メコン圏現地作家による文学 第12回「現代カンボジア短編集」(岡田知子 編訳)

メコン圏現地作家による文学 第12回「現代カンボジア短編集」(岡田知子 編訳)


本書は、カンボジア人作家5名による短編小説集の日本語訳版であるが、1冊のまとまった短編小説集の翻訳ではなく、個々の作家の短編集や新聞・雑誌に発表された短編から計13編が収集されている。「そもそも、カンボジアでは短編集といった形のものが出版されることはきわめてまれで、文学作品は、たまに新聞・雑誌等に発表されるだけ」といった状況の中で、このように日本語で読むことができるカンボジア文学作品が一冊の本として出版されたということは大変貴重で意義深い。訳者の活動や苦労、さらにカンボジアの作家・文学や出版事情については、共立女子短期大学教授・東京外国語大学名誉教授坂本恭章氏による「訳者紹介」や、「訳者あとがき」にも述べられている。

 本書に収められている作家・作品は、作家の年齢や経歴、作品の発表年代、作風もいろいろだ。本書巻末では、訳者が「解説ー作家が記録した民族の歴史の記憶」と題して、作家と作品の解説をしていて、この解説が本書作品理解に非常に参考になる。まず、本書で最初に収められているのが、解説では「サルトルを愛したジャーナリスト小説家」と称している、カンボジアにおけるジャーナリストの草分け的存在として活躍した1943年生まれのソット・ポーリンの作品。本書での作品4編はソット・ポーリンの唯一の短編集である『おぼしめしのままに』に収録されている全作品で、1969年に発表されている。

 「ひとづきあい」は、自分の内面にあるものをうまく外に表現できない一方、心の深い所に関わるようなものでなく通り一遍の特に意味のない言葉をやりとりしているだけのひとづきあい、コミュニケーションができない生真面目な青年の話。内面意識と現実とのギャップに悩むプノンペンの零細企業の秘書であるこの主人公の青年に対して、外国映画やスポーツカー、外国タバコなどの話に興じ明るく楽しく遊ぶ他の若者たちの生態が印象的だ。「変わりゆくもの」は、自分の家族が変貌していく姿を嘆き悲しむ男が主人公だが、妻子の言葉がなかなか鋭く、身につまされる世の中高年男性も多いと思われる。「僕に命令しておくれ」「おぼしめしのままに」の両作品は、題名からも推察できるが、”主導権を握った妻に愛想をつかされた男が妻に束縛されない限り、存在と自由を感じることができずにいる”というもので、夫のふがいなさはすさまじいが、特に1960年代後半のカンボジアで書かれた小説「おぼしめしのままに」に、変態じみた表現や描写があることには正直驚いた。

 次に取り上げられている作家クン・スルンは1945年生まれと、ソット・ポーリンとほぼ同年代で、プノンペン大学人文学部卒業後、教師となり、クメール作家協会の会員であったことも、ソット・ポーリンと同じでありながら、運命を大きく異にしている。1974年に国外に移住し多くの知識人が命を失ったポル・ポト政権時代を経験することがなかったソット・ポーリンに対し、クン・スルンの方は、1974年、すべてを捨ててポル・ポトを中心とするクメール・ルージュの解放区に入り、ポル・ポト政権後もポル・ポト政権側の人間としてプノンペンで鉄道修理工として働いたが、ポル・ポト政権崩壊直前の1978年に、33歳の若さで、妻子と共に粛清されている。解説では「クメール・ルージュへの道を選んだ孤高の数学教師 -クン・スルン」と著されている。

 クン・スルンは、ロン・ノル政権下で政権側に迎合せず、1971年に政治犯として半年間投獄されるが(親交のあった国語教育界の有力者であったチューク・マウ夫婦が身元保証人となり保釈金を払うことで釈放される)、釈放後の1972年に短編集『終の住処』を発表している。本書に収録されている作品は、この短編集の中の4作品。本書収録13作品の短編中、やや長めの作品が、1930年代に古い村に生まれた主人公の男性が悲しい思い出のある故郷を離れ、プノンペンで様々な家庭を下僕として渡り歩く物語の「ソックの家」と、クン・スルン自身の自伝的な内容で、幼年時代からプノンペンでの学生生活を描いた「学校」の2作品。特に作品「学校」の最後の部分では、社会、人生、金、法律、教育・学習・学校についての誠実で正直で真摯な文章が書かれているが、原著者のその後の悲劇的な人生を思うと非常に悲しくなる。

” 人として完全になるためには、2つの大きな要素がある。それは学ぶことと心を改めることだと思う。そして生徒を教育する前にまず自分を教育しなければならない。教師、僧侶、医者は一番大変であろう。何よりもまず自らを健やかにしなければならないからだ。僧侶といえば、生きとし生けるものに対する仏の慈しみの表情が心に浮かぶ。医者といえば、ヒポクラテスの人間観を思い出す。そして教師といえば、私は・・・。

 田舎に行って、どこか水の乏しいところにため池でも掘って、豚や鶏やアヒルが入らないよう柵を作ろうとも思う。村の人たちが一年中いつでも使えるように。

 名だたる哲学者は、その多くが人よりも先に涙を流した。その人生を思う時、私は身がすくみ、心が縮み上がりそうな気持ちになる。彼らを崇拝してやまない。彼らの素晴らしさを、私がラジオ放送局に代わってできる限り親戚や友人に伝え広めようと思う。もしいつの日か自分も彼らのように人類の財産となれることがあれば、そうしたら・・・などと夢想するのであった。このような幻想に酔いしれたりするのだが、この明るく輝いた道を突き進もうという気にもなかなかなれないのだった。あまりにも大きな鎧戸が幾重にもなっていて私の心身を締めつける。それは妻子だったり、様々な病だったり、金の問題だったりした。

 金はあらゆる場面で問題となって降りかかってきた。就職のための健康診断書も、雨風をしのぐ所を作るための土地も、本などの知識も、年をとっても、ちょっとした病気も、五感を少々楽しませるにも、はたまた水を飲むにも、小便をするにも金である。誰も彼もがなんとかして金を稼ぎ、そして都合の悪いことはみな金のせいにする。金は体の、考えの奥底まで浸透する。多くの知識人や新聞、雑誌、諸機関ですら金で動く。だから金が一番だと言われるのだ。そして私は自問する。それでは法律は何番目なんだ?そばにある金はすぐさま答える。”法律は一つだ。つまり金が一番といったら、一番なんだ。身内に甘くしようと法を遠ざければ、いざ身内に甘くした時には、金をも遠ざけてしまう”と。

 全くの驚きだ。人間が金を作り出し、その金が今では人間を越えて一番だ・・・人間が法律を作り出し法律の中で生きようとしてきたのに、今や法律は第一ではない。だが、法律が第一でないからといってそれがどうした。それよりもなぜ人間が第一ではないのだ?なぜ金や法律を作り出した人間が、金や法律のように第一ではないのだ?そばにある金は手を小刻みに振りながら笑う。”そんなことわかるか、同じ人間に聞いてみな。でもすでに俺が一番だがな”

 だから納得がいくまで私は学ぶ。学校は他にもたくさんある。正気の人のための学校、檻に入っている人のための学校、カンボジアの学校、インドの学校、黒人の国の学校、白人の国の学校・・・どんな学校も人間のための学校なのだ。光と善を増やすことを教えるところなのだ。そして最も偉大な学校というのは、人間を大きく育てる学校なのだ。大きく育てばどんな状況でも人から奉ってもらう必要もない。ヴィクトル・ユゴー、ルソー、ヒポクラテス、トルストイ、パスツール、パステルナーク、ジャン・ポール・サルトル、フォン・ブラウン、ソクラテス、プラトン、デカルト、クロム・ゴイなどのような偉大な人間に・・・”

 本書に収められている残り3人の作家については、解説では「ポスト・ジェノサイドの作家たち -ゼロからの出発」として紹介されている。「姉さん」「なぜ」の作者マイ・ソン・ソティアリーは、1977年生まれで、両作品は1995年、新聞「リアスメイ・カンプチア」に連載されたが、この作品を書いた当時、弱冠18歳という新世代作家。”貧困、売買春、非行など、現実に起こっているカンボジアの様々な社会問題に焦点を当てて問題提起を行っている”作品となっている。マウ・ソムナーンの「黒い海」も、「なぜ」同様、少年によるバイク強盗を題材にしているが、貧困と幼い弟妹を養うために犯罪に手を染めることになる「なぜ」とは異なり、家庭での教育に問題があり、甘やかされ間違って育てられた子どもと非行・犯罪を描いている。この作家は、右記の著者紹介にもあるように、市場での写本・貸本という形態で作品が人々の間に広まり、その後テレビ・映画でのビデオドラマのシナリオライターとして活躍するという、その経歴がユニークだ。

 マウ・ソムナーンの「黒い海」は、1997年創刊の女性教養雑誌「コルティダー」に1998年・99年掲載されたものであるが、ソティーの「英雄の像」「退屈な日曜日」の2作品は、1999年、王立プノンペン大学の紀要「人文科学」に掲載されたものからの収録となっている。両作品は、王立プノンペン大学のスム・チュム・ブン教授の作家ソティーとしてのデビュー作。尚、訳者による本書各作品に関する訳注は右記の通り、多岐にわたり、ここの内容を読んでいるだけでもなかなか楽しい。

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