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コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第40話 「漢字と泰・越語(7)」
- 2003/7/10
- コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」, 企画特集
黄河流域で生まれた漢字「舟」に対し長江下流域の方言だった「船」の漢字のツクリ「エン」は?
コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第40話 「漢字と泰・越語(7)」
タイ族・越族が住んでいた南方の地に特有のものを見てみましょう。たとえば象などは甲骨文字が生まれた黄河流域にはいなかった動物で、漢字文化は象の実物と出会ってこれを象形文字に表すしかてだてがありませんでした。発音はもちろん象のいる地域に住んでいた現地の人たちの音を借りたのです。象という字は日本の漢音でゾー、呉音でショー、ベトナム音でトゥオン、一方、象のいる地域に住むタイ人たちは、標準タイ語でチャーン、ラオス語でサーン、アホム語でジャンという言葉で象を呼んでいます。ベトナム語では象はヴォイと呼ばれ、苗語ではンツーと呼ばれています。象という漢字がタイ語系の発音を残していることは疑いのないところでしょう。ただ「ゾー」という発音に慣れ親しんだ日本人にとっては「ンツー」という苗族の言葉により親しいものを感じるのですが。
南船北馬という成語がありますが、『揚子方言』によりますと「船」という言葉は長江下流域の方言だったと言います。標準語としては黄河流域で生まれた漢字の「舟」が先行していました。船の字は右のツクリの部分が鉛とか沿とかの漢字のツクリが使われており、これは「エン」という発音を示すツクリです。ベトナム音で船はトゥエン、ベトナム語でも船はトゥエンで、また舟もトゥエン、ベトナム語では大小にかかわらず船一般はトゥエンと呼ばれ、おそらくベトナム語のトゥエンをもとに「船」という漢字が生まれたのは呉越の戦いが終わって越の国が長江下流域を制覇した紀元前5世紀あたりではなかったでしょうか。ベトナム人の先祖と目される越の国に敗れた呉の国は苗族の国であったと言われており、苗語では船のことを「ンコー」と呼びます。広東語に大型船を示す舟ヘンに「可」のツクリで構成される漢字が残っており、広東音で「ゴ」と発音しますが、もしかするとこの漢字のもととなったのは苗語の「ンコー」で呉の国が長江下流域を制覇していた紀元前6世紀あたりに生まれたものではなかったでしょうか。呉の国・越の国ともに船を表す自民族の言葉に基づく漢字をもっており、呉越の戦いで勝った方の漢字が今日の漢字の主流になったと考えるのも面白いことです。また同時に負けた国の漢字が地方の言語体系(広東語)の中にレッキとした独自の漢字の形と発音で残っているのも見過ごしにできません。やはり中国語という全体を網羅するものはラジオ・テレビの中だけにしか存在するものではなく、簡体字の体系は簡便な日常生活の道具とはなりえても文化的にはまったく無意味な体系であると断定してよいでしょう。むしろ広東語や潮州語、その他中国の各地の方言とその方言にしか残されていない独特の漢字に文化的な意味があるものと言えましょう。
さて蘇州の街の運河などでは太鼓橋のような橋の下を小船が行き交う情景が見られます。橋もまた南船北馬の船につきものの背景ですが、木ヘンに「喬」のツクリはこの漢字が形声文字であることを示し、橋を作りそれを利用している長江流域の現地民の言葉が発音に取り入れられたもののようです。ベトナム音でキエウ、広東音でキウ、日本の漢音ではキョーとK音が主流です。標準タイ語では橋はクメール語が入ってサパーンと呼ばれますが、北部のランナー語でクワ、雲南のタイ・ルー語でコー、ラオス語でキウ、とK音の言葉になっています。広東音とラオス語がキウという音で交錯するところが面白いでしょう。ベトナム語では橋をカウと言い、苗語ではチョーと言います。さきほどの呉の国・越の国で、ともに同じ「橋」という漢字を使いながら、呉の国の人はチョーと読み、越の国の人はカウと読んだと考えてみるのも面白いことです。
鶏は農家に欠かせない動物で、農耕を主な生業とする民族の間に伝承される民話の主人公である。「鶏」の漢字もその構成を見れば形声文字であることは疑いなく、ベトナム音でケ、日本の漢音でケイ、広東音でガイと読まれます。鶏はタイ語ではガイ、苗語でもガイ、ベトナム語ではガと呼ばれ、これらのいずれの言葉も鶏という漢字に先行する音声言語になり得る資格を持っていると言って良いでしょう。
どうです、漢字をこういう視点で眺めてみるのも面白いでしょう。しかし書き手としてはなかなか疲れることなのです。漢字については今回をもってひとまず休憩させてください。