メコン圏を描く海外翻訳小説 第20回「SAS/サイゴン サンライズ作戦」(ジェラール・ド・ヴィリエ 著、飯島 宏 訳)


プリンス・マルコ・シリーズ「SAS/サイゴン サンライズ作戦」(ジェラール・ド・ヴィリエ 著、飯島 宏 訳、東京創元社(創元推理文庫)、1981年4月発行《原作は1970年》)

<著者>ジェラール・ド・ヴィリエ GERARD DE VILLIERS
     (1929~2013)フランスの小説家、ジャーナリスト、編集者
<訳者紹介>飯島 宏  <本書訳者紹介より、本書発刊当時>
1940年東京に生まれる。東京教育大学仏文科卒業後、同大学院修士課程修了。訳書に、ヴィリエ「SAS/ヨルダン国王の危機」、「SAS/伯爵夫人の舞踏会」、ブレット「邪魔な役者は消えていく」、イツハク・ベン・ネール「遠い国から来た男」他多数。

オーストリア貴族で、ウィーン近くのリーツェンに、オーストリアとハンガリー国境にまたがる由緒正しい城の所有者でありながら、アメリカ中央情報局(CIA)作戦部のエージェントであるプリンス・マルコ・リンゲ殿下(SAS)を主人公とするハードボイルド作品のスパイ小説「プリンス・マルコ・シリーズ」は、フランスの小説家、ジャーナリスト、編集者のジェラーリ・ド・ヴィリエ(1929年~2013年)の代表作。本書の原作者のジェラーリ・ド・ヴィリエ(1929年~2013年)は、1965年に「プリンス・マルコ・シリーズ」第1作となる「SAS/イスタンブール潜水艦消失」(邦訳タイトル、邦訳は、1979年2月、東京創元社から発行)を刊行するまでは、フランスの週刊誌「フランス・ディマンシュ」の特派員として海外を飛び回っていたとのことだが、「プリンス・マルコ・シリーズ」は、この1965年の「プリンス・マルコ・シリーズ」第1作刊行以来、亡くなる2013年まで、48年間にわたり、計200冊以上刊行されたシリーズで、邦訳も主に、東京創元社からの創元推理文庫として多数出版されている。

テト攻勢は、ベトナム戦争中の1968年1月に北ベトナム(ベトナム民主共和国)と南ベトナム解放民族戦線が、南ベトナム全土の主要都市に対して行った奇襲攻撃だが、本書は、そのテト攻勢を受けた2年後の1970年のベトナム共和国(南ベトナム)のサイゴンを舞台とする小説。本書翻訳版は1981年の刊行であるが、原作は、1970年に「プリンス・マルコ・シリーズ」20作目として発表されている。ちなみに、「プリンス・マルコ・シリーズ」邦訳作品のうち、メコン圏エリアを舞台とする作品は、「プリンス・マルコ・シリーズ」原作10作目で1968年原作刊行の「SAS/クワイ河の黄金」(邦訳は1980年3月、東京創元社発行)、シリーズ原作20作目で1970年原作刊行の「SAS/サイゴン サンライズ作戦」(邦訳は1981年4月、東京創元社発行)、シリーズ原作28作目で1972年原作刊行の「SAS/ラオス 黄金の三角地帯」(邦訳は1981年12月、東京創元社発行)、シリーズ原作35作目で1974年原作刊行の「SAS/カンボジア式ルーレット」(邦訳は1980年12月、東京創元社発行)と、原作が1968年から1974年までの時期に刊行されている。

主人公のプリンス・マルコが、ヨーロッパからバンコク経由でサイゴンに入り、サイゴンのアメリカ大使館に、CIAサイゴン支局長リチャード・ザンスキーを訪ねて現れる場面からスタート。ちょうど、そのときに、まさにアメリカ大使館前で、3人のベトナムの僧衣をまとった男たちが、地面に安座している別の1人に、石油を浴びせ火を付けて炎上させる事件が起こる。まるで、1963年6月、仏教弾圧政策の南ベトナム政府に抗議のためにサイゴンの街中で焼身自殺をしたベトナム仏教の老僧ティック・クアン・ドック(1897年~1963年)の衝撃的な自殺シーンを思い浮かべてしまうが、本書ストーリーの冒頭シーンでは、焼身者は、ベトナム僧の焼身自殺ではなく、CIAサイゴン支局長リチャード・ザンスキーの部下のアメリカ人のデレク・ミッチェル大佐だった。2年前から、CIAサイゴン支局長リチャード・ザンスキーの指示で動いていたが、南ベトナムの大統領と副大統領を暗殺し現政権を一掃するというサンライズ作戦に関与していた。現地の南ベトナム特別警察の長官ドン・チュック大佐がこの陰謀の中心人物で、アメリカCIAはこのサンライズ作戦に加担し、人望のある男で政界に顔のきく、引退したトリン・ニュー将軍のかつぎ出しを計画していたが、腰を上げしぶる将軍の説得が、当面のプリンス・マルコの任務であることを、ミッチェル大佐が殺害されたことが分かった時に、CIAサイゴン支局長リチャード・ザンスキーから告げられる。

まずは、ミッチェル大佐の家を訪ねるところから、動き出すが、謎の女が、サイゴンの中国人地区のショロンの映画館で接触を図ってきた。この謎の女が、ミッチェル大佐の情婦だった40歳の混血の未亡人メアリー・リンで、とても高くつく情報を手に入れたので買わないかと持ちかけてくる。メアリー・リンは、意外な情報をもたらし、この南ベトナム現政権の転覆を謀るクーデター作戦の当の首謀者であるベトナム共和国(南ベトナム)の公安警察トップの長官ドン・チュック大佐が、こともあろうに長年、ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の手先を務めているというのだ。南ベトナムの公安警察の元締めで、何千人ものベトコンを捕まえて拷問を加えたり、処刑した男で、それに大統領にも信頼されているドン・チュック大佐が、果たして二重スパイなのか、奇想天外ともいうべきこの情報を信じるべきか否か、さぐりをいれようと動き出すが、情報を裏付ける証拠を手にする前に、メアリー・リンが殺されてしまう。また、メアリー・リンがもたらした情報を、CIAサイゴン支局長にも伝えるが、全く信用してもらえず、メアリー・リンのことは、ベトコンと通じている淫売女と切り捨てられてしまう。ストーリーの中では、残忍な種々の拷問シーンも登場するが、いろんな考えられた謀略や罠などは、スパイ小説らしく読み応えがある。

本書に登場する、在サイゴンのアメリカ駐在大使は、3年前から任にあるエリオット・バンカーで、在サイゴンのアメリカ大使館は、駐在大使の名をもじって、バンカーの掩蔽濠(バンカー、bunker)と、南ベトナム人から呼ばれていたと書かれているが、実在の大使は、アメリ丘の実業家・外交官のエルズワース・バンカー(Ellsworth Bunker、1894年~1984年)。在サイゴンのアメリカ駐在大使エルズワース・バンカーのサイゴン在任は、1967年4月5日から1973年5月11日。本書ストーリーの展開時代は、具体的な年代について明記はないものの、このことから、1970年と分かる。南ベトナムのベトナム共和国(1955年~1975年)の2代大統領グエン・ヴァン・チュー(1920年~2001年)の政権の時代。1968年のテト攻勢で、サイゴンのアメリカ大使館も一時的にベトコンに占拠されることもあったが、1969年よりリチャード・ニクソン大統領により、ベトナム戦争の「ベトナム化」政策が進められ、駐留米軍の撤退とともに南ベトナム軍の強化が図られていこうとする時期。。本書に名前は登場する、アメリカのウェストモーランド将軍は、実在の人物で、ウィリアム・チャイルズ・ウェストモーランド(William Childs Westmoreland、1914年~2005年)。1964年、南ベトナム軍事援助司令部(MACV)司令官に就任し、トンキン湾事件を契機に開始されたベトナム戦争へのアメリカ本格介入においてアメリカ軍の指揮をとり、テト攻勢の後の1968年7月に陸軍参謀総長に就任し1972年6月まで務めた人物。

本書ストーリーのフィクションのサンライズ作戦は、南ベトナム現政権の一掃の対象は、大統領と副大統領で、名前は挙げられていないが、当時は、グエン・ヴァン・チュー大統領と、グエン・カオ・キー副大統領(1930年~2011年)。本書の最初の部分で、CIAサイゴン支局長が不満を語っている。”こっちはあのちくしょうどもになめられっぱなしだ。その上、こっちがつぎ込んだドルはみんな奴らの懐に入ってしまう。くさい泥田ではらわたを抉られるのはこっちの兵隊なんだ。それなのに、何か助言すると、ここはわれわれの国だと抜かしやがる!もうベトナムなんて国はないんだ。おれにはわかる。この目で見てるからな。経済も、行政も、生産も、何もかもなくなった!そのくせ奴らは為替レートだけは変えようとしない。スイスに預けた金じゃまだ不足なんだろう!大統領と副大統領はどっちも同じ穴のむじなさ。さいわい、こっちには一人だけ、頼りになる男がいる。骨のある奴だ、ピアストルをトラックいっぱい詰め込んで土曜ごとに香港へ飛ぶような手合いとは違う。そいつならわれわれを裏切ったりはしない。奴を引き込めば形勢は変わるだろう」と。MACV(南ベトナム軍事援助司令部、U.S.Military Assistance Command Vietnam)、ARVN(ベトナム共和国陸軍、Army of the Republic of Vietnam)、ベトナム共和国大統領府直属のCIO(中央情報機関)なども、CIAや南ベトナム公安警察などとともに、本書に登場するが、本書ではCICと書かれた国際査察委員会が、本書ストーリーの終盤で、主人公の手詰まり感を突破する機会を作ることになる。実在の機関名は、インド、カナダ、ポーランドの3ヶ国を構成国とする国際停戦管理委員会(ICC、International Commisssion for Supervision and Control in Indochina)。

ストーリー展開時代
・1970年 

ストーリー展開場所
・ベトナム共和国(南ベトナム)時代のサイゴン

主な登場人物たち
・マルコ・リンゲ(プリンス・マルコ、CIA特務諜報員、通称殿下(SAS)、オーストリア人)
・リチャード・ザンスキー(CIAサイゴン支局長で、かつてOSS(アメリカ戦略作戦局)で最精鋭の1人といわれた男)
・ドン・チュック大佐(南ベトナム特別警察の長官)
・トリン・ニュー(引退し年金生活をしている将軍)
・エレーヌ(トリン・ニュー将軍の妻で、最初の夫はベトコンに殺された)
・デレク・ミッチェル大佐(CIAに臨時に出向していたアメリカの空軍大佐で、リチャード・ザンスキーの部下)
・レ・ヴィエン(南ベトナム特別警察のベトナム人警視で、ドン・チュック大佐の腹心の部下)
・チャン(ミッチェルの親友で、「タイム」の非常勤記者をしている
ジャーナリスト)
・トゥ・アン(南ベトナム特別警察のレ・ヴィエン警視の部下の17歳の女秘書)
・メイ・リー(南ベトナム特別警察の尋問通訳グループの女性責任者)
・メアリー・リン(ミッチェル大佐の情婦。夫は3年前にベトコンに殺された40歳の未亡人の混血女性)
・デイブ・コリン(ディエム大統領の時にCIAのためにクーデターの準備工作を進めた元CIAの協力者の大佐)
・トゥルン・ナン(5年間刑務所にぶち込まれ、特別警察から拷問を受けたことのある68歳の老骨董商)
・シ・トゥー(トゥルン・ナンの姪で、14歳の少女)
・コールリッジ(リチャード・ザンスキーの部下)
・エリオット・バンカー(アメリカの南ベトナム駐在大使)
・タリー少佐(サイゴンの第三野戦病院のアメリカ人軍医)
・サイゴンの第三野戦病院のベトナム人女性看護婦(村を誤爆した米軍戦闘爆撃機のナパーム弾に焼かれ家族の一部を亡くす)
・サイゴンのコンチネンタルホテルのインド人のフロント係
・阿片パーティで阿片玉をつくる少女
・ビエンホア街道に転がっていたマルコ・リンゲを助けたアメリカ軍曹たち
・ホテル・プレジデントの赤い制服のエレベーターボーイの少年
・ホテル・プレジデントのフロント係
・エド(黒人のアメリカ兵)
・ミレイユ(国際査察委員会が乗る飛行機のスチュワーデス)
・ホテル・カラベルのバーのバーテン
・ホテル・カラベルのフランス人の支配人
・少女売春婦らしいスクーターの娘
・せむしのベトナム人と仲間の暗殺団
・アメリカのMP軍曹たち
・遠征軍のアメリカ兵を相手にするホステスの店「ミミ」の女主人
・安女郎屋の娘たち
・ヴィン(ドン・チュック大佐のボディガード)
・クォック(食料品屋の店裏の食堂の一角の淫売屋で働く娘で、ヴィンが常連の客)
・ベトコン暗殺委員会の黒服を着た若い殺し屋
・ルー(ドン・チュック大佐の新入りのボディガード)
・ゴー・ヴァップ(ベトコン指導者の一人で、デルタ地帯におけるベトコン兵站部門の大立物)
・マクダネル大尉(アメリカ海軍)
・ダヴィッドソン大尉(アメリカ空軍)
・ディヴィッド・ワイズ(ワシントンの海軍司令官で、デイブ・コリンと昔欧州戦線で一緒にパラシュート降下をやった仲)
・レ・ヴィエン警視の後任の新任警視
・ベトナム料理レストラン「トロン・タン」の料理人
・トム(よれよれの軍服に松葉杖、右足のない姿の廃兵)
・トゥ・アンの父親(医者)
・シー(西サイゴン暗殺委員会の親玉の若い殺し屋)
・ドゥオン・ニョック・タオ将軍(南ベトナムのデルタ地帯の機甲部隊司令官)
・CICのインド人職員
・リチャード・ザンスキーのアメリカ人女性秘書
・アメリカの第七艦隊の海軍司令官

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