メコン圏を描く海外翻訳小説 第5回「インドシナ」(クリスチャン・ド・モンテラ 著、長島良三 訳)

メコン圏を描く海外翻訳小説 第5回「インドシナ」(クリスチャン・ド・モンテラ 著、長島良三 訳)


「インドシナ」(クリスチャン・ド・モンテラ 著、長島良三 訳、二見書房、1992年10月)

<著者>クリスチャン・ド・モンテラ
1958年、フランス中部の町シャマリエールに生まれる。21歳で処女作を執筆。大学で現代文学の修士号を得た。1984年に『謝肉祭』、翌1985年に『モヒカン族』(共に未訳)を出版、その後も創作や翻訳等の活動をつづけている。<本書著者紹介。1992年発行当時>
クリスチャン・ド・モンテラは、フランス中部の町シャマリエールに生まれた。高等学校を卒業したあと、さまざまな職業についた。農作業、港湾労働者、じゅうたん敷き職人、体育の補助教員などである。シャンソンを作曲し、それを自分で演奏したりもしている。子供のための演劇集団で1年間、作者をつとめた。21歳のとき、最初の小説を書いた。この作品は4年後に出版された。大学に入学し、現代文学の修士号を得ている。1984年に、スーユ社から『謝肉祭』を、ついで1985年に、おなじスーユ社から『モヒカン族』を出版した。そのあと、あちこちの出版社のために、翻訳やリライト、原稿の下読み、広告のコピーライターなどの仕事をした。現在は34歳、パリに住み、2人の子供がいる。<訳者あとがきでの作者の略歴:1992年の発行当時>

本書は、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴ主演のフランス映画「インドシナ」(1992年の作品、監督:レジス・ヴァルニエ)の原作本「INDOCHINE」の日本語翻訳版。映画は大ヒットし、1992年のアカデミー外国語映画賞を受賞。日本でも映画公開され、ビデオ化もされているので、原作を読んだ方より映像をご覧になった人の方が多いかもしれない。小説と映画の内容がかなり違うというケースも少なくないが、映画「インドシナ」に関しては非常に忠実に原作を描いている。尚、本書の表紙・裏表紙カバーの写真も映画シーンから取られている(写真提供:ヘラルド・エース)

小説の冒頭で、「そういえば世の中には分かちがたいものがたくさんあるような気がする -男と女、山と平野、人間と神、インドシナとフランス」と語られるが、この小説は、1930年代の仏領インドシナが主舞台。映画でカトリーヌ・ドヌーヴが演じた小説のヒロインは、エリアーヌ・ドュブリ。仏領インドシナ南部(コーチシナ)で生まれ育ち大ゴム園を経営するフランス人女性だ。エリアーヌの父親エミール・ドュブリは1880年代にワイン商としてフランス軍隊のあとについて仏領インドシナにやってきて、その後払下げ(コンセシオン)で土地を手に入れゴム園経営に着手し成功を収めた男だった。

仏領インドシナでのフランス人居留民たちの優雅な生活ぶりが描かれる中、エリアーヌ・ドュブリと、インドシナ駐留のフランス海軍大尉との恋が展開する。この若き海軍大尉ジャン・バチストを映画で演ずる男優ヴァンサン・ベレーズも美男子であるが、この若き海軍大尉に、エリアーヌ・ドュブリの養女カミーユが深い関りをもつことになる。エリアーヌと父親エミールとの関係も味わい深いが、エリアーヌとカミーユとの母娘の関係は本書においてもっと大きなテーマだろう。2人の踊りのシーンも印象的だ。

もう一人の主人公とも言えるカミーユは、安南の皇女であるが、両親が飛行機事故で亡くなり5歳でフランス女性、エリアーヌの養女となった。映画では16歳に成長したカミーユ役はリン・ダン・ファンが演じているが、清楚で美しく恵まれたミッションスクールの女学生からその後の激しい人生を生き抜く芯の強いベトナム女性に変わっていく。ユエ(フエ)の皇宮での婚約式の後、一人の安南娘としてユエから逃亡しインドシナの大地を歩きつづけハロン湾にある島までたどり着く行程、島で開かれる奴隷市場でのショッキングな出来事とその後の展開は、劇的で壮大だ。

時代背景として、民族主義者の暴動、共産主義勢力の増大、中国の高官の暗殺など、フランス植民統治下で沸き起こるベトナムの対フランス民族運動が登場する。本書は3部構成となっているが、第2部の書き出しは1930年2月に実際に起ったヴェトナム国民党によるトンキン(北部)のイエンバイ蜂起の話だ。この事件への連帯支援でパリに留学していたタン青年(ベトナムの富商の息子)がフランスから国外追放にあいサイゴンに戻ってくる場面となっている。この物語では、カミーユもプロ・コンドルの牢獄に収容されるが、5年もの収容の後、他の囚人達とともに釈放される。実際フランス人民戦線が1936年総選挙で勝利しレオン・ブルム内閣が発足して、ヴェトナムの政治犯の恩赦が実施されている。警察署長ギイ・アスラン(映画の日本語字幕では警察長官)の更迭もフランス本国での人民戦線内閣の誕生によるものだろう。こうした歴史・人間ドラマの壮烈な展開の後、20年近くの時が経ち、エピローグは、1954年7月の風光明媚なジュネーブに場所が移り、65歳になったエリアーヌと若い男性エチエンヌとの2人の穏やかな会話の場面となる。1954年7月とは、まさにインドシナ休戦協定がジュネーブで調印された時だ。

またエリアーヌはゴム園を経営していることから、ゴム栽培をめぐる当時の経済情勢も描かれている。1920年代に大きく発展したゴム産業も、1930年代に入ってからはゴムの相場が下がり、苦力(クーリー)の逃亡、銀行とゴム園主の関係、トンキン(北部)の無産者・零細農のコーチシナ(南部)の農園労働者への志願などの様が描かれる。他にも、ゴム園での労働風景や、物語冒頭の皇太子夫妻の水上での葬儀風景、阿片窟、当時のサイゴンの下町(安南人街)や白人街、フエの皇城内、村々を巡業する芝居の一座、悪霊を恐れて赤ん坊をほめない習慣などなど、いろんなヴェトナムが盛り込まれていて興味が尽きない。主要登場人物以外にも、インド人の運転手サタイト、警察署長のギイ・アスラン、元踊り子のイヴェットなどと個性的な脇役が多く、なかなかしゃれたセリフもあって楽しい。

大きな歴史の流れを背景に壮大な人間ドラマを若くして書き上げた原著者は、インドシナに行ったことが無くて本書を書き上げているが、子供の頃、アンナンにゴム園を持っていた祖父の思い出話に夢中になったことがあるとのことだ。本書の”訳者あとがき”に原著者がこの作品を書くにあたって語った内容が次のように紹介されている。「ぼくらの世代にとって、インドシナは植民地生活のぼやけたイメージしか呼び起こさない。白い衣装、円錐形の帽子、水田、穏やかな河、高貴な民族、古風な暮らし。それでも、インドシナという言葉のもつ夢、壮麗さ、時代といったものには強く惹かれる・・・」

さらに本書についての語りが以下のように続いている。「この物語は1930年代を舞台に展開し、2つの”インドシナの夢”の抗争が描かれる -居留民とフランス政府高官との抗争と、忽然と現われた民族独立運動の抗争。この物語はまた、かなわぬ恋が、諸状況の現実にもみくちゃにされ、歴史の力に屈伏させられてしまう恋が描かれる。大ゴム園主エリアーヌと、養女で”赤の皇女”のカミーユの間には、ジャン・バチスト海軍大尉が介在するが、彼はたんなる口実にすぎない -2人の女は自分の愛のために、もっと根源的には、自分自身のために闘っているのだ。エリアーヌにあっては、彼女のインドシナに対立するものへの闘い、カミーユにあっては、新しいインドシナのための闘いである。とはいえ、これは二元論的な闘いの小説ではない。それどころか、これは情熱と探求の物語である。すべての登場人物は、烈しい情熱と、インドシナの土地に属していたいという明白な気持ちとの間で、二者択一を迫られる瞬間がある。ジャン・バチストは恋を選ぶことになる。というのは、彼の故郷、ブルターニュは遥か遠くだし、情熱に屈従することはインドシナを放棄することにもなるからだ・・・・。この小説は、題名の示すとおり、インドシナがヒロインなのである」

関連テーマ
●仏領コーチシナでのゴム園プランテーション
ヴェトナム国民党(指導者グエン・タイ・ホック)とイエンバイ蜂起 
●プロ・コンドルの牢獄
●ジュネーブ協定

ストーリー展開時代
・1919年と推定(明記はなし)
*5歳のカミーユが30歳のエリア-ヌの養女になる
・1930年代
*デュプリ家でのクリスマスパーティの騒ぎは1930年。
*カミーユがユエ(フエ)から逃亡したのは、1931年。*カミーユの牢獄からの釈放でエリアーヌとの2人の再会は6年ぶり。その時カミーユの息子エチエンヌは5歳。
・1954年7月 *1954年7月、エリアーヌは65歳になっていた。

ストーリー展開場所
・コーチシナ  メコン川近く、サイゴン、ショロン、コンチネンタル・ホテル
・トンキン ハロン湾、ホンケイ、雲南省近くの国境地帯
・アンナン フエ(ユエ)

主な登場人物たち
・エリアーヌ・ドュブリ (インドシナでゴム園を経営するフランス人女性)
・カミーユ(エリアーヌの養女。安南の皇女)
・エミール・ドュブリ(エリアーヌの父親)
・グエン皇太子夫妻
・エチエンヌ(カミーユの息子)
・ジャン・バチスト(フランス海軍の大尉)
・シャルル・アンリ(バチストの友人)
・ジョスラン(フランス海軍大将)
・ギイ・アスラン(警察署長)
・ぺロ・ドミニク刑事
・カステラーニ刑事(コルシカ人)
・ミン(アスランの安南人協力者)
・シスター・マリー(フランス語の先生)
・シャルロット(カミーユの友達)
・ジリベール
・エドモン・ド・ボーフォール
・競売吏
・ガブリエル(競売吏の助手)
・フランソワ(エリアーヌの昔の恋人。ダナンとファンティエット間の鉄道建設に従事していたフランス人技師)
・レイモン・シュヴァソン(ドュブリ家の管理人)
・イヴェット・シュヴァソン(レイモンの妻。もと踊り子)
・サタイト(エリアーヌの運転手、インド人)
・シェン(ドュブリ家の召使頭)
・ホア(ドュブリ家の使用人でエミールの愛人の安南女)
・トラン・ヴァン(ドュブリ家の年取った召使い)
・キム(ドュブリ家の管理人)
・バオとリャン(平底船の親子)
・タン(インドシナ独立運動の活動家)
・ミン・タン夫人(タンの母親、富商)
・そろばんの達者な中国人の老女
・エブラール(ハロン湾駐在のフランス海軍大尉)
・シスター・クロード
・チュン
・サオ
・スー(旅芸人の役者)

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