メコン圏を舞台とする小説 第56回「サイゴン・ティをもう一杯」(村松 友視 著)


<単行本>「サイゴン・ティをもう一杯」(村松 友視 著、講談社、1982年10月発行)

<文庫本>「サイゴン・ティをもう一杯」(村松 友視 著、講談社文庫<講談社>、1985年9月発行)

<著者紹介> 村松 友視(むらまつ・ともみ)<単行本・文庫本ともに著者略歴記載なし>
昭和15年(1940)4月10日東京都生まれ。祖父は小説家、村松梢風(1889年~1961年)。昭和38年(1963)慶應義塾大学文学部哲学科を卒業し、中央公論社入社。「婦人公論」、「海」などの編集をしていたが、中央公論社で編集者勤務のかたわら、小説を書き始め、1980年(昭和55年)にエッセー集『私、プロレスの味方です』で注目を浴びる。昭和56(1981)年退社し執筆業に専念。直後の昭和57年(1982)「時代屋の女房」で第87回直木賞受賞。昭和62年(1987)にはウイスキーのコマーシャルに出演し、『ワンフィンガー、ツーフィンガー』の言葉で同年の流行語大賞を受賞。平成9年(1997)には「鎌倉のおばさん」で泉鏡花文学賞を受賞。「上海ララバイ」「アブサン物語」「永仁の壺」「幸田文のマッチ箱」「夢の始末書」「俵屋の不思議」「贋日記」など著書多数。日本文芸家協会会員。

本の裏表紙には、”行きずりの恋から同棲し、奇妙な花屋をはじめたイサムとアンナは、演劇で挫折した者同士でもあった。彼らのあやふやで頼りなげな日常と、二人を取り巻く人間関係の濃淡。それはバラのブラック・ティや戦時下のサイゴンの酒場にあったサイゴン・ティの、妖しさや虚飾ぶりにも似ていた。やがてアンナは妊娠して……。時の流れに身をまかせる男女を通して、日常の側面に光をあてた都会小説”という紹介文が記載されているが、本書は、1981年に中央公論社の編集者を辞め執筆業に専念し、直後の1982年「時代屋の女房」で直木賞を受賞したばかりの村松友視 氏が同年(1982年)、直木賞受賞後の第一作として講談社より書き下ろしで単行本を刊行した小説。小説の主たる時代や場所は、1982年の東京・吉祥寺ながら、花屋を営んでいる主人公の男性イサムが、16年前の1966年暮れに、ベトナム戦時下にサイゴンに観光ビザで一人出かけていたことが、ストーリーに大きく関わってくる。

本書の主人公の男性・イサムは、本名は河口勇で、東京・吉祥寺のあまり賑やかでない一角で、ガレージを改造して花屋の店にし、寝起きは中二階で、同棲相手のアンナと、花屋「はなみち」を営んでいて、花屋仲間からは、吉祥寺で花屋をしているということで、「吉さん」と呼ばれている。イサムとアンナは、7年前、深夜のジャズ喫茶で、知り合り、芝居の話に興じたが、おたがいに何かが終ったあとの虚脱状態といったふうで、その夜、ラブホテルへ行って結ばれたのが今まで続いているという関係。お互いの気が合ったのは、芝居という世界にこだわって挫折した仲間という感じがあったせいだとイサムは思っていた。あやふやで頼りなげなイサムとアンナの日常に変化が生まれるきっかけが、アンナが妊娠3ヶ月となり、きちんと部屋を借りて生活しようと、アンナからイサムに言い出す。もともと、花屋をやりたかったのは、女性のアンナの方だったが、更に、イサムは、アンナの方から、花屋をやめない?と提案される。「花屋やめて、イサムのやりたい仕事をやった方がいいと思うんだ」「このごろ、あたしにつき合ってもらってることが、ちょっと負担になってきちゃった」「あたしのために、いろいろとかんがえてくれてることが、何だかわずらわしく感じ始めたのよね」「何て言うか、嘘くさいのよね、他人のために何かやるってことが」「あたしのためにやってやるっていう自分にこだわってるだけっていうか・・」と、なかなか的を得たような辛辣な意見を言われる。

イサムとアンナの二人の関係だけでなく、花屋の仲間たち、隣近所の人たち、ブラック・ティの花を買う中年の痩せた紳士など、二人を取り巻く登場人物も様々だが、イサムの昔の同棲相手の由紀との関係も気になる。10年前、アンナと出会う3年前に、当時28歳だったイサムは、しばらくの間、当時25歳だった由紀と同棲していことがあった。そのころ、イサムは何をやっても手応えを感じない時期で、レタリングやテレビ局の美術のアルバイトをやって日銭を稼ぎ、将来の目標はおろか定った寝ぐらさえおぼつかなかった。由紀はあるテレビ局のアルバイトをやっていて、契約社員となり社員に昇格するというコースにあるアルバイトで、イサムは、番組が変わるたびにやってきてトンカチをふるうというテレビ局の美術のアルバイト。ある番組の打ち上げのあと、帰り途が同じだというので、一緒に電車に乗り、あっさり連れ込みホテルに入る。由紀は結婚願望が強く、やがて由紀が妊娠するが、結婚はできないというイサムは、強引に堕胎を強要し、妊娠中絶をしたかと思っていたが、その事があり、イサムはテレビ局のアルバイトをやめ、由紀ともその後は「一度も顔を合わせていなかったが、10年ぶりに突然再会する。しかも、10歳くらいの女の子を連れて。

また、「目立たないから花屋になった」という、過激派の逃亡犯ではないかと花屋仲間たちから疑われる陰気で暗い中年男性のストーリーでの役回りは何かと思っていたら、終盤の洒落た演出のシーンで見事に登場する。本書ストーリーの終盤で、イサムとアンナの二人の関係が一気に動く流れは、芝居の舞台のような展開。尚、本書ストーリーの中では、1969年に連続して起き、結果、未解決事件として名高い「ピース缶爆弾事件」について、本書のストーリーの時代設定となっている,1982年に真犯人を名乗り出た人物の証言や証言の信憑性が話題になったという実在の事件も、絡んでいる。東京・吉祥寺で花屋を営む主人公の日常が述べられていく中で、本書タイトル「サイゴン・ティをもう一杯」にあるように、サイゴンは、本書ストーリーにどう関わってくるのか?と気になるが、イサムと周囲の人との会話の中で、イサムは、16年前の1966年の暮、ベトナム戦争の真っ最中の激動の時期のサイゴンに、ルポライターとかカメラマンとか、商社マンとかでなく、一人で観光に出かけたことが分かるが、その時のサイゴン訪問での出来事の様子は、本書の中盤過ぎで、かなり詳細に記されている。また、花屋仲間から、イサムは、「吉さんは、何でまたあのブラック・ティって高い花が好きなんだい?と尋ねられ、「昔、あの花の色とそっくりなサイゴン・ティって物を見たから」と応えるシーンもある。

16年前の1996年の暮、イサムは、何をやっても手応えがうすく、転々と仕事を変えている踏みごたえのない時期でもあり、育った場所には既に家もなく、親類縁者とも行き来のない生活をしていたこともあり、年末年始にかけて旅に出ようと、アルバイトの収入を少しずつ貯金していたが、旅の行き先をベトナムのサイゴンと、なぜか当然のように決めてしまった。当時、新聞には大きな見出しでベトナムの報道が載っていて、ベトナム戦争に反対する市民運動が、かなりの勢いで一般に浸透していたが、ある日、イサムは電車の吊革につかまっていたとき、イサムの耳をひいた他人同士の会話の長いやりとりが、本書にそのまま掲載されている。「ベトナム戦争は、どことどこが戦っている戦争だと思う?」「あれは、戦争といえるのかなあ?宣戦布告して国家同士が戦っているわけじゃないからね」というやりときから、ベトナム戦争反対、ジュネーブ協定、南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)、ドミノ理論、ベトナムへのアメリカの大量の軍事介入、ホーチミン・ルート、モハメッド・アリのベトナム派兵反対、クリスマス休戦、旧正月(テト)休戦、などの話となり、イサムは、ベトナム戦争についての知識は、ほとんど無知の側に近かったが、クリスマスとか旧正月(テト)という言葉に耳をひかれ、そのときに、激動のベトナムはサイゴンで、暮と正月は過ごそうと思ってしまう。

そして、1966年の暮、イサムは、理由もはっきりしないまま、観光ビザを片手にふらっと、ベトナム戦争時の南ベトナムのサイゴンに一人で出かけ、わけもわからずに、バスターミナルでの運転手のような男に連れて行かれた、チャン・ワイ・カップ通りの米兵用連れ込みホテルで、10日間ほど過ごすことになる。サイゴンに到着した翌日、クリスマス休戦に沸くサイゴンの中心街の雑踏を歩いているうちに、一軒の酒場にごく自然にはいってしまい、それ以来、連日のようにずっと同じ店へ通ってしまう。その店でホステスとして働く、フランス人の父親とベトナム北部出身の母親の間に生れた混血と、自分のことを説明する、源氏名らしいナンシーという女性に出会ったからだが、「サイゴン・ティ、モウ一杯オゴッテヨ」と何杯もせがまれる。「この店に来るときに、財布を落としてしまい、家に帰るシクロ代を貸して欲しい」とか、次々と、おねだりをされるという、よくある話で、「ユー・アー・ナンバー・ワン」と、繰り返しささやいてくる。そして、何度もくどいたあげく、ようやく、イサムは、ナンシーを家に送っていくことができるが、そこは、フランス人の父親と北部出身のは派親を持つ、ランキング最上位の女性のイメージからは、程遠い、スラム化した建物の、アパートというよりも動物用の飼育場というふうで、公衆便所を大きくしたという感じもあり、そこで、嘘のないナンシーの日常を垣間見ることになる。過酷な生活や日常の疲れの中での、サイゴンの酒場にあった正体はただの気のぬけたコカ・コーラである、カクテル・グラスに入っているサイゴン・ティのような妖しさや虚飾ぶりに、強い衝撃を受けたようだ。

本書は、フィクション小説ではあるが、著者の村松友視 氏は、1963年に大学を卒業し、中央公論社に入社し、「婦人公論」の編集者をしていたが、1966年暮から正月に、当時、ベトナム戦争下の激動の南ベトナムのサイゴンに、仕事とは関係なく一人観光ビザで出かけている。「サイゴン・ブルー」(村松友視 著、1993年4月、中央公論社)は、著者の自伝的長編で、27歳の時の1966年暮に訪れたサイゴンを、25年後の52歳の時に、ホーチミン市と改称した旧サイゴンを再訪した時の話で、「サイゴン・ブルー」の第2章は「サイゴン・ティ」と題し、1966年暮に訪れたサイゴンの話が掲載されている。この「サイゴン・ブルー」では、著者の”私”は、当時、出版社の婦人雑誌編集部員で、通い詰めたサイゴンの酒場のフランスと北部の混血女性は、ナンシーではなく、フォンという名前で登場している。「サイゴン・ブルー」では、なぜ、著者の村松友視 氏が、1966年暮にベトナム戦争下のサイゴンに行こうとしたのか、その時はどういう状況だったのかについても記されていて、また、著者の村松友視 氏が、1991年12月に旧サイゴンを再訪した時に、1966年の暮に偶然、宿泊することになったチャン・ワイ・カップ通りの米兵用連れ込みホテルを、通りの名前も変わりホテルの建物も変わっていたが、探し当てている。

著者あとがき <単行本>
ブラック・ティという、どこか厳かでどこか妖しく、どこか嘘くさいバラを見たとき、私の目のうちによみがえってきたものがあった。それは、1966年の暮にクリスマス休戦のさなかに見た、サイゴン・ティという奇妙な液体だった。
アメリカの介入によってエスカレートしたベトナム戦争中のサイゴンの酒場で、女たちが客におごらせていた嘘のカクテル・・・赤暗い照明のなかで見たその液体の色は、華やいだような沈んだような、苦渋にみちた見得を切っていた。
そんな思い出をからめてブラック・ティという、人間が掛け合わせて作った高価なバラをながめているうち、花屋という不思議な存在が私の頭にクローズ・アップされてきた。
生き物のセリをやる商売には、魚屋、八百屋、そして花屋がある。市場でのセリの場面はいさましく男らしさが匂い立っている。魚屋と八百屋は、市場でセリをする男らしい顔つきのまま自分の店へ帰り、やはり男らしい売りっぷりを誇っている商売だ。しかし、花屋はこれとはちょっと趣きがちがっている。
市場でセリをする花屋の面々は、魚屋や八百屋ほどではないにしても、セリという男くさいムードの中で緊張した顔をつくって花を仕入れてくる。だが、店へ帰ってきた花屋の主人は、おびただしい切り花のうしろへ隠れ、あまり目立たないたたずまいになってしまう。似たような立場をさがすならば、そう、銭湯か旅館の主人というところだろうか。
店の前面に出て客の相手をするのは女房であり、主人はといえばヒマ人か芸術家ふうな横顔で伝票を整理し、午後からは車で配達に回るといったあんばいだ。花屋の主人のこんな感じは、美しい花を商売としている者を象徴しているのかもしれない。
野や山に咲く花を、出かけて行って楽しむのではなく、切り取ってわが家を飾るために使う花好き・・・そういう、やさしさと残酷さを合わせもった人々が花屋へ足しげく通ってくるお客たちだ。そして、こういう人々の花への対し方は、強い者が弱い者に対するときの、あらゆるパターンの芯に見え隠れる構図だ。
美しい花には毒があると言うが、美しい花をめでる心にも毒がある。それを知り尽くして二つの毒の仲介をする花屋という存在の、よじれからんだ奇妙な毒、それが花のうしろに隠れた花屋の主人から透し見えるというわけだ。
そんなことを思っているうち、花のうしろにうずくまっていた花屋の主人がむっくりと起きあがり、この小説の主人公として歩き出してしまった。これはもしかしたら、私のベトナム戦争後遺症かもしれない。(省略) 著者

ストーリーの主な展開時代
・1982年7月~9月(*具体的な年代明記はないものの、16年前が1966年という記述あるため)
ストーリーの主な展開場所
・<日本>東京、千葉 ・<ベトナム>サイゴン(1966年暮の回想)

ストーリーの主な登場人物
・イサム(河口勇、花屋仲間からは「吉さん」と呼ばれている、東京・吉祥寺の花屋”はなみち”経営)
・アンナ(イサムの同棲相手)
・チビ太(イサムとアンナが飼っている犬)
・三角(チビ太の孫の犬)
・境さん(本名は中島。東京・武蔵境の花屋)
・緑さん(東京・目黒区緑が丘の花屋)
・上神さん(東京・上石神井の花屋)
・花市場の社長
・ブラック・ティの花を買う中年の痩せた紳士
・山田(花屋”はなみち”のとなりの地中海料理店「アズナブール」マスター)
・山田の若い奥さん
・花屋”はなみち”のとなりの洋品店のママ
・地中海料理店「アズナブール」の常連客の女
・山口(銀行のおえら方)
・由紀(かつてのイサムの同棲相手で、今は銀行マンの妻)
・ユッコ(由紀の10歳の娘)
・アンナの父親(どこかの美術学校の先生をやっている絵かき)
・三雲(千葉のラベンダー農園主)
・花市場のすぐ隣にある喫茶店「ラマンチャ」のマスター
・キヨチャン(喫茶店「ラマンチャ」の若い女店員)
・地中海料理店「アズナブール」男性チーフ
・花屋の配達先の家の老婆(伊達家に繋がる士族で花屋だったという父親と、亡くなった夫が戦前、年中、中国に行っていたという高齢女性)
・中華料理屋の野球軒の元プロ野球の二軍選手だったマスターと花柳界出身の奥さん
・通りがかりに花屋を見つけて花屋”はなみち”に立ち寄った4人のヤクザの男たち
・松井(宮脇産婦人科でイサムの隣に座った若い男)
・宮脇産婦人科の中年の看護婦
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<1966年暮の回想>
・イサムの故郷の友達たち
・イサムの乗った電車の中で会話する他人の二人組
・サイゴン行きのフライトのスチュワーデス
・サイゴンの空港のアオザイのベトナム人女性
・サイゴンのバスターミナルでの小柄で極端に陽に灼けた開襟シャツの男
・サイゴンのチャン・ウイ・カップ通りの連れ込み宿の受付の男性と少年
・ナンシー(サイゴンの酒場のホステス)
・イサムのアルバイト先の友人
・白人のアメリカ兵の大男
・将校ふうのアメリカ男性
・酒場女のベトナム女性
・ナンシーの知り合いらしいタクシーの運転手
・ナンシーの家の家族

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