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メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第5回「大アンコールワット展」
- 2006/3/10
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メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第5回「大アンコールワット展」
本書は、2005年、福岡アジア美術館での展示を皮切りに、日本全国各地で順次開催されている企画展示会「プノンペン国立博物館所蔵 大アンコールワット展 壮麗なるクメール王朝の美」の図録。プノンペン国立博物館所蔵のクメール彫像82が展示され、日本初公開作品が多く含まれている。時代は6世紀から15世紀までの約1000年間に及ぶ。本書の核となる図録は、第1章~第4章に分かれた”クメール神都物語”の中で、大きなサイズのカラー写真とともに、展示品ごとに解説が付されている。
アンコール美術は宗教美術であるといっても過言ではなく、古代カンボジアでは、インド文明が創り出したヒンドゥー教と仏教という2つの宗教が伝来していたので、彫像は、仏像とともに、シヴァ神、ヴィシュヌ神、ブラフマー神のヒンドゥーの三大神、ハリハラ神(右半身がシヴァ神で左半身がヴィシュヌ神の合体・混合神)、ウマー(シヴァーの神妃にして象頭の神ガネーシャの母)、ラクシュミー(ヴィシュヌ神の妻)などのヒンドゥーの神々の彫像も多い。
【展示番号22】「シヴァ神と神妃ウマー」は、バンテアイ・スレイ美術様式(10世紀後半)の最高傑作といえる作品で、ヒンドゥーの三大神の1人であるシヴァ神が、膝にのる神妃ウマーを優しく守るように抱いており、クメール人の感性にあった夫婦の姿が表されている。ウマー(パールヴァティ)の頭部が欠けているのが残念ではあるが。魅惑的な女神像の彫像が多いのも惹かれるが、他に頭部が象で身体が人間というガネーシャや頭部が馬で身体が人間というヴァージムカ、ナラシンハ(人獅子)、ハヌマット(神猿)、ガルダ(神鷲)など動物神・自然神の彫像も見ていて楽しい。プノンペン国立博物館は、バンテアイ・スレイの門衛神像を5点所蔵しているが、この企画展示会にそのうち4点が出展された。【展示番号52~55】
【展示番号1】は、タ・ケウ州アンコール・ボレイ、ワット・ロムロム出土の「ブッダの頭部」で、6世紀頃の制作という最も古いクメール仏教美術の代表作品であるが、「ブッダの頭部」の彫像については、他に13世紀初頭のバイヨン様式の作品(【展示番号41・43】)も掲載されている。また、ブッダ像では、コンポンチャム州のペアムチェアン農園~出土し、完成度においても保存状態の点でも傑出した彫像が、11世紀後半のバプーオン様式の”ナーガの上で瞑想するブッダ座像”(【展示番号71】)だ。
彫像作品は、神像・仏像だけでなく、【展示番号12】は、チャンパー軍の侵略を駆逐した後に、バイヨン寺院を中心にしたアンコール・トムを建設し、1181年から1218年ごろまでにその版図を最大限(インドシナ半島のほぼ全域)にまで拡張した偉大なる王ジャヤヴァルマン7世の頭部の彫像。この彫像は1958年に発見されたもので、クロル・ロミアス出土の有名な彫像と同一のタイプのものだが、ジャヤヴァルマン7世の若い頃の姿が造像されている。尚、【展示番号35】”ひざまずくプラジューナーパーラミタ”という彫像は、ジャヤヴァルマン7世の最初の王妃ジャヤラージャデヴィーが王の戴冠の直後に亡くなり、王妃の妹が姉王妃をしのんで、かつての姉王妃をモデルに制作させたものといわれている。
一旦盗掘され、後にカンボジアに返還されたという彫像作品も出展展示されている。【展示番号13】は、アンコール保存事務所から盗掘された女神像だが、国際博物館協会(ICOM)の仲介で1997年6月にカンボジアに返還された彫像であり、【展示番号38】の”ブラフマー神の頭部”という彫像は、1984年6月に文化省アンコール保存事務所から盗まれた11点の美術品の中の1点で、英国で発見され、国際博物館協会(ICOM)の仲介で1996年12月、プノンペン国立博物館に返却されたもの。
展示作品の多数は材質が砂岩のものであるが、展示番号66~82の作品は、どれも青銅製で、傑作ぞろいとなっている。最古のクメール仏教美術を代表するプノンダ様式の6世紀のブッダ像【展示番号66】から、プノンペン国立博物館の収蔵品の中でも最高傑作の一つとみられるバイヨン様式のロケシュヴァラ(菩薩)像【展示番号76】など素晴らしいが、【展示番号73】の盛装のブッダは、絶品の美しさではないだろうか。
展示品全82点の大きなサイズのカラー写真&解説が付いた図録以外にも、本書の監修にあたられた石澤良昭氏(上智大学長)による解説文が巻頭に掲載されており、他にもクメールの遺跡紹介、カンボジア王家の系譜、主な美術様式と年代、主な神像・仏像紹介など、掲載資料も充実している。