第12信「自己申告 肉団子」「駄洒落」など

(2004年5月号掲載)

2004年4月19日

 ラオスは4月13日から15日まで御正月そして、16日が金曜日だったので、17日と18日が連休ということでゴールデン・ウイークでした。

自己申告 肉団子、5つ食べたら1000キップ

 夕方市、タラーット・レーンにある中国マーケット。
 そこから歩いてすぐそばに、ラオス人のおばちゃんと娘が肉団子の屋台をやっている。肉団子はラオス語で「ルーク・シン」、日本語に直訳すると「肉の子供」、牛の肉をすり身にして団子にする。其れを天婦羅のように油で揚げて、独特のたれにつけて食べる。

 さて、相棒の淑珍と娘の蘭ちゃん、そして家政婦のペットさんと中国マーケットに行った帰り、まだ長女の桜ちゃんの学校の迎えまでに時間があるというので、淑珍のお気に入りのこの店に入った。店といっても、道の脇に椅子を並べてやっているだけの店である。お鍋に油をいれて、肉団子を放り込んで、ちょうど揚がったらお皿にとってお客さんに出す。6つで1000キップとのこと。ただし、私の行った次の日から値上がりするそうで、5つで1000キップになる。

 ところがよく見ていると、隣のお客は直接、串を使って鍋の肉団子をついて、口に放り込んで食べている。そういったお客が3ー4人いる。
お勘定はどうするのだろう。何個、お客さんが食べたか店の人はチェックしているのだろうか?

 淑珍に聞いてみると、お客さんの自己申告である。6つで1000キップであるから、自分で食べただけの御金を払って帰る。淑珍も最初はこのシステムにビックリしたらしい。店の人に聞いても、お客さんが多いので、いちいちどのお客が肉団子を何個食べたかチェックできない、したがってお客さんの申告に任せるとの事である。

 また、直接串を使って鍋の肉団子をつっついて食べる方が、お皿にとってもらって食べるより美味しいのでお客さんもこの方が好きなようである。親戚の人にも聞いてみたが、中にはちょろまかして申告する人もいるだろうが、つぶれないで繁盛しているところをみると儲かっているのだろう。

 この店は、肉団子の漬け汁が美味しいので夕方など学生でいっぱいらしい。今回はお皿にとって食べてみたが、次回は串で直接揚げたての肉団子を食べてみようと思う。こういったやり方で商売がなりたっていることで、ラオス人も正直なんだなと、嬉しく思った。

駄洒落

 外国に長く住んでいると、おじさんギャグをとばすとよく言われる。
いつも華僑の妻といると、所謂日本語の駄洒落は通じないのでその反動かもしれない。しかし、ラオスにもこういった駄洒落はある。ラオス語のギャグは「回転語」といって逆さにしてエッチな意味にするのが多いが、駄洒落もある。

 御正月にお寺参りに行った時、淑珍に教えてもらったギャグ
 行ったお寺は「オン・トウー」というお寺で、ビエンチャンでは有名な寺である。ワット・オン・トウー、アーチャン、キー・ドウー
 「オン・トウー寺の和尚さんは、やんちゃだ」ということで、最後のトウー「10億の意味」とキー・ドウー「やんちゃ」が洒落になっている。

 くだらないといえばくだらないが、ラオスにもこういった韻を踏んだ駄洒落はある。とはいってもやはり最高に面白いのは「回転語」であろう。ここでは紹介しないがラオス人に教えてもらったらいい。

やさしい看護婦さん

 福島県立医科大学付属病院の NICU(新生児集中治療室)の婦長さんからお聞きした話です。あるところに心の優しい看護婦さんがいました。入院した経験がある方なら皆、御存知でしょうが毎朝、看護婦さんが検温に来ますよね。その時に腋の下に体温計を挟むのですが。ある冬の朝、この親切な看護婦さん「きっと冷たい体温計を腋の下に挟んだら患者さんが冷たくて可哀想では」そう思って、たらいにお湯をはって体温計をその中に漬けて暖めてから患者さんに渡そうとしました。そうしたら体温計の水銀が飛んで全部壊れてしまったそうです。

 大失敗ですが、その後この看護婦さんはいい看護婦さんになったと思います。入院した経験がある人ならきっとわかると思いますが、患者の処置がてきぱきと早いけれど、あまり心が伴っていない人ってよくいますよね。いわゆる、技術はあるけれど、心が。これはどの職業にも言えるかも。いわゆる「頭はいいけれど、性格が」。

コミュニケーション

 福島県立医科大学には看護学部があり、たくさんの学生さんが未来の看護婦を目指して毎日の勉強に励んでいます。

 さて看護学部の教授に聞いた話をひとつ。
 看護学部の一年生はコミュニケーション論を必須で勉強する。今の学生は核家族で育ったせいか、他の人とコミュニケーションをとることが苦手。コンピューターや携帯電話は得意だが、実際のコミュニケーションは下手。ということでこれが出来ないと患者さんに自分の事が伝えられない、患者さんの気持ちがわからない事になる。大学にはいって最初の年にこの問題について徹底的に勉強するとのこと。

 核家族について言えば、私の妻は15人家族の9番目。貧乏人の子沢山の華僑に育ったわけなのでこの点はたくましいと思う。子供のころから沢山の親戚・家族・兄弟と暮らしているので人との付き合いは私より上手である。華僑で商売人の家の娘だからかもしれないが。

 このコミュニケーションの問題。簡単に言えば「人との付き合い」ですが、国際交流と同じかも。

謝ったラオス人

 このテーマについては以前にも書いてきた。

 今回、ビエンチャンに戻って家族4人で実家のそばの中華料理屋さんに行った時の話。常連ではないが、結構評判のいい店なので過去に何回か行ったことがある。しかし今回は失敗だった。おそらくコックさんが替わったのだろう。出てくる料理がいいかげん。時間もかかるし味もまずい。お皿に盛り付けるのも逆さまに乗せて来るので、これは明らかに中華料理を知らない素人が作った中華料理だとすぐわかる。

 ウエイトレスのお姉さんを呼んで聞いてみると、中国人のコックは中国に帰って今はラオス人のコックが作っている。おそらく見よう見真似なのだろう。素人の作品だとすぐにばれてしまう。本当は店を改築して新たに新装開店する予定なのだが、まだ正式にはオープンしていない。客が来たから食事をラオス人のコックに作らせて出しているとの事。

 華僑と長く付き合っていると。だんだん中国人になってくるのか、桜ちゃんのパパはウエイトレスに文句を言った。「こんな素人が料理を作っていては、アンタのところ、お客は怒ってそのうち誰も来なくなるよ、昔は美味しかったのに」こういった時に、中国人は大阪の人と同じく文句を言う。サービスに対してお金を払っているのだから当然。そして文句を言わないと相手もわからないから、結局店のほうも損するだけである。

 その時、ウエイトレスのお姉ちゃん「コートート・ラーイ」と何度も謝ったのだ。それを聞いて私は少し、ビックリした。なるほどビエンチャンもこれだけ店が増えて食い物屋だらけになった現在、お客が来なくなったら大変だ。死活問題である。「ボーペンニャン」では済まされない問題である。だから素直に誤ったのだろう。ラオスもこのように商売の世界では厳しくなったので、今までの「ボーペンニャン」の世界ですまなくなったのであろうか。

 実際にビエンチャンのラオス人は、ラオス饂飩(フー)はどこが美味いか、焼肉はどこの店のタレが美味しいか、ベトナム春巻きはどこが美味しいか、皆知っている。そういった店には実際にお客も沢山来ている。民間の世界の方がシビアなのだろう。

名前の呼び方(おじいちゃんと呼ばないで)

 これも病院の小児科の婦長さんから聞いた話である。日本の病院で例えば高齢の方が入院したとする。その時、看護婦さんはどのようにその人を呼ぶか。ラオス人だと「おじいちゃん」というラオス語で呼ぶだろう。これが普通だろう。だけど日本の病院ではこの呼び方はタブー。もし若い看護婦さんが自分のおじいちゃんにあたる高齢の方を呼ぶとき、苗字を呼ぶらしい。例えば患者さんが、佐藤栄作さん(75歳)だったとしよう。この場合は「おじいちゃん」ではなく、「佐藤さん」と呼ぶようにしているらしい。

 どうしてこのようにするのだろう?それは、佐藤さんの気持ちとして本当の孫でない人に「おじいちゃん」とは呼ばれたくないからだ。しかし、逆にラオス人としては、本当の自分のおじいちゃんでなくても、こういった場合は「おじいちゃん」と呼ぶ方が親しみ・愛情がわくのだろう。

 これはもう文化の違いだろう。特に日本人が嫌がるのが「おばさん」であろう。これを知らない人にいうと顰蹙を買うのは100%間違いない。

 ということで、以前にもこの「ラオスからの手紙」でも何故ラオス人は外人には「アーイ」という御兄さんにあたる敬称をつけないのか、について書いたが本当に難しい。

ラオスの看護婦さん

 元ラオス人で現在は日本に帰化しているが、準看の看護学校、正看の看護学校を日本人と一緒に勉強して主席で卒業した人を知っている。現在は埼玉の病院で日夜、看護婦業務に励んでいて、勉強して他の医療関係の資格も色々と取得している。妹2人も看護婦さんで本当にすごい人である。彼女は留学生として日本に来たのではなく、難民として日本に定住して努力して日本の看護資格を得たわけであるから、本当に素晴らしい。この
ような人たちが、自分の技術をまた祖国ラオスのために生かしてくれるようになれば本当にいいのだが。
   
                      
(C)村山明雄 2002- All rights reserved.

 

村山明雄さん(むらやま・あきお)
(桜ちゃんのパパ、ラオス華僑と結婚した日本人)
シェンクアン県ポンサワンで、地下水開発エンジニアとして、国連関連の仕事に従事。<連載開始時>
奥さんが、ラオス生まれの客家とベトナム人のハーフ
地下水開発エンジニア (電気探査・地表踏査・ 揚水試験・電気検層・ 水質検査)
ラオス語通訳・翻訳、 エッセイスト、経済コンサルタント、エスペランティスト、無形文化財上総掘り井戸掘り師
著作「楽しくて為になるラオス語」サクラ出版、翻訳「おいしい水の探求」小島貞男著、「新水質の常識」小島貞男著

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