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- メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第7回 「少女買春をなくしたい」タイ北部NGOの「小さな」挑戦(稲垣三千穂 著)
メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第7回 「少女買春をなくしたい」タイ北部NGOの「小さな」挑戦(稲垣三千穂 著)
- 2000/7/10
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メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第7回 「少女買春をなくしたい」タイ北部NGOの「小さな」挑戦(稲垣三千穂 著)
「少女買春をなくしたい」タイ北部NGOの「小さな」挑戦(稲垣三千穂 著、青木書店、1996年7月発行)
<著者紹介> 稲垣 三千穂(いながき・みちほ)
1957年大阪府生まれ。1980年京都女子大学国文科卒業。著書:『風と光の国境ーカンボジア難民とともに』(関西書院、1989)『タイ・ギンペット物語ースラムからみた微笑の国』(明石書店、1995)(本書著者紹介より、1996年時)
今ではDEPDC(娘たちと地域の開発・教育プロジェクト)はタイではかなり大きな影響力のあるNGOといえるが、その母体となった売られる怖れのある少女を引きとめる為に就学援助や職業訓練をするプロジェクトを、著者がタイ人の友人と始め、日本からも支援を続けてきた活動記録の書である。
売買春一般の背景・原因、問題性などについては、人によって意見が必ずしも一致しないであろうが、少なくとも、いたいけな少女が売られてあるいは騙されて劣悪な環境のもとに押し込められ売春を強制させられる事態に心を痛めない方は少ないであろう。本書の著者も実態を知って心を痛めるわけだが、彼女の場合は、自分ができることを考え、それを行動に即移していくところがなかなか普通ではできないことだ。
著者のタイとのかかわりは、あるボランティア団体の活動に参加して、タイ・カンボジア国境の難民キャンプで救援活動に従事する1983年に始まる。この時の体験を帰国後、本にするが、その一方で、「タイの国に住んでいたのに、難民キャンプと宿舎以外ほとんどどこへも行ったことがなく、タイの人々、とくに底辺の人々の暮らしはどうなっているのだろう?タイの人々のことも知りたい。」という思いがあり、1988年末、タイを再訪した。そして目にするタイで進行中の開発や近代化の形に疑問をもつようになる。その社会状況を「急速な経済成長を進めていたタイでは、都市の繁栄とは裏腹に、かつては現金がなくても自給自足で生活が成り立っていた農村にもバンコクの消費文化が入り込み、農村の人々は借金にあえぐようになっていった。その一方で、外貨獲得のためにおこなわれる観光政策が性産業を肥大させ、売春組織のブローカーは親の無知と貧困につけこんで、大金を前貸しして少女たちを人身売買していた。」と著者は記している。
著者が、少女の人身売買という問題に足を踏み入れるきっかけとなったいきさつから、どのように行動を起こしていったかについては、本書に詳細に記されているが、バンコクのチャイナタウンにあるある売春窟の売春婦が13歳であったことにショックを受け、最初はそのような子どもを助け出そうとするが、問題の構造が分かりだし、北部に行って売られる前の子どもを助けようとタイ北部・チェンライで活動を始めることになる。タイ人男性とのたった2人だけでNGO活動に着手し、タイ側での活動をタイ人男性が担当し、著者はタイ人男性の活動を財政的に支援する新たなNGO組織を日本で創っていく(アジア子ども基金)。
活動を始めながら、現地での問題の深さや複雑さを知ることになると同時に、NGO活動が直面した種々の困難が、ことこまかに紹介されている。タイ現地側と日本側間に生まれる信頼関係の欠如、日本側内部での意見の対立や焦り・いらだちなどから生じる感情の爆発など、きれいごとだけでなく、実際に活動を推進していく上で起こりうるどろどろした部分もよく著されているので、NGO活動運営に携わっている方あるいは関心をお持ちの方には、なかなか参考になるのではと思われる。活動の効果が出なかったり、内外の活動に問題が生じると「こんなことをやっていても何になるのか?」「こんな思いでやっているのに理解・支援が拡がらない」などという気になるであろうが、そんな折、支えになるのは、たとえ数は少なくても活動で元気を取り戻していく少女たちの笑顔であったり、活動に理解を示し協力支援してくれる人の存在であっただろう。
こうしてタイ側では、DEP(娘たちの教育プログラム)というNGO名で ①学校の先生たちのグループとともに親を説得し、日本側の資金援助で子どもを進学させる ②タイ国内の他のNGOと横の連絡を取りながら、村の村長、役人、僧侶など主だった人々に働きかけ、世論を喚起し、村人の間から人身売買を阻止する運動を組織していくことを目的に始まった活動は、タイ人男性の行動力もあって、急速に拡大することになっていき、かつては孤立無援で、同じ目的のために働く人々もほとんどいなかったが、その後同じ目的の似たプロジェクトがタイ各地にできるようになった。
本書はNGO組織やそれに関わる人たちの活動推進の様子だけでなく、当然のことながら、その取り組む問題状況の構造や変化などの記述も詳しい。エイズ問題が大きくのしかかり、家族のために売られ自分の人生を十分に楽しむこともできずに短命で亡くなる少女達の人生は余りにも悲しい。また、活動地がタイ最北部チェンライ県の国境の町・メーサイであったため、山岳民族の問題や、ビルマ・雲南からタイに売られてくる少女の問題なども、登場し、著者はあとがきで、経済発展すれば少女の人身売買の問題がなるなるだろうという当初の発送が根本的に間違っていたとし、タイ北部の少女たちの人身売買が減ってきた分、被害は山岳民族など国籍のない人々、近隣諸国や別の地方に拡がっていると書いている。「根本的な解決の道を探るためには、お金を集めて送ると言う形の援助よりも、この日本で女性差別とアジア人蔑視をなくす努力と、人権よりも経済優先の開発を促進している日本のODAを変えていくために声をあげていくことが必要だろう」と思い、「小さな力でも集まれば、やがて社会を変えていくほどの大きな流れになるのだということを信じて、これからも自分にできることを、できるだけ遣っていきたいと思う」と、本書を結んでいる。
関連事項
『カムラ』
人身売買防止用にタイ北部の小学校で配られていた小学生用の副読本。実際に起きた出来事を題材にした教材。プーヶットの市街地で火災が発生したとき、売春窟の地下室から鎖につながれた14~15歳の少女5人の焼死体が見つかったが、少女達はタイ北部の農村から売られてきて、そこに監禁されていた。「カムラ」は主人公の名前で、焼死するまでに彼女がどういう経緯をたどったのかを描いたもの。各項目ごとに子どもたちに、もし自分がカムラだったらどうするか、考えさえ、話し合いをさせるための設問がついている。・タイ子ども財団
・児童権利擁護センター(CPCR)
・ムーバンデック(こどもの村学園)
家庭で虐待を受けた子どもや孤児を引き取って、自然の中で自由教育を行っている
・[女性の友」
女性の人権を守る活動をしているタイのNGO
・「女性財団」Foundation for Women
タイ北部で人身売買の予防活動を行っている
・エクパット
アジア観光における子ども買春を終わらせる国際キャンペーン