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メコン圏を舞台とする小説 第58回「象の白い脚」(松本 清張 著)
- 2026/3/16
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- JICA海外青年協力隊, コン・レ大尉, スワンナ・プーマ, タードゥア, ドンパラン地区, ノーサワン将軍, パテト・ラオ, フランス・ラオス友好条約(1953年10月22日), ラオス中立のジュネーブ会議, 日本・ラオス国交樹立(1955年3月5日), 松本清張
メコン圏を舞台とする小説 第58回「象の白い脚」(松本 清張 著)

「象の白い脚」(松本 清張 著、松本清張プレミアム・ミステリー、光文社文庫<光文社>、2017年11月発行)

「象の白い脚」(松本 清張 著、カッパ・ノベルス(光文社)、1975年7月発行)
<著者紹介> 松本 清張(まつもと・せいちょう)<本書著者略歴より>
1909年北九州市生まれ。給仕、印刷工などの職業を経て、朝日新聞西部本社に入社。懸賞小説に応募入選した「西郷札」が直木賞候補となり、1953年に「或る『小倉日記』伝」で芥川賞受賞。1958年に刊行された『点と線』は、推理小説界に「社会派」の新風を呼び、空前の松本清張ブームを招来した。ミステリーから、歴史時代小説、そして古代史、近現代史の論考など、その旺盛な執筆活動は多岐にわたり、生涯を第一線の作家として送った。1992年に死去。
本書「象の白い脚」は、1969年の内戦中のラオスを舞台とする松本清張の長編小説で、初出は、『象と蟻』のタイトルで「別冊文藝春秋」の1969年8月~1970年8月に連載され、『松本清張全集 第22巻』(文藝春秋、1973年8月)に、「象の白い脚」と改題し、「屈折回路」「砂の審廷」とともに収録される。ちなみに「象の白い脚」「屈折回路」「砂の審廷」の3つの長編作品とも、これが初めての書籍刊行となる。その後、『象の白い脚』は、文春文庫から1974年6月に刊行され、1975年7月には、『象の白い脚』(松本清張 著、カッパ・ノベルス(光文社)、1975年7月発行)が刊行された。選び抜かれた松本清張作品が、光文社文庫の松本清張プレミアム・ミステリーシリーズとして、2012年12月に第1弾(6作品)の刊行が始まり、第2弾(7作品)第3弾(4作品)と続き、本書「象の白い脚」は、この光文社文庫の松本清張プレミアム・ミステリーシリーズ第4弾(2017年11月発行)の4作品の中の1作品。
小説家の谷口爾郎が、1969年3月2日、バンコクからラオス・ビエンチャンに飛ぶ約40人乗りのDC3のエア・ラオス機内の場面から物語がスタートする。谷口爾郎は、半年前にビエンチャンで変死した知り合いの出版社の編集者の石田伸一の事件の真相を調べるべく、ビエンチャンに入るが、出版社の編集者と称するも、事件の取材ではなく、ただ目的もなく遊びにきたとラオスでは装う。石田伸一は、ある雑誌社の編集者で、もともとは作家志望で、ラオスを主題に小説を書くと言って、その取材に1968年9月14日にビエンチャンに入り、ビエンチャンの最高級ホテル、ホテル・ロワイヤルの9号室に、2週間ほど滞在して、いろいろな人に会い、こまめに歩き回っていたが、1968年10月2日午前7時ごろ、メコン川のラオス側河畔で水死体で見つかった 。財布が盗まれていて、前夜、ドンパラン地区のスリー・スターというキャバレーで、中国人とベトナム人の3人のホステス相手に飲んでいたので、その帰途での強盗説が有力であったが、パテト・ラオのゲリラに襲撃されたのではないかという噂があったりしたが、どれも確証がなかった。
谷口爾郎は、石田伸一の泊まっていたホテル・ロワイヤルに宿を取るが、石田伸一の泊まっていた9号室は、ビエンチャン入りの飛行機で隣り合わせたタイ語の新聞を読みこなすアメリカ人と思しき男が、すでに9号室にチェックインしていたことを知る。谷口爾郎はビエンチャンに到着すると、その日のうちに、石田伸一のラオス滞在中、石田伸一が殺される2日前まで、ずっと通訳兼ガイドとして共に行動していた山本実に案内を頼み、石田伸一の死体発見現場をはじめ、石田伸一が死ぬまでの足跡を辿っていく。その間、内戦に揺れるラオス国内の混沌とした現状や、ラオス在住の日本人社会のこと、歓楽街のドンパラン地区をはじめビエンチャンの街の様子などが、案内役の山本実により紹介されるが、また石田伸一が、ラオスの軍隊が取引に関わっているというラオスの阿片のルートや麻薬の密売に、かなり興味を示し調べるつもりでいたらしいことなども耳にする。その次の日、ホテル・ロワイヤルの9号室で宿泊していた、ビエンチャン入りの機内で隣席のアメリカ人と思しき男がオーストラリア人の国籍を持った旅行者ではあったが、その男性がホテルの部屋で扼殺死体となって発見されたとの報に接する。
3年強、ラオスに住み、ビエンチャンのサム・セン・タイ通りにある日本人女性経営のビエンチャン書房の支配人の山本実だけでなく、1年半前にジャカルタ出張所から単身赴任で転勤となった東邦建設のビエンチャン出張所技術主任・杉原謙一郎、ビエンチャンに住む60過ぎの独身の日本人医師・大久保など、ビエンチャン在留邦人が谷口爾郎の前に現れてくるが、サパークラブのレストランを7,8年前から始め、ビエンチャン書房という本屋は3年前からビエンチャンで始めた関西出身の日本人女性の社長・平尾正子は、なかなか謎めいた女性。父親が貿易商だったとかで、英語・仏語・タイ語・中国語がペラペラで、ラオス語・ベトナム語も相当できる女性。フランス・ラオス友好条約(1953年10月22日)による完全独立の年の1953年の秋には、もう、ラオスに来ていて、日本とラオスの国交樹立が1955年3月5日で、ラオスに日本大使館ができた1955年以前。当然、日本からラオスへの経済技術援助が供与される前で、旧日本軍の逃亡兵を除いては、日本人は1人もヴィエンチャンには来ていなかったはずで、平尾正子は、どうして誰を頼って1953年にラオスに来ていたのか?も、本書ストーリーでの多くの謎の一つ。
謎めいた登場人物は、在留邦人だけでなく、新聞社通信員のフランス人女性のシモーヌ・ポンムレーも、ラオスに長らく住む謎めいた登場人物。1960年の夏(1960年8月)、空挺隊長のコン・レ大尉(1934年~2014年)がビエンチャンでクーデターを起こし、その時に、パリからまっすぐにラオスに来たという人物。中立政策を掲げる王族のスワンナ・プーマ(1901年~1984年)内閣が成立するが、右派のノーサワン将軍はラオス南部のサヴァナケートに革命委員会を組織し、アメリカとタイの支援を受けビエンチャンを攻撃し、1960年12月16日にはノーサワン将軍がビエンチャンを占領。この時には、既にビエンチャンにいて、弾丸飛び交う中を駆けずり回って取材し、ル・モンド紙のトップ記事を飾ったこともあるとのこと。プーマーは、カンボジアのプノンペンに逃げた後、ジャール平原のカンカイに行き、ソ連の援助を受け、ラオス内戦は東西の対立構造を反映していくが、結局、プーマーがノーサワン軍を南部に押し戻しビエンチャンに戻り、ラオス中立のジュネーブ会議(1962年7月)となり、各国の特派員たちはビエンチャンからみんな引き上げていったが、シモーヌ・ポンムレーは、ラオスにそのまま居残ることになる。以前はラオス駐在のフランス大使館の高官と仲良く、その高官がラオス政府軍の将軍とも組んでいて、貴重な情報を入手しパリの通信社に送っていたが、その後のクーデターでラオス政府軍の将軍は失脚し、ラオス駐在のフランス大使館高官もパリに帰ってしまい、その後は、さっぱりになり、そのままラオスに取り残されていた。
ストーリーは、今度は、山本実が行方不明となり、その後、ビエンチャンから北30kmのところで、ルアンプラバンに通じている国道13号線を北上し、東に4kmほど入った山の中の村はずれで射殺死体となって発見され、いろいろな謎の解明に努める谷口爾郎の身にも危険が降りかかる。ラオス政府軍の腐敗や、インドシナ休戦のあと1955年1月からラオス援助を開始していたアメリカの事だけでなく、ビエンチャンのキャバレーや淫売宿、阿片窟などの風俗の見聞にも筆が及んでいるが、当時のラオスの政情については、山本実が谷口爾郎に、「ラオス政府といっても、支配権は全土の1/3あるかなしで、北部は完全にパテト・ラオの政治区になっているし、政府軍側の南部都市はみんな孤立している。タケク、サバナケット、パクセなど、共産軍に包囲されて、しかも、共産軍はいつでも好きなときにこれを落とせる態勢になっている。ルアンプラバンも、このビエンチャンも安全ではなく、この両都市を結ぶ国道13号線は既に危険で事実上閉鎖状態で、連絡は空路によるほかはなく、このビエンチャンだって、北側8kmぐらいのところが既に政府軍防衛の第一線ですからね」と説明している。1994年にオーストラリアによって建設開通したメコン川に架かるタイ・ラオス友好橋ができる25年前の時代の話で、タイのノンカイの対岸のラオス側タードゥアも、ストーリー展開上、重要な場所になっている。
本書のストーリーでは、ラオス在留日本人社会や、日本政府から技術援助部隊が送られてきている当時のラオスと日本との関わりも、詳しく触れていて、「日本政府から技術援助舞台がラオスに送られているが、ラオスには主として農業指導の技術者で、他に、女性のほうでは、日本語教授だとか、手芸、活花、茶などを教えている。ビエンチャン郊外の20km北の方には、日本農業の技術を見せるために農事試験場的な農場が作られている。メコン川の電源開発にも日本人が来ている。エカフェ(国連アジア極東経済委員会)が計画しているメコン川総合開発の一環としてダムを建設」と紹介している。特に、ラオス技術援助部隊の日本人の若者の男性たちの実態についても批判的に述べられている箇所があることは注目。日本とラオスの国交樹立が1955年3月5日で、1955年にラオスに日本大使館ができ、1959年には、賠償請求権を放棄したラオスに対して行われる経済協力である準賠償(経済技術協力協定等無償援助)に合意。準賠償の資金は主に,首都ビエンチャンの水道設備と最初の大規模ダムであるナム・グム水力発電所の査・設計に使われた。また、JICA海外協力隊が1965年より始まっているが、ラオスが世界で初めて派遣された国で、1965年12月に最初の5人がラオスに赴任している。
松本清張は、1969年5月18日から5月24日に、本書「象の白い脚」の初出『象と蟻』の取材旅行のためにラオス訪問していて、同行した週刊文春編集部の内藤厚 氏がその時の様子を、文藝春秋版「松本清張全集 第22巻」の月報(1973年8月)で「ラオス取材行」で記していることが、本書の松本清張プレミアム・ミステリーの光文社文庫の巻末解説で紹介されている。更に同じ巻末解説では、その前年の1968年2月20日、北ベトナムの対外文化連絡委員会からの招待に応じ視察旅行に出発するが、2月25日にカンボジアのプノンペンへと向かい、北ベトナムの入国ビザをもらい、そこからラオスのビエンチャン空港を経由してハノイへ向かう予定だったが、天候不順その他の理由のため、約3週間24日間、ラオスで足止めされ、そのうち2週間ほどはビエンチャンに滞在することになったことも紹介されている。また、文藝春秋版「松本清張全集 第34巻」(1974年2月刊)「半生の記・ハノイで見たこと・エッセイより」では、「ハノイで見たこと」の文章の後に、「付 ハノイに入るまで」と題した文章が付けられていて、1968年2月から3月までの間、ラオスに逗留せざるをねなくなった時のラオスについての文章が上下2段で11頁にわたり綴られている。
ストーリーの主な展開時代
・1969年3月
ストーリーの主な展開場所
・<ラオス> ビエンチャン
ストーリーの主な登場人物
・谷口爾郎(執筆業。小説家。ラオスでは東京の出版社S社の編集者を名乗る)
・石田伸一(出版社A社の編集者。1968年10月2日、メコン川で水死体で発見される。老父と妻と女の児が1人)
・山本実 (サム・セン・タイ通りにあるビエンチャン書房の支配人で、和歌山県粉河出身の約30歳の年頃)
・平尾正子(レストラン「コントワール」および「ビエンチャン書房」の女社長で関西出身)
・杉原謙一郎(東邦建設のビエンチャン出張所技術主任で、単身赴任中)
・大久保医師(ビエンチャンに住む60過ぎの独身の日本人医師。R組と東邦建設が共同で雇用)
・シモーヌ・ポンムレー(新聞社通信員のフランス人女性)
・ペティ・ブリングハム(インドシナの民族調査の目的でラオスに来た学者のオーストラリア人)
・リユウ(「コントワール」のマダムと契約している小柄な中国人の運転手)
・チン(ドンパラン地区のキャバレー「スリー・スター」の28歳のサイゴンから来たベトナム人女性)
・ルン・ボラポン将軍(首都防衛の任務のビエンチャン地区司令官)
・マニライ(山本実が寄宿している家の家主で、60歳ぐらいの年配の女性)
・スーク・アバイ(タードゥアの税関長)
・ラオス技術援助部隊の日本人の若者の男性たち
・東邦建設の若い技術者たち
・サングラスをかけた小太りで口髭の35,6歳のサムロ(三輪車)のタイ人の運転手
・ホテル・ロワイヤルのフロントの40年配の女性で、サイゴンから来たベトナム人
・ホテル・ロワイヤルの背の低い、顔の浅黒いベトナム人のボーイ
・ホテル・ロワイヤルの25,6のラオス人メイドメイド
・ホテル・ロワイヤルのフロントの顔の丸い中年の男のベトナム人事務員と縮れ毛の妻のベトナム人事務員
・ホテル・ロワイヤルのフロントの若い女の事務員
・ホテル・ロワイヤルの支配人
・大久保医師の診療所で働く通いの25,6歳のタイ人の薬剤師の女性
・ビエンチャン書房のラオス人の女店員
・淫売宿を兼ねた飲食店の女主人と思われる婆さんや雇い女
・ラオス教育省の中級官吏
・ランサン航空の台湾から来ている台湾系中国人パイロット
・日本大使館の日本人夫人たちと、技術援助部隊の幹部の日本人夫人たち
・Bar “Fire Tree “で働くラオス女性
・Bar “Fire Tree “と阿片窟を経営している背の低い小肥りのタイ人女性
・阿片窟専門の淫売婦のラオス女性
・ドンパラン地区のキャバレー「スリー・スター」のホステスたち
・薬屋の店のかみさん
・新聞の立ち売りのラオス人男性
・ビエンチャンから北30kmの山の中の部落の者













