コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第19話 「チャムの神々」

チャム彫刻に見られる踊るチャムの神々と、南インドやジャワのヒンドゥー遺跡の神像を照合してみると・・

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第19話 「チャムの神々」

メコンプラザに写真を出している知人の高杉等氏はアマチュア・カメラマンで、最近めこん社から『東南アジアの遺跡を歩く』を出しました。ベトナムに残るチャムの遺跡の写真を撮りに、彼はしばしばベトナムに入ります。しかしベトナム人の小ずるさがいつまでたっても好きになれないと言います。ベトナム人は中国人に対して歴史的な嫌悪感を抱いていますが、高杉氏はベトナムから北に国境を越えて中国に入ると「ああ、オレはニンゲンの国に入ったんだ。」とホッとすると言います。彼にもらった16本の腕をフルに躍動させて踊るシヴァ神のレリーフを見て、いっぺんにチャム彫刻が好きになりました。高杉氏によればベトナム社会科学院編の『チャム彫刻』がもっとも充実した写真を載せているというので早速手に入れました。

くだんの16本の腕の踊るシヴァ神は、フォンレ遺跡の9~10世紀のものであるとその写真集の解説にあります。タイのパノムルンのクメールの遺跡にも10本腕の踊るシヴァ神のレリーフがありますが、その躍動感は段違い。またカンボジアのバンテアイチマー遺跡には34本の腕を持つ菩薩像があって、腕の数はやたら多いが、これはただつっ立っているだけ。ところで1500年にわたるチャム人のチャンパ王国(林邑・占城)が残した彫刻に見られる神々はシヴァ神の家族を中心に種類としては実に少ないものです。シヴァ神と妻のウマー神(パールヴァティ)、子のガネーシャとスカンダ、ヴィシュヌ神とラクシュミー、ブラフマ神、サラスヴァティ、スルヤ神、とこれだけ。

ところでこれらの神像のうち、チャム彫刻は踊る神像が実に多いのです。普通はナタラージャといわれる踊るシヴァ神がインドに見られるが、チャム彫刻には踊るシヴァ神が2柱、踊るウマー神が5柱、そして踊るサラスヴァティが1柱。タイではあまり踊っている神像を見かけることはありませんが、南インドのタミル・ナードゥ州にあるヒンドゥー寺院にはシヴァ神と妻なるパールヴァティ(ウマー神)が対になって踊る神像がたくさんのこされています。古い順からクンバコーナム市のナーゲーシュワラ寺院(9世紀)、タンジョール市のブリハディシュワラ寺院(11世紀)、チダンバラム市のチダンバラム寺院(12世紀)などの浮き彫りに108のダンスの型が確認されています。

ジャワ島中部のジョクジャカルタの東北方に、9世紀のプランバナンのヒンドゥー遺跡があります。そこにはシヴァ神、ヴィシュヌ神、ブラフマ神にそれぞれ捧げられた高い塔の形の神殿があり、最も高い47メートルのチャンディ・シヴァには、62種の型のシヴァ神と妻なるパールヴァティの踊りが浮き彫りにされています。イギリス人のアレッサンドラ・アイアは南インドの108のダンスの型をもとに、チャンディ・シヴァの踊るシヴァ神の型のうち、56の型を確認しました。彼女の本にはこの56の型が図として載っているので、『チャム彫刻』に見られる踊るチャムの神々(シヴァ神・ウマー神・サラスヴァティ合わせて8柱)の踊りの型を照合してみました。

まず、踊るシヴァ神については、9世紀のビックラ遺跡のシヴァ神は、アンチタムの男神の型が鏡に反対に映った型で、またくだんの16本の腕の踊るシヴァ神は、カティサマムの男神の型が鏡に反対に映った型でした。

次に、踊るウマー神については、10世紀のミソン遺跡のウマー神は、サムブラーンタムの女神の型。10世紀のチエンダン遺跡のウマー神は、ヴャムシタムの女神の型。11世紀のチャインロ遺跡のウマー神は、サムブラーンタムの女神の型。12世紀のタップマム遺跡のウマー神は腰が前に入ったチンナムの女神の型。11世紀のニャチャンのポー・ナガル遺跡のウマー神の型は、アイアの示した56の型の中には見えませんでした。

最後にサラスヴァティについては、10世紀のチャインロ遺跡のサラスヴァティーは、腰が前に入ったチンナムの女神の型でした。

シヴァ神の踊りの型が確認されるクンバコーラム市のナーゲーシュワラ寺院の浮き彫りが9世紀のもの、ジャワのプランバナン遺跡のチャンディ・シヴァの浮き彫りが9世紀のもの、そしてチャム彫刻として最初に現れたミソン遺跡の踊るシヴァ神が9世紀のもの。9世紀という時代は、チャンパ王国の北隣りにいたベトナム人は唐の支配と南詔の支配を交互に受けており、チャム人の土地に侵攻する余裕はなく、チャンパ王国は南インド、ジャワとほとんど同時進行的にヒンドゥーの神々の踊りを楽しんでいた時代です。

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