ティット・カート(チャーン・コェーンの息子で、ウボン郡と村の間に改造バスを運転)
・ティット・プーン(パック・イーヒーン区のばくち打ちで短竹筒賭博の胴元)
・パン(カムマオ校長の妻)
・シー(カムマオ校長の姪で校長宅の女中)
・パヨーム(細い腰をした身体の小さい肌の白い狂犬沼村村の若い娘)
・カムキエン(狂犬沼村村の若い娘)
・ブンコーン(丸ぽちゃで色の白い狂犬沼村村の若い娘)
・ソムマーイ(ずけずけと物を言う狂犬沼村村の若い娘)
・カムコーン(円顔で色の市内、髪を短く切り、きれいな肌をした狂犬沼村の18歳の娘)
・ティット・ブンタン(カムコーンの父親)
・ティット・ドワン(村人)
・カム(若い娘パヨームとシアン少年の母親)
・サーイ婆さん
・ティット・チョーム
・シエン・バオの女房
・パン爺さん(養魚池の池浚いをする)
・ソムサック少年(パン爺さんの孫で中学を卒業後、失業中の少年。後に新聞閲覧所管理人)
・クーン(シーサケート県に行って畑仕事をしている村出身の往年の競鼓の名手)
・ティット・リエン(ヤーン樹油の採取にジャングルに入り行方不明の村人)
・チャンおじさん(村の新聞閲覧所で座っていた村人)
・ソー父ぅつぁん(村の新聞閲覧所で座っていた村人)
・呪術老人(タオ・チャム)
・村の寺の和尚
・プイ婆さん
・プイ婆さんの孫の生徒
・ラピパーン(西洋人と結婚しアメリカから生まれ故郷に帰省中の女性)
<行政・他教育関係者>
・コーソン副郡長(ウボン県ウボン郡、ドワンダーオ先生の父親)
・スタム(ウボン県教育部部員)
・ウィチャイ先生(新任のウボン県教育指導官)
・ウボン郡教育課長
・サワット(ウボン郡教育課長の公務補助教師で38歳、郡教育課長の甥)
・ウボン県知事
・マン(ウボン県教育部長)
・ウボン郡郡長
・エーッカチャイ先生(ピアと同期採用の教師でウボン郡最大の小学校に配属)
・チャンター校長(パック・イーヒーン小学校校長)
・トーンセーン先生(パック・イーヒーン小学校教師)
・ウィサーン先生(パック・イーヒーン小学校教師)
・プラシット(ピアと同期採用の新任教師)
・ブンチャン(ピアと同期採用の新任教師)
<その他>
・舎・竜(シア・マンコーン、ウボンの大物華僑の大商人、東北タイの森林王)
・ソン(舎・竜専属の殺し屋。ウボンの米空軍基地で雇われていた過去)
・舎・竜の弟
・ウワム(舎・竜の職人頭で、パック・イーヒーン村の住人)
・ソムバット医師(コーククラーン村に住む、にせ医師)
・ウボン郡の貸金王「美光」の頭家
・アムナートチャロェーン郡のピヤ青年講師の郷里の親戚や村の人たち
・狂犬沼村小学校校舎建築工事の現場の労働者たち
・ウボン郡役所前のベトナム人が主人のクイティオ屋
・潤頭家(ウボン郡一番の高級レストラン「タイ最高の味」)
<バンコク在住登場人物>
・ピヤがバンコクで寄宿していた寺の住職で伯父
・バンコク師範学校の用務員
・ティット・プロムマー(ピア青年と同じ村の出身で一緒に寺に寝泊まりしている男)
・バンコクの新聞社に勤めるピアの友人
・スック(ピヤがバンコクで寄宿していた寺の寺童で中学に通っている住職の甥)

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