メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第40回 「あの人の生きたように ー グエン・バン・チョイの妻の記録 ー 」


「あの人の生きたように ーグエン・バン・チョイの妻の記録」(ベトナム外文出版社 編、松井 博光 訳、新日本新書<新日本出版社>、1966年2月発行)

<訳者紹介> 松井 博光(まつい・ひろみ)(1930年~*2012年)<本書訳者略歴より、本書発行当時>
1930年生。東京都立大学中国文学研究室非常勤講師。主要訳書「燃えあがる大地」(梁斌 著)「中国古代神話」(袁珂 著)
<*中国文学者、旧・東京都立大学名誉教授、2012年逝去>

本書「あの人の生きたように グエン・バン・チョイの妻の記録」は、本書サブタイトル通り、ベトナムの抗米の英雄、グエン・バン・チョイの妻の手記。グエン・ヴァン・チョイ(Nguyen Van Troi、1940年2月1日~1964年10月15日)は、ベトナム戦争時代の反米主義者で南ベトナムのサイゴン在住の若い電気工。1964年2月17日、自ら志願して南ベトナム解放民族戦線のサイゴンで極秘に活動する武装部隊の一員となり、ロバート・マクナマラ米国防長官(1916年~2009年、アメリカ合衆国第8代国防長官<任期1961年1月~1968年2月>)が南ベトナムのサイゴンを訪問し通過するコンリー橋を爆破し暗殺しようと準備をしていて、1964年5月9日に橋の近くで逮捕される。1964年8月11日に死刑の判決を受け、1964年10月15日に、アメリカの命を受けて、当時の南ベトナム(ベトナム共和国)のグエン・カーン政権により、サイゴンのチーホア刑務所において各国報道陣たちに見守られる中、銃殺刑に処された。獄中での不屈の精神態度だけでなく、各国報道陣が見守る中の銃殺刑直前の毅然とした言動が、南北ベトナムを始め、特に共産各国に大きな衝撃を与えた。

グエン・ヴァン・チョイによるマクナマラ米国防長官暗殺未遂事件が起りグエン・ヴァン・チョイが南ベトナム政府により公開銃殺された1964年は、前年の1963年11月には、南ベトナム解放民族戦線の活動が活発化するベトナム共和国(南ベトナム)でケネディ大統領政権のアメリカの黙認下、1963年ベトナム共和国(南ベトナム)のズオン・バン・ミン(1916年~2001年)による軍事クーデターにより、ベトナム共和国(南ベトナム)初代大統領のゴ・ディン・ジェム(1901年~1963年11月2日)が殺害されるが、翌1964年1月30日には、アメリカの差し金によるクーデターで、グエン・カーン(1927年~2013年)政権が成立していたが、1960年12月結成の南ベトナム解放民族戦線との内戦の戦局も泥沼化し政権内部は混乱を極めていた。一方、1960年11月にアメリカ大統領に当選し、マクナマラを国防長官に任命し、1961年4月にはジュネーブ協定に違反して、南ベトナムに軍事顧問増派決定し南ベトナムへの軍事介入を強めたケネディ大統領も1963年11月22日、アメリカのダラスで暗殺され、ジョンソン副大統領が大統領に昇格し、マクナマラが引き続き国防長官に就任。

アメリカの南ベトナムでの軍事介入の戦局打開の為の計画作成と陣頭指揮のために、マクナマラ米国防長官が、1964年3月に4回目の南ベトナム訪問の後、更に同年5月に5回目の南ベトナム訪問にやってくることになり、この訪問は、南ベトナムの戦争を北ベトナムにまで拡大するかどうかの判断のためとも見られていたが、このマクナマラ米国防長官の南ベトナム訪問の機会にマクナマラ米国防長官を襲撃する計画が立てられ、南ベトナム解放民族戦線のサイゴンで極秘に活動する武装部隊の一員であった若き電気工の青年グエン・バン・チョイが1964年4月20日に結婚することになっていたが、新妻に心配かけないと、南ベトナムの解放闘争に参加していることも、まして危険な任務に自ら主張して就くことも内緒にしていた。新婚直後の1964年5月9日の夜、マクナマラ米国防長官一行が通過するはずだった。タンソンニャット空港とサイゴン中心部をつなぐ主要道路にあるコンリー橋に地雷を敷設して爆破しようと準備をしていたところを橋の近くで逮捕される。

本書「あの人の生きたように グエン・バン・チョイの妻の記録」は、グエン・バン・チョイの新妻ファン・ティ・クエンが語る物語は、新婚直後の夫グエン・バン・チョイが逮捕された時から始まり、1964年10月15日に処刑され、夫の葬儀を終え、同年の旧暦12月25日に、翌日にサイゴンを脱出し極秘に解放区へ向かう前に最後の墓参りをする場面で終っている。本書「あの人の生きたように グエン・バン・チョイの妻の記録」は、1966年2月、新日本出版社から1964年にシリーズがスタートしたばかりの「新日本新書」の17番目の新書として発刊。本書巻末の訳者あとがきによれば、本書日本語版の原本(「Sống như Anh」)は、1965年に北ベトナム(ベトナム民主共和国)のハノイのベトナム外文出版社編で、ベトナム語版(ハノイ)が発刊されたが、他に、中国語版(北京)とフランス語版(ハノイ)があり、いずれも1965年刊。ベトナム語版と中国語版は、ほぼ同じ内容ながら、フランス語版は若干内容に違いがあるが、この日本語版の訳書は、中国語版を底本として訳出し、一部フランス語版に基づいて加筆修正し、ベトナム語版も参照とのこと。冒頭の「はしがき」には、解放区へくることのできた彼の若い妻ファン・ティ・クエンは、グエン・バン・チョイとともに過ごした最後の日々を語った物語は、チャン・ディン・バン(南ベトナムの作家)によって書きとめられ、ハノイのベトナム外文出版社が世に送ると記されている。

本書「あの人の生きたように グエン・バン・チョイの妻の記録」は、グエン・バン・チョイとその妻ファン・ティ・クエンおよびこの2人を取り巻く人々の物語で、妻クエンの簡潔で率直な語り口調で文章が書き留められていて、非常に読みやすい。夫の活動や危険な任務のことなど何も事前に知らされてはいなかった新妻は、獄中の夫に励まされ、獄中の革命同志たちにも支えられていく。1964年5月10日の日曜の朝、7、8人の警官が両手を後ろに縛られた夫を引っ張り家に突然踏み込んできて、爆薬を家の中を探し回り、この時に初めて夫が逮捕されたことを知った妻も、その日の夜にサイゴン警察本部に連行され尋問を受け拘留され監獄に収容されてしまう。妻クエンは夫との面会での会話や様子以外にも、逮捕以前の幸せに過ごした日々の回想や、周囲の人々から話を聞く夫の様子などを通して、不屈の精神の持ち主で、皆から愛され慕われ尊敬される夫チョイの姿や生き方を映し出しているが、二人の間の深い愛情も存分に伝わってくる。尚、妻クエンは途中で出獄を許され、元の工場に戻り包装の作業場で働きながら生活を支え、夫の運命を待つことになる。若い夫婦の愛情の物語だけではなく、家族や活動同志の人たちを始めとする周囲の人たちとの繋がりの物語にもなっているが、1964年8月に起るサイゴンの街でのグエン・カーン打倒のデモの広がりの様子や。71964年8月のアメリカの最初の北爆の話も、夫婦2人の面会時の話題に登場している。

グエン・バン・チョイは、1940年2月1日、ベトナム中部のクアンナム省ディエンバン県タンキ村に生まれ、父グエン・バン・ホアは土地のない貧農。チョイが3歳の時に日本占領軍から地方行政を任されていたフランス軍が解放闘争に対する掃討作戦にやってきて、ジャングルに難を逃れた母親は、飢えと苦労のために幼い子を残し亡くなる。1945年8月の革命によるベトナム民主共和国の建国で、一年中出稼ぎに出ていた父も土地改革で農地の分配を受け、村で生活できるようになったが、フランスの再侵略がチョイの田舎にも及び、抵抗戦士だった父は、フランス軍に連れ去られ、出獄後も長い間遠く離れて暮らし、おじと兄弟達に育てられた。チョイが15歳の時に兄夫婦のもとに身を寄せダナンで機械を学ぶが、兄夫婦の生活はあまりに貧しく、1956年、単身サイゴンへ飛び出し、輪タクの車夫をしながら暮らしをはじめ、やがて、電気工の見習いとなり、前後して3つの工場で働き、3つ目の工場は、ファトジェム通りにあるゴクアン修理工場で、その工場の電気労働者として。各種エンジンや家庭用電気器具を専門に修理していた。まもなくフランス軍に捕らえられ拷問をうけて身体障害者となっていた父とも再会し、サイゴン郊外フーニュアン地区に居を構える。革命の思想を深く身につけ、ベトナム人民革命青年同盟に加盟。チョイのいとこが、クエンと同じ職場で働いていて、紹介されて2人は知り合うようになる。クエンの両親は北部の人で、親類の人たちとハドン州(ハノイ西方の州)チュオティン県バンジャップ村から南に流れ着いていた。

本書「あの人の生きたように グエン・バン・チョイの妻の記録」の口絵には、3枚だけながら、ページ大で写真が掲載されて、本書内容の要点に関わる非常に意味のある写真が選ばれている。まず、非常に広く知られている写真は、処刑の直前の写真で、グエン・バン・チョイが、柱に縛られ、大勢の報道陣と係官達が見守る中で、堂々と強い信念を示す毅然たる姿で言葉を発するシーン。キャプションには、”「ベトナム万歳!」「ホー・チ・ミン主席万歳!」ー南ベトナムのすぐれたむすこグエン・バン・チョイは、変わることのない祖国への愛情と、アメリカ=かいらい軍にたいする怒りを示しながら殺されていった。”。と付されている。2枚目の口絵の写真は、”ありし日のグエン・バン・チョイと、妻のファン・ティ・クエン”。目を見張るばかりの美男美女のカップルで、チョイは、非常に精悍でりりしくハンサムな好男子で、クエンは、非常に可愛く愛らしい幸せいっぱいの笑顔の写真。3枚目の口絵の写真は、”「革命事業のためグエン・バン・チョイのようにたたかおう」と書いた旗をかかげる北ベトナムの青年志願隊。”というキャプション付きで、グエン・バン・チョイ処刑後に湧き上がった熱狂ぶりが窺える写真。

グエン・バン・チョイに関わる話で、非常に驚くべき出来事は、グエン・バン・チョイが処刑と決められていた1964年10月15日の直前数日前に、地球の裏側の中年米のベネズエラで起った事。この出来事に関わる話は本編の物語でも詳しく描かれている。当時のベネズエラでは、ベネズエラ共産党、左翼革命運動党などの民主政党を中心に、ベネズエラ民族解放戦線(FLN)が結成され、レオ二独裁政権打倒の戦いが続けられていたが、FLNの武装部隊である民族解放軍(FALN)の一支隊が、ベネズエラ政権に派遣された米空軍軍事顧問団副団長マイケル・スモールン空軍大佐を連れ去り、ベネズエラ民族解放戦線は、南ベトナムの英雄グエン・バン・チョイとの交換釈放を要求する声明を出す。アメリカのジョンソン大統領は、グエン・バン・チョイの処刑延期を命令し、ベネズエラ民族解放戦線は約束を守って、1964年10月14日、スモールン大佐を釈放。しかしながら、アメリカとカーン一派は、その翌日の10月15日の朝に、グエン・バン・チョイの処刑を強行する。

本書の解説では、南ベトナム解放民族戦線中央委員会幹部会は、チョイの処刑の翌々日にあたる1964年10月17日に特別会議を開き、グエン・バン・チョイに南ベトナム英雄の称号と一級勲章を贈ることを決定するとともに、南ベトナム各地軍民が盛大に追悼行事をおこなうよう呼びかけの決定を公布する。処刑の直後には、ベトナム人民革命党サイゴン支部は、生前入党希望をしていたグエン・バン・チョイに、正式党員として英雄の死後の入党を認める決定もしている。ベトナムには、グエン・バン・チョイの名前を冠した通りが学校が多くあり、暗殺未遂事件のあった現ホーチミン市のコンリー橋は、タンンソンニャット国際空港からホーチミン市中心部に向かう通りがグエンバンチョイ通りで、ナムキーコイギア通りに続く主要道路にある橋。本書の解説に記されている話で、妻ファン・ティ・クエンに関する、その後の話で驚いたのは、夫グエン・バン・チョイの処刑の1年後の1965年11月、アメリカでベトナム戦争に抗議してクエーカー教徒のノーマン・モリソンがワシントンの国防総省のマクナマラ長官の執務室の窓下で焼身自殺を遂げる事件があり、ファン・ティ・クエンは、残されたモリソン夫人のアンに、熱烈な連帯の手紙を送ったという話。尚、ファン・ティ・クエンは、夫の処刑後、ベトナム共産党に入党して特殊部隊の一員として革命に参加し、1969年には北部に渡って1973年に再婚。2019年7月4日、ホーチミン詩の自宅で死去(享年75歳)。

「ハノイで見たこと ー 北ベトナム報告と日記」(松本清張 著、朝日新聞社、1968年8月発行)は、松本清張氏による1968年3月19日~4月5日までのベトナム戦争下のベトナム民主共和国(北ベトナム)訪問記で、1968年3月27日には、北ベトナムのホアビン省農業中等学校を訪問した時に、学校の外のタピオカの畑の向こうに小高い丘があり、丘の上に白い石像のようなものが遠望でき、案内の副校長から、「あれはグエン・バン・チョイの記念像です。チョイは北ベトアムの子供や青年の憧憬ですよ」と説明を受けている。「グエン・バン・チョイは1965年、サイゴンにやってきたマクナマラ国防長官を射殺しようとして処刑された青年である。彼は英雄となり、10代から20代の、北ベトナムの若者の偶像となっている。ハノイの本屋ではホー・チ・ミンとともに彼の石膏像が売られ、映画館や街頭で看板となっている。」と、1964年と1965年の混同や、射殺と爆殺の間違いはあるものの、松本清張の北ベトナム報告の中で、グエン・バン・チョイの名前を取りあげ紹介している。

目次

ホー・チ・ミン主席のことば
フランス語判はしがき
あの人の生きたように
詩・ぼくのことばを忘れないでくれ!
解説
訳者あとがき

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