メコン圏を舞台とする小説 第34回「戦場の狩人」(大藪春彦 著)

メコン圏を舞台とする小説 第34回「戦場の狩人」(大藪春彦 著)

「戦場の狩人」(大藪春彦 著、1984年10月、光文社(光文社文庫フリーランスのコンバット・カメラマン、星島弘を主人公とする長編ハードアクション小説<大藪ウェポン・ハンターー・シリーズ>(全7作)の第1作。文庫本は、2002年8月、角川書店【角川文庫)(こちらは、1984年10月に光文社より刊行されたものを文庫化し角川書店より刊行)

『戦場の狩人』は、フリーランスのコンバット・カメラマン、星島弘を主人公とする<ウェポン・ハンター・シリーズ>の第1作として、1984年に光文社より文庫書下ろしで発表された長編ハードアクション小説。ちなみに本シリーズは、その後、1,2年に1作のペースで書き続けられ、『戦場の狩人』に続き、『謀略の滑走路』、『地獄からの生還』、『香港破壊作戦』、『オメガ・ワン破壊指令』、『アウトバーン0号作戦』、そして『砂漠の狩人』(1993年)と、第7作まで続いた。大藪<ウェポン・ハンター・シリーズ>の第1作の本書では、ベトナム戦争時のベトナムをはじめ、革命後のラオス、黄金の三角地帯、タイなど、インドシナ半島が主舞台となっていて、バン・パオ将軍やクンサー将軍までも登場する。

 フリーランス・カメラマンの星島弘は、1972年、ニクソン大統領が再開した北爆「ラインバッカー作戦」でトンキン湾のヤンキー・ステーションに展開する第7艦隊の原子力空母エンタープライズを舞台にした北ベトナム爆撃の取材時に、新型爆弾に関する大スクープを手にした。しかし、星島の撮った写真が国際兵器商「死の商人」ゴールドスミス一派の反感をかい、日本に残していた恋人・神野良子をなぶり殺しにされる。東京に戻り、実行犯への復讐は成し遂げたものの、残酷な命令を下したボスへの復讐を誓う星島だが、相手は世界の兵器市場を操る大物だけに手が出せず、サイゴン陥落直前のヴェトナムでゴールドスミスと再会した星島は、しばらくその手下として忠誠に励んでみせる。そしてラオス・プロジェクトを成功させたうえ麻薬王クンサーの流通網に食い込むという大手柄も立て実力をつけた星島は、ゴールドスミスに立ち向かうが・・・。

 本書の主人公・星島弘には、自分自身の手で、数多くのヴェトコンを殺しただけでなく、罪のない農民や老人までも虐殺した作戦に従軍したという過去があった。星島は、もともとは東京でフリーのカメラマンをやっていたが、ちょっとしたことが原因で週刊誌のグラビア版のデスクを殴り飛ばし週刊誌の仕事から締め出されてしまい、有り金すべてをかき集めてロサンゼルスに渡る。ロスで皿洗いなどの仕事をしながら戦争カメラマンを志すがヴェトナム行きのカメラマンの道は遠く、まずは海兵隊の新兵募集に志願し、1965年に沖縄経由で南ベトナムのダナンに上陸しヴェトナムでの作戦に従軍した。その後「村民皆殺し事件」を機に米海兵隊を除隊して東京に戻り、再びフリーランスのカメラマン生活に戻っていて、1972年、北ベトナム爆撃の取材に立ち会うことになる。

 本書のかなりの部分については、ベトナム戦争を背景としており、ベトナム戦争の推移についても詳しく解説が付されているが、一旦、上述のような星島の過去にストーリーが戻るものの、本書冒頭のストーリーは、星島が空母エンタープライズで北爆機を取材したところから展開する。この時期から星島が再びベトナムに入りゴールドスミスと再会することになるサイゴン陥落直前までの推移については、以下のように紹介されている。

 ”一方、ヴェトナム戦争の方は - 1972年3月終わり頃から開始された北ヴェトナム正規軍とヴェトコンによる南ヴェトナムへの大攻撃 -その時には首都サイゴンにわずか百キロまで迫った -に対し、ニクソン米大統領は4月6日に北緯20度以南の北ヴェトナム爆撃、4月9日には北緯20度以北の爆撃制限を解除し、大々的に北爆を再開させた。北爆機は、ハノイやハイフォン港の石油貯蔵施設を主に狙った。

 そして、5月8日には北ヴェトナム全土爆撃の「ラインバッカー作戦」が開始された。星島が空母エンタープライズで北爆機を取材したのがその頃のことだ。

 だが、駐留米地上軍は、撤兵に次ぐ撤兵を重ねていた。在ヴェトナムの米空軍基地も,次々にタイやフィリピンに移動した。パリではキッシンジャーと北ヴェトナム側代表が和平会談をくり返したが、なかなか話はまとまらなかった。

 その年、72年10月に、北ヴェトナム全土爆撃の「ラインバッカー作戦」は終わった。11月にニクソンが大統領に再選される。そして、北ヴェトナム全土に対する北爆は中止されたとはいえ、軍事物資集積場への北爆は続いていた。12月18日、ハノイやハイフォン地区への北爆「ラインバッカーⅡ作戦」が開始されたが、12月30日には、その作戦は中止された。

 翌73年1月8日のパリ和平会談で、講和に関する基本的合意が成立し、ニクソンは15日、北ヴェトナムに対するすべての攻撃停止の命令を出した。

 1月23日、和平合意が成立すると、28日に停戦が発効してから60日以内に米軍戦闘部隊を南ヴェトナムから撤退させると発表した。

 1月27日には、米国と南ヴェトナム、北ヴェトナムとヴェトコンの臨時革命政府代表が、パリでヴェトナム和平協定と4つの議定書に調印した。

 その間にも、北側は南ヴェトナムを着実に侵攻していたから、米空軍は2月に、北側の兵士や物資の輸送ルートであり、北側が逃げこむ安全地帯であるカンボジアへの爆撃を開始している。

 3月29日、在南ヴェトナムの米地上戦闘部隊は、少なくとも表向きは、すべて南ヴェトナムから撤退した。

 1974年8月に、ウォーターゲート事件がたたってニクソンは辞任し、フォードが新しい米大統領になった。米議会は、南ヴェトナムへの軍事援助費は大幅に削り続けた。

 その74年12月、ヴェトコンはメコン・デルタ地区で南ヴェトナム政府軍に大攻撃を掛けた。

 75年3月には中部高原地帯に、北ヴェトナム正規軍が攻撃を掛けて、3月26日までには南ヴェトナム44省のうち14省が北ヴェトナムのものになった。3月30日にはダナンも北側に攻略された。

 4月20日には南側の首都サイゴンから60キロほどしか離れていない重要な作戦拠点のスアンロックが北側の手に落ち、翌日には米国からの援助金をたっぷり自分たちの懐に入れていたグエン・バン・チュー南ヴェトナム大統領や閣僚たちは亡命の準備に取りかかり、サイゴン陥落と南ヴェトナム政府の崩壊は日数の問題になった・・・。”

 星島の闘う相手というのが、従来の東西及び南北間の利害対立関係が、さらに細かく複雑に絡み合った関係へと発展するという見方で、それだけ武力紛争も多発複雑化するだろうという考え方を持っているアームズ・インターナショナル社長のアーネスト・スミス。この国際的な兵器商社は、世界各地に現地支社やダミー会社を所有し、非合法な兵器の売買を地球的規模で展開し、世界各地で武力紛争が生ずるたびに莫大な利益を上げ、あらゆる兵器を扱うだけでなく、軍事訓練の下請けから、傭兵提供システムまで企業化していた。本書では様々な国際間の兵器取引が描かれ、サイゴン陥落前にアームズ・インターナショナル社を介し北ベトナム政府とアメリカ側の一部の連中の間でも米軍及び南ヴェトナム政府軍用の備蓄兵器の取引が行われる。

 ヴェトナムの戦場は新兵器の実験場と言われるように、米軍は次々に新兵器を投入しているが、本作では、銃器類はもちろんのこと、ベトナム戦争で使われた航空機の数々や化学兵器や知能爆弾などの新型兵器に関する情報が満載だ。星島が1972年に北爆関連でスクープを手にするのも、スマート爆弾に関するものだった。また、第9章では、「黄色い雨」と題し、ラオスにおいてソ連が密かに化学兵器の実験を行っていることを、山岳民族メオ(モン)族の被害者と、加害者側のラオス人民解放軍(LPLA)の元パイロットが証言した「黄色い雨の証言」と題する戦禍報告に始まり、化学戦争・化学兵器に関する情報が紹介されている。

本書の目次
第1章  汚れた戦い
第2章  陥穽
第3章  復習の誓い
第4章  侵入
第5章  混乱
第6章  契約
第7章  サイゴンの崩壊
第8章  軍用機の墓場(マスデスク)
第9章  黄色い雨
第10章 知能爆弾
第11章 竜の復讐

著者紹介:大藪春彦(おおやぶ・はるひこ) 1935年香川県出身。早大在学中に『野獣死すべし』を発表、鮮烈なるデビューを飾る。その後、『蘇える金狼』『汚れた英雄』等数多くの名作を生み出し、その精力的な作家活動は、他者の追随を許さない。1996年没。<角川文庫版:著者プロフィール>

関連テーマ
●ラインバッカー作戦
●スマート爆弾
●北爆とヤンキー・ステーション
●南ヴェトナム共和国の崩壊
●ラオスの「黄色い雨」

ストーリー展開時代
・1972年~1970年代後半以降(星島がエンタープライズを舞台にした北爆の取材時~1970年代後半以降)1960年代と思われる星島の過去回想
ストーリー展開場所
ベトナム(トンキン湾、ダナン、サイゴンダラット、ショロン地区、ミト)
・日本(東中野、北新宿、羽田、御徒町、秋葉原、青梅市、奥多摩、六本木永福町、原宿、杉並・堀之内、有楽町、静岡県富士宮市、富士演習場)
・タイ (バンコク、チェンマイ、バンヒンテク、パタヤ)ラオス国境に近い難民キャンプ)
・ラオス (ビエンチャン、
・アメリカロサンゼルス、サン・ディエゴ、ワシントン、アリゾナ州ツーソン)
・韓国 (ソウル)
・フィリピン (マニラ、スビック湾)
・メキシコ
・スウェーデン、デンマーク等の欧州

主な登場人物
・星島弘
・アーネスト・ゴールドスミス(アームズ・インターナショナル社長)
・長田(週刊誌グラビア版のデスク)
・ロサンゼルス・タイムズの記者
・海兵隊の新兵募集所の徴兵係
・キーファー中尉(米海兵隊)
・モイ(ヴェトナム女性)
・コズミック電機の会長
・スキャンダル・フォト週刊誌編集者
・関東会(ヤクザ組織)
・金(セジョン・ニュース社)
・朴英姫(在韓南ヴェトナム大使館ヴィザ・セクション勤務)
・カーリー中佐(スビック米海軍基地の広報将校)
・ジョージ・ジョンソン広報大尉(ダラット基地)
・神野良子(星島の恋人、フリーのスタイリスト)
・長谷川(星島の旧友。イラストレーター)
・明和医大附属病院の医師・看護婦
・神野良子の母(軽井沢在住)
・奥多摩ライの不動産屋社長
・アームズ・インターナショナル奥多摩寮の中年の管理人夫婦
・重山と村井潤一(アームズ・インターナショナル日本支社での非合法活動員)
・デイヴィッド・キングスレー(重山・村井の上司)
・麗子、美子、京子
・田原輝彦(冒険小説作家)
・ウィリアム・ブラウン(駐南ヴェトナム大使)
・アルバート・ハッチスン准将
・エッジワース2等書記官
・初老のヴェトナム人
・ビッグ・ミン(南ヴェトナム政府要人)
・チュウ・バン・タオ(貿易商)
・グエン・バン・トイ(海運業)
・シャン・ティン・スン(北ヴェトナム政府側の助手)
・タンソンニュッット空港の入国管理官
・ゴールドスミスのボディーガード
・ヘンリー・マーチン中尉(米空軍パイロット)
・中立国監視員(米軍ターミナルビルの詰所に居るチェコスロバキア、ポルトガル、フランス、英国、東西ドイツの中立国の将校たち)
・タン(A・P通信)
・ズオン・バン・ミン南ヴェトナム大統領
・ホン(もと大統領補佐官)
・チュー(もとサイゴン警備司令官)
・リン(ショロンの焼き鳥屋、中国人)
・シャン(もと南政府軍の少尉)
・イザベラ(ミトでのフランス系の娘)
・ブラウン(ツーソンのマニュアル・サーヴィス社)
・F-15イーグル戦闘機パイロット
・アイリーン・グレーヴス(ゴールドスミスの情婦)
・辻村理恵(神野良子の親友)
・難民キャンプのメオ(モン)族の娘
・ポール・ウッド(国連調査団の一員)
・コン・ロイ大佐(ラオス軍の高級将校、コンサバン基地司令官で化学兵器実験担当兼務主任)
・ブン・スイオン大尉(ラオスから亡命した人民解放軍パイロット)
・バン・パオ将軍
・クンサー将軍
・酒田一郎、田辺省吾、辺見卓(星島の大学写真部の後輩)
・天野社長(電子技研社)
・塩川専務(電子技研社)
・西木洋子(電子技研東京事務所所長秘書)
・ティーナ(チェンマイ出身のタイ娘)
・パーラン(シャン同盟軍の参謀)
・ロバート・ウー(オフィスマネージャー)
・岩城勝年【創作上の人物】(かつて日本大使館の嘱託をしていた。岩城は、ヴェトミンに身を投じた旧日本軍の下士官で、旧ラオス政府軍の基礎造りに貢献した一人であった。そのために岩城はラオス軍部に人望があり、過去の伝説的な活躍ぶりは、ラオス人民解放軍の幹部連中の間でも高く評価されていた。しかし、ヴェトナム軍の直接介入以来、岩城はラオス人民解放軍の旧知の友人たちとも接触を絶っていた。岩城は、ラオス人よりもラオスを愛している男で、革命後も、ラオス国民の将来を見届けるとして、帰国を拒み、古寺に住み込んで住職格になったという変り種であった)

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