メコン圏を舞台とする小説 第4回「インドシナ急行殺人事件」(柘植久慶 著)

メコン圏を舞台とする小説 第4回「インドシナ急行殺人事件」(柘植久慶 著)


「インドシナ急行殺人事件」(著者:柘植久慶、コスミックインターナショナル (コスモノベルス)1994年初版)
(1989年12月に飛鳥新社より刊行された同名の小説に加筆・訂正したもの)

フランス外人部隊の教官、アメリカ陸軍特殊部隊の指揮官経験をもつ異色の作家・柘植久慶氏による初の長編推理サスペンス。ストーリーは、甥の結婚式のために来日したフランス老婦人が、都心のホテルで殺されたことから始まる。国際刑事警察機構からの捜査資料で、被

その後捜査が進まず迷宮入りかと思われたときに、第2次世界大戦時、南部仏印進駐の際に主役の役割を果たした日本軍特務機関の元メンバーが死体で発見されたことから、ストーリーは新たな展開を迎える。そして事件の鍵となる題名のインドシナ急行での殺人事件が浮上してくる。

当時の情勢を説明しておこう。1940年5月ドイツはフランスに侵攻。フランスは二分されて、北半分をドイツが併合、南半分はペタン元帥のヴィシー・フランスとして存続することになり、イギリスに逃れたド=ゴール将軍は徹底抗戦を主張。一方、仏領インドシナでも、ドイツと手を結ぶペダン元帥派と、それに反対するドゴール大佐派に分かれ、混乱状態に陥っていた。

一方、こうしたヨーロッパ情勢の急変の時、東アジアでは、蒋介石政権が中国西南部の堅固な重慶にこもり、米・英・仏等がこの蒋介石政権を支援していたために、中国戦線は拡大し日本軍は手を焼いていた。1940年6月フランスのペダン政権がドイツに降伏後、日本はフランスのインドシナ総督府と現地交渉を行い、同年9月インドシナ派遣軍を北部ベトナムに進駐させ、蒋介石政権への援助ルートの遮断の徹底を図っていた。

日に一本あった仏領サイゴンから日本軍支配下のハノイへの直通列車であったインドシナ急行内で、日本軍が北部ベトナム進駐を果たした後の1941年5月に起こったとされる殺人事件は、もちろん作者の創作であるが、日本軍の諜報活動、在留フランス人、チョロンの華僑グループがうごめく混沌とした当時のサイゴンの様子が伺い知れる。

尚、その後1941年7月、日本軍はフランスとの協定で南部仏印への進駐をも果たすことになる。

取り上げている時代が混乱としているうえに、強欲のためにうごめく人々の存在が、ストーリーを大変面白く練り上げている。時代・世情や、時代が生み出す興味深い履歴の人々に加え、切手コレクションの話や、日本の独特の姓と地方との関係という素材もからませている。またすい臓を刺すなど殺害に関する処理についての細かい説明も盛り込まれている。

柘植 久慶 氏(つげ・ひさよし)
■1942年、愛知県生まれ。慶応大学法学部卒。フランス外人部隊の教官、アメリカ陸軍特殊部隊・グリーンベレーAチームの指揮官を経て、作家活動に入る。主な著書は「ザ・グリーンベレー」「サバイバル・バイブル」「逆転の罠」「マンハッタンの墓標」「チェックメイト・キング」「遥かなる烽火」「ロイヤルコネクションを狙え」「獅子たる一日を」他多数
■1942年、愛知県生まれ。1961年、慶応義塾大学法学部に入学。この年の夏、傭兵部隊の一員としてコンゴ動乱に参加。翌62年、フランス外人部隊の格闘技教官としてアルジェリアに渡る。70年代には、アメリカ陸軍特殊部隊の指揮官・グリンベレー大尉としてインドシナで戦う。主な著書に『フランス外人部隊から帰還した男』『獅子たる一日を』(飛鳥新社)、『サバイバル・バイブル』(原書房)、『女王の身代金』(集英社)など。本作は著者初の本格ミステリー小説である。(飛鳥新社の単行本での著者紹介)

目次
1  フランス婦人の死
2  栗林誠治
3  釣舟
4  パリからの捜査資料
5  元特務機関員の死
6  サイゴン陥落前夜
7  戦友会
8  隅倉特務機関長
9  暗証番号
10  サイゴンーーーー1941年
11  ド・ゴール派の軍資金
12  人質
13  銃撃戦
14  追跡
15  第一の復讐
16  第二の復讐
17  幽明の境
エピローグ

同書関連ワード

インドシナ情勢
北部仏印進駐、南部仏印進駐、援蒋ルート、反日華僑、仏印の日本軍(南方軍司令官・寺内壽一元帥大将)
カトルー総督、ドクー提督、エンヌ将軍、ディエンビエンフー陥落、重慶・国民党政府、日本軍諜報機関
1945年3月の仏印処理、山岳モイ族の戦士、ヴェトコン、パリ和平協定、
ヨーロッパ情勢
ドイツのフランス占領、ペタン元帥、ド=ゴール大佐、第一次大戦のヴェルダン会戦、「労働、家族、祖国」
ヴィシー・フランス、インドシナ急行、サイゴン、トゥーラン、フエ、雲の峠、ヴィン、ベンハイ川、
北緯17度線、ハノイ、
ベトナム(仏領インドシナ)関係
マジェスティクホテル、コンティネンタル・パラス、サイゴン川、カティナ街、提岸(チョロン)、ピアストルとスー(通貨)中部高原ダラト、サイゴン郊外のビエンホア、20号公路、11号公路、トゥルチャム、1941年開通の鉄道、<ナポレオン金貨>20フラン金貨、インドシナ総督府、インドシナ銀行、プレーヌ・デ・トンボー<墓の原>、北圻(パッキー)、ファンラン、
切手コレクション
フランス軍事郵便(各地の仏領植民地間)、オンカバー(封筒だけ切手のついていないものもあり)、エンタイア(通信文の入ったもの)、船便を意味する八角形の消印、世界主要諸国の最初の切手
独特の姓と日本の地方の関係
水沼(九州地方のミズマ/ミズヌマ)、喜屋武(キャン/キヤタケ)、薬袋(ミナイ)、御茶屋・米屋・塩屋・鉄屋・大口屋・八百屋など(山口県)、越後屋・越前屋・越中屋など(秋田県)
その他
ブローニング拳銃・口径32、フランス外人部隊、(ベルギー兵器廠:ファブリーク・ナショナル)

ストーリー展開場所
東京、パリ、三浦海岸、山梨県・石和、岐阜県・岐阜市、サイゴン、ハノイ、ダラット 等
ストーリー展開時代
1974年から1976年、1941年(関係する過去)、1984年(エピローグ)

登場人物たち
栗林誠治(大田区の鉄工所経営)
イヴォンヌ・ジュオー(フランス老婦人)
栗林芙美子(誠治の姪)
栗林晴蔵(誠治の弟で芙美子の父
アラン・ジュオー(仏会社の極東副支配人で東京駐在で、イヴォンヌの甥)
アルフォンヌ・ジュオー(イヴォンヌの甥で生花販売)
薬袋警部補(警視庁捜査一課)
西山刑事(東京・麹町署)
三浦海岸の釣り宿の親父
隅倉・元特務機関長
スミクラ機関の諜報機関員
<ゼンダ、ミズヌマ、ヨシモト>
佐田・第百物産常務(元大連支店勤務)
稲田東一郎(元・第百物産サイゴン支店勤務)
久保紀夫(元日本軍諜報員)
石川(旧南方軍部隊の戦友会幹事
ベルナール・ベア(仏の切手商)
美佐(日本人と安南人との混血)
蔡東方(チョロンの新参米商人)

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