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メコン圏を描く海外翻訳小説 第21回「愛人 ラマン」(マルグリット・デュラス 著、清水 徹 訳)
- 2026/4/15
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- 「北の愛人」, 「太平洋の防波堤」, 「愛人 ラマン」, ヴィンロン, ザーディン, サワンナケート, マルグリット・デュラス, 黄水黎(フイン・トゥイ・レー、Huỳnh Thủy Lê)
メコン圏を描く海外翻訳小説 第21回「愛人 ラマン」(マルグリット・デュラス 著、清水 徹 訳)

「愛人 ラマン 」(マルグリッド・デュラス 著、清水 徹 訳、<河出文庫>河出書房新社、1992年2月発行)
<著者>マルグリット・デュラス (1914年~*1996年)<本書著者紹介より、本書発刊当時>
1914年、仏領時代の南ベトナムで生まれ、同地で少女時代をおくる。1950年、『太平洋の防波堤』で作家としての地位を確立、以来、30冊をこえる作品を発表し、映画監督としても活躍。1984年夏に『愛人』が大ベストセラーになり、ゴンクール賞までさらって話題をまいた。本書と関係の深い『北の愛人』を1991年に発表。
<訳者紹介>清水 徹(しみず・とおる) <本書訳者紹介より、本書発刊当時>
1931年、東京生まれ。東大文学部卒。現在明治学院大学教授。主要著書『書物の夢 夢の書物』、主要訳書『ヴァレリー全集』、ミシェル・ビュートル『時間割』など。
本書の原著者のマルグリット・デュラス(1914年~1996年)は、20世紀後半フランスを代表する作家として、非常に多彩な才能を発揮し、特に文学、そして映画では監督、脚本家、また演劇作家としても活躍。本書「愛人 ラマン」をはじめ「モデラート・カンタービレ」「太平洋の防波堤」「北の愛人」「苦悩」など、数多くの作品が河出書房新社より日本語翻訳としても出版され、マルグリット・デュラス原著の日本語翻訳小説以外にも、マルグリット・デュラスを論じた日本語の書籍も数多く出版され、また映画「愛人 ラマン」(1992年 フランス・イギリス合作、1992年5月、日本映画公開)をはじめ、映画「雨のしのび逢い」(1960年 フランス・イタリア合作、日本公開1961年10月)、映画「インディア・ソング」(1975年 フランス製作、日本公開1985年10月)など、マルグリット・デュラスの原作をもとにした映画の日本公開作品も少なくなく、日本でもよく知られたフランスの作家。
本書「愛人 ラマン」の原著は、マルグリット・デュラスが、1943年に処女小説『あつかましき人々』を発表以来、作家歴40年以上の大家で70歳になっていた1984年に発表。フランス人女性のマルグリット・デュラスは、仏領インドシナに派遣されていた教育公務員の両親のもとに仏領インドシナのサイゴン郊外で生れ、ハノイやカンボジア、メコンデルタ地帯、サイゴンで主として幼少期を過ごし、大学教育からパリに移住しているが、本書「愛人 ラマン」は、仏領インドシナを舞台に、15歳の時の金持ちの中国人青年との最初の性愛経験を語った自伝的作品として、センセーションを捲き起こし、世界的ベストセラーにもなった作品。日本語翻訳「愛人 ラマン」は、原著が発表されてすぐ翌年の1985年6月に、日本語翻訳小説「愛人 ラマン」が清水徹 氏の訳により河出書房新社から単行本が刊行。更に映画「愛人 ラマン」(1992年 フランス・イギリス合作、1992年5月、日本映画公開)公開のタイミングで、1992年2月、河出書房新社から本書の文庫本が刊行された。河出書房新社からの単行本、文庫本とも表紙デザインは同じで、著者デュラスの18歳の時の顔写真が使われている。
1996年3月3日にパリで亡くなったマルグリット・デュラスは、1914年4月4日に、仏領インドシナ(コーチシナ)のサイゴン近郊のザーディンで、仏領植民地へ派遣されていた教育公務員の両親の間に2人の兄に次いで長女として生れる。よくデュラスの経歴紹介では、サイゴン近郊、ギアディンに生れると記されているが、ベトナム語読みで「ザーディン」。もともと南ベトナムでサイゴンに隣接していた省の地名だったが、サイゴン=ザーディン省を経て、1976年にホーチミン市に統合。父アンリ・ドナディユー(1872年~1921年)は西南フランスのロ=デ=ガロンヌ県出身で理科の教師。母マリー・ルグランは、東北フランスのパ=ド=カレー県出身で小学校教師。後にペンネームとするデュラスは、父の故郷の町の名。両親は1909年10月に再婚し、1910年に長兄ピエール、1911年に次兄ポール、1914年にマルグリットが誕生。マルグリットの経歴は、過去の出来事をフィクションの種にしたり、現実とフィクションをないまぜにするため、はっきりしない箇所もあると言われ、特に旧領インドシナ時代については年代や時間的前後関係がはっきりしないこともあるが、マルグリットは1914年にサイゴン近郊のザーディンで生れた後は、植民地派遣の教育公務員の本国帰国休暇で一家でフランスに帰国するが、また家族でサイゴンに戻り、その後、父親はハノイの保護領高等中学校であるコレージュ院長に任命され、1917年末に家族はハノイに移住。
1920年の初夏、父親はカンボジアに赴任し、最初は子供の教育のことを思い、家族はハノイに残すも、6ヶ月後には家族も合流しプノンペンで過ごす。ハノイの小湖(プティ・ラック)に面した家や、プノンペンのメコン河に臨んだ家は出世を続けた父親が健在でもあり裕福で大邸宅に住むが、マルグリットが7歳の1921年、4月末に父親は病気療養のためプノンペンから1人フランスに帰国し同年12月4日、ロ=デ=ガロンヌ県デュラス近郊で病死。母は正規の休暇をとり、3人の子供を連れてサイゴン発の船に乗りフランスに帰国。約2年間、フランスで生活するも、また、サイゴンに帰着。その後、プノンペンに向かうが、母が南ベトナムのメコンデルタ地帯のヴィン・ロンに任命され着任。父のいない一家は、南ベトナムのメコンデルタ地帯のサデックに移住。長兄ピエールは資格試験のためにフランスに帰国したり、マルグリットはサイゴンの高等中学に入学し寄宿生活を過ごす。父が病死後、一家は経済的困窮に陥り、母親は子供をかかえながら、仏領インドシナの僻地の現地人小学校の教師として働き続け、植民地における白人社会の最下層の貧しい暮らしを送ることになる。更に、カンボジアの南端のシャム湾に面した土地の払い下げ分譲による開発権利を取得したものの植民地行政の腐敗のために耕作不能の土地を得てしまい事業の壮絶な失敗で、一家は更に窮乏に追い込まれて母親は絶望に陥ってしまう。
この仏領インドシナのカンボジアの不毛の土地取得と開発失敗の出来事が、マルグリット一家に重大な影響を与え、この話が小説「愛人 ラマン」の中にも度々登場するし、経済的困窮生活が、15歳の幼いフランス人少女が金持ちの中国人青年にお金で買われる関係を続けることになった要因にもなっている。この仏領インドシナのカンボジアの不毛の土地取得と開発失敗の出来事については、1950年に3作目の作品として発表し作家としての地位を確立することになった『太平洋の防波堤』(日本語翻訳は1973年に河出書房新社から最初に刊行され、その後、1979年に集英社文庫、1992年に河出文庫からも出版されている)が、まさに、この出来事を主題とした自伝的小説。小説「愛人 ラマン」では、フランス人少女が10歳の1924年に起こり、7年後に開発断念とも書かれているが、不毛の土地取得がいつで開発を放棄断念したのがいつかについても、いろいろと違う記述もあって、はっきりはしていないようだ。
1984年発表の自伝的小説「愛人 ラマン」は、年老いた「わたし」が、自分の生涯をいろいろ回想する構成ながら、主たる回想は、マルグリット・デュラスが15歳半から17歳までの1年半の時期で、1929年から、母マリーが次兄ポールとマルグリットを伴いフランスに帰国する1931年までに相当。「愛人 ラマン」では、”18歳でわたしは年老いた”という一節が非常に有名ではあるが、本書の主たる回想の時期は15歳半から17歳までの仏領インドシナのサイゴン及び近郊のメコンデルタでの出来事。主人公の15歳半のフランス人少女は、普段は、サイゴンの国営の女子寮に寄宿し、学校は外のサイゴン市内のフランス人高等学校(リセ)に通っているが、休暇で、母親が校長をしている女子小学校のあるサデックの町の白人駐留区の小さな官舎に帰り、再び、サデックの市の立つ広場から現地人バスに乗りサイゴンに戻るところからストーリーが始まる。サデックとヴィンロンの間をメコン河の一支流を渡し船で横断する時に、主人公の少女は渡し船の上でバスを降り、渡し船の手すりに倚り河を眺めるが、縁の平らな男物の幅広の黒いリボンのついた紫壇色のソフト帽子をかぶり髪を編んでお下げにしている少女の姿は、メコン河の情景と相まり、映画「女 ラマン」の冒頭でも非常に印象的なシーン。
この渡し船の上で、運転手つきの黒い大型リムジンに乗った中国人青年に出会い、少女はバスに乗らずに大型リムジンでサイゴンの寄宿舎の寮まで送り届けてもらう。それから毎日、中国人青年は、少女を学校まで迎えに来て、寮におくりとどけたが、ある日、寮に少女を迎え、黒塗りの自動車に乗せて、サイゴンの中華街ショロン地区の連れこみ宿の一室に誘い、そこからフランス人少女と中国人青年との間にお金を伴う性愛関係が始まる。この相手の中国人の青年は、12歳年上で、サデックの河に面した大きな家に住んでいて、大金持ちの華僑資本家の一人っ子で、男の母は亡くなり、残るのは財産を管理している父親ただひとりだが、その父は10年前から阿片の煙管を握りしめたまま河を眺めているという状態。家族は中国北部の撫順の出身。その中国人青年は、ある商業学校で勉強するためにパリで2年過ごしていたが、何も勉強せず、生活費の送金を父から打ち切られ帰国していた。フランス人少女と金持ちの中国人青年との関係だけでなく、マルグリット・デュラスの世界でよく描かれる、母や2人の兄との家族の話も非常に大きなテーマ。家族間の関係もなかなか重く複雑なものがあるが、金持ちの中国人青年とフランス人少女の母や兄も交えたサイゴンでの高級な中国レストランでの会食やナイトクラブでのシーンもなかなか強烈。フランス人少女のサイゴン市内の寄宿舎やフランス人高等学校の様子や、実家のあるサデックでの生活の様子なども描かれている。
加えて、高齢になった「わたし」が仏領インドシナでの衝撃的な少女時代だけでなく、本人の生涯を回想しながらの記述で、家族をはじめ登場人物たちとのその後の関わりなども含め、いろんな時代のいろんな人や話が、フィクションの世界も混じりながら登場するので、マルグリット・デュラスの生涯や他の作品などに馴染みがないと、本書「愛人 ラマン」だけでは、多少、混乱するというか、理解が難しいところもあるかもしれないとは思えるが、書文庫版では、訳者あとがきだけでなく、訳者の清水徹氏による文庫版解説ー『愛人』とデュラスの世界。「作品の誕生まで」「家族の劇」「《デュラジア》の住民たち」「流れゆくエクリチュール」が付されていて、理解を助けてくれるし、マルグリット・デュラスの他の数多くの著書や、数多くのマルグリット・デュラスについての日本語書籍も出版されていて、マルグリット・デュラスの生涯と世界への関心が深まる。マルグリット・デュラスの仏領インドシナでの少女時代を描いた著作としては、本書「愛人 ラマン」(原著1984年発表)が最も有名ではあるが、他にも、「太平洋の防波堤」(原著1950年発表)だけでなく、本書「愛人 ラマン」の姉妹編として書かれた小説「北の愛人」(原著1991年発表。日本語翻訳単行本は1992年2月に河出書房新社より刊行)がある。
尚、ベトナム南部メコンデルタ地域のドンタップ省南部に位置するサデック(サデーク)は、ベトナム南部メコンデルタ地域のヴィンロン省省都で交通の要衝の町・ヴィンロンと、ベトナム南部アンザン省都ロンスエンのほぼ中間地点で、サデックの街の東部はティエンザン(メコン河)が流れている。サデックには、小説「愛人 ラマン」の題材となった富裕なベトナム系華人家庭の子息であった黄水黎(フイン・トゥイ・レー、Huỳnh Thủy Lê)の家が残り、黄水黎の家は長い間政府機関の事務所として使用されていたが、2007年に一般公開され観光地となっている。また、映画「愛人 ラマン」でサイゴンのショロン地区の連れ込み宿としてのロケ地として使用された建物などをはじめ、「愛人 ラマン」ゆかりの場所やロケ地巡りも、一部のマルグリット・デュラス愛好者や小説・映画「愛人 ラマン」ファンの間では話題になっているようだ。
本書「愛人 ラマン」の主たる回想シーンは、1930年前後の仏領インドシナで、その中でも当時のサイゴンとサイゴン郊外のメコンデルタ地帯で、仏領植民地で白人駐留区の様子に加え、主人公のフランス人少女が寄宿するサイゴンの国営の女子寮についての記述も気になった。主人公のフランス人少女以外に、もう一人だけ寄宿する白人の少女エレーヌ・ラゴネルは、ベトナムの高原の避暑地ダラトから来た少女で、父親はフランス人の地方行政官。エレーヌ・ラゴネルが語るところによると、サイゴンの国営の女子寮には、沢山の混血児の少女がいたが、その多くは、軍人、船員、税関や行政派出所や公共土木事業等の下級官吏といった父親から捨てられた子供で、大部分は養護施設からここに来ていて、フランス政府がこの女の子たちを育てているのは、病院の看護婦か、孤児院や癩病院や精神病院の舎監にするためで、更に、コレラ患者やペスト患者の隔離病棟にも派遣される事になるのではとのこと。また、マルグリット・デュラスの他の作品群でおなじみの独特の登場人物の一人に、狂った女乞食以外に、仏領インドシナのラオスとシャム(タイ)との国境沿いの町でメコン河中流域のラオス中南部に位置するサヴァナケット(サワンナケート)から夫の新任地のヴィンロンにやって来た魅力的な女性アンヌ=マリ・ストレッテルも本書「愛人 ラマン」でも登場する。彼女はヴィンロンの行政長官夫人として着任した直後に、前任地のサヴァナケット(サワンナケート)で彼女への愛ゆえに一人の青年がサヴァナケット(サワンナケート)で自殺したという事件がマルグリット・デュラスが少女の頃もあり、マルグリット・デュラスにとっては強烈だったようだ。
ストーリー展開時代(主たる回想)
・1929年~1931年ストーリー展開場所(主たる回想)
・仏領インドシナ(サデック、サイゴン、シャム湾に面したカンボジア南岸)
主な登場人物たち(主たる回想)
・わたし(サイゴンのフランス人高等学校に通う寄宿舎生活のフランス人少女)
・わたしの母(ベトナム南部のサデックの女子小学校の校長)
・わたしの上の兄
・わたしの下の兄
・わたしの亡父
・サデックからサイゴンまでの現地人用バスの運転手
・メコン河の渡し船の船長
・わたしより12歳年上のサデックに住む金持ちの中国人青年
・黒い大型リムジンの運転手
・エレーヌ・ラゴネル(サイゴンの国営の寮にいる、わたし以外の唯一人の白人の少女)
・サイゴンの国営の寮の舎監で、若い混血の女性
・サイゴンの国営の寮の寮主事
・ドー(主人公のフランス人少女の母の家の家政婦で修道女たちの家で育つ)













