メコン圏を描く海外翻訳小説 第22回「北の愛人」(マルグリット・デュラス 著、清水 徹 訳)

メコン圏を描く海外翻訳小説 第22回「北の愛人」(マルグリット・デュラス 著、清水 徹 訳)


「北の愛人 」(マルグリッド・デュラス 著、清水 徹 訳、河出書房新社、1992年2月発行)<単行本>

「北の愛人 」(マルグリッド・デュラス 著、清水 徹 訳、<河出文庫>河出書房新社、1996年9月発行)<文庫本>

<著者>マルグリット・デュラス (1914年~1996年)<本書文庫版著者紹介より、本書発刊当時>
1914年、仏領時代の南ベトナムで生まれ、同地で少女時代をおくる。1950年、『太平洋の防波堤』で作家としての地位を確立、以来、30冊をこえる作品を発表し、映画監督としても活躍。1984年夏に『愛人』が大ベストセラーになり、ゴンクール賞までさらって話題をまいた。1995年に『これで、おしまい』を発表。1996年没。
<訳者紹介>清水 徹(しみず・とおる)  <本書文庫版訳者紹介より、本書発刊当時>
1931年、東京生まれ。東大文学部卒。現在明治学院大学教授。主要著書『書物の夢 夢の書物』、主要訳書『ヴァレリー全集』、ミシェル・ビュートル『時間割』など。

本書の原著者のマルグリット・デュラス(1914年~1996年)は、20世紀後半フランスを代表する作家として、非常に多彩な才能を発揮し、特に文学、そして映画では監督、脚本家、また演劇作家としても活躍。「愛人 ラマン」をはじめ「モデラート・カンタービレ」「太平洋の防波堤」「北の愛人」「苦悩」など、数多くの作品が河出書房新社より日本語翻訳としても出版され、マルグリット・デュラス原著の日本語翻訳小説以外にも、マルグリット・デュラスを論じた日本語の書籍も数多く出版され、また映画「愛人 ラマン」(1992年 フランス・イギリス合作、1992年5月、日本映画公開)をはじめ、映画「雨のしのび逢い」(1960年 フランス・イタリア合作、日本公開1961年10月)、映画「インディア・ソング」(1975年 フランス製作、日本公開1985年10月)など、マルグリット・デュラスの原作をもとにした映画の日本公開作品も少なくなく、日本でもよく知られたフランスの作家。

本書「北の愛人」の原著は、1991年6月に発表されているが、マルグリット・デュラスの代表作の一つの1984年発表の「愛人 ラマン」と同じ題材を取りあげ、物語の大枠はほぼ同じながら、いろいろと違った形式や視点、内容で描かれた作品。「愛人 ラマン」そのものは、マルグリット・デュラスが、1943年に処女小説『あつかましき人々』を発表以来、作家歴40年以上の大家で70歳になっていた1984年に発表。フランス人女性のマルグリット・デュラスは、仏領インドシナに派遣されていた教育公務員の両親のもとに仏領インドシナのサイゴン郊外で生れ、ハノイやカンボジア、メコンデルタ地帯、サイゴンで主として幼少期を過ごし、大学教育からパリに移住しているが、「愛人 ラマン」は、仏領インドシナを舞台に、15歳の時の金持ちの中国人青年との最初の性愛経験を語った自伝的作品として、センセーションを捲き起こし、世界的ベストセラーにもなった作品。日本語翻訳「愛人 ラマン」は、原著が発表されてすぐ翌年の1985年6月に、日本語翻訳小説「愛人 ラマン」が清水徹 氏の訳により河出書房新社から単行本が刊行。更に映画「愛人 ラマン」(1992年 フランス・イギリス合作、1992年5月、日本映画公開)公開のタイミングで、1992年2月、河出書房新社から文庫本が刊行されている。

1984年発表の自伝的小説「愛人 ラマン」の物語の大枠は、「わたし」と書かれる一人称の主人公の15歳半のフランス人少女は、普段は、サイゴンの国営の女子寮に寄宿し、学校は外のサイゴン市内のフランス人高等学校(リセ)に通っているが、休暇で、母親が校長をしている女子小学校のあるベトナム南部メコンデルタ地域のサデックの町の白人駐留区の小さな官舎に帰り、再び、サデックの市の立つ広場から現地人バスに乗りサイゴンに戻るところからストーリーが始まる。サデックとヴィンロンの間をメコン河の一支流を渡し船で横断する時に、この渡し船の上でバスを降りたフランス人少女は、運転手つきの黒い大型リムジンに乗った中国人青年に出会い、少女はバスに乗らずに大型リムジンでサイゴンの寄宿舎の寮まで送り届けてもらう。それから毎日、中国人青年は、少女を学校まで迎えに来て、寮におくりとどけたが、ある日、寮に少女を迎え、黒塗りの自動車に乗せて、サイゴンの中華街ショロン地区の連れこみ宿の一室に誘い、そこからフランス人少女と中国人青年との間にお金を伴う性愛関係が始まる。この相手の中国人の青年は、12歳年上で、サデックの河に面した大きな家に住んでいて、大金持ちの華僑資本家の一人っ子でパリに留学していた青年。

本書「北の愛人」も、「愛人 ラマン」と、この物語の大枠はほぼ同じながら、映画「愛人 ラマン」の展開とも近く、また「愛人 ラマン」はいろんな話が錯綜することもあり、難解なところが多々あるが、本書「北の愛人」の方が、一般に知られる物語の大枠に沿った展開で、比較的、大筋のストーリーを追いやすく、また、個々の描写や会話のやりとりなどが前作よりは詳しい。「愛人 ラマン」では、「わたし」という一人称の主人公が、本書「北の愛人」では、名前は呼ばれないが、「少女」と三人称の主人公の小説となっている。他にも、いろいろと細部に至っては、物語の内容に違いがある部分も少なくなく、「愛人 ラマン」とは違った新たな印象を持つことも少なくない。フランス人少女の相手となる金持ちの中国人青年については、「愛人 ラマン」では、おとなしく弱々しくオドオドして、あまり積極的に自らが語るという印象が無かったが、本作「北の愛人」では、会話のやりとりのシーンも詳しくなっていることもあるのだろうが、自らよく話すイメージ。「愛人 ラマン」では登場していなかった、少女の家の現地人の使用人であるタンという青年の存在が、本作「北の愛人」では大きくなっている。この青年は、シャムとカンボジアの国境の山地の上の方で、フランス人少女の母親が、ある夕方、子供たちと一緒に胡椒畠から帰る途中で、幼い孤児を見つけ。自分の子供たちと一緒にカンボジア南岸のバンガローに連れて帰り共に生活をしてきている。

本作「北の愛人」では、主人公のフランス人少女や母親、少女の愛人相手の中国人青年など、「愛人 ラマン」と同様、名前が無いが、フランス人少女の2人の兄については、ピエールとポーロと名前で呼ばれようになっている。また、フランス人少女の母親が校長を務める学校は、ヴィンロン市フランス女学校といい、フランス人少女が通うサイゴン市のフランス人学校は、シャッスルー=ローバ高校のバカロレア準備クラスと書かれ、寄宿舎の名前はリヨテー寮と記されている。なお、バカロレアとは、不サンスの国民教育省が管理する、高等学校教育の終了を認証する国家試験。本作「北の愛人」では、「愛人 ラマン」では無かった詳しい描写や説明があったり、新しいストーリーが挿入されていたりもする。フランス人少女と下の兄との近親相姦的な関係にも触れられていたり、フランス人少女の母親が夫が病死後、、カンボジアの南端のシャム湾に面した土地の払い下げ分譲による開発権利を取得したものの植民地行政の腐敗のために耕作不能の土地を得てしまい事業の壮絶な失敗で、一家は更に経済的な窮乏に追い込まれて母親は絶望に陥ってしまうという不幸な出来事についても、「愛人 ラマン」より、具体的で詳しい話が紹介されている。また、母は1905年、現地人の子供の学校教育が定められたはじめに、募集に応じて本国から来た教員たちの一員としてインドシナに到着したとか、不幸な出来事の前には、慈愛に満ちた熱心な教育者の顔が、フランス人少女の母親の昔のことを知っている人たちからも知れる。

本作「北の愛人」でも、フランス人少女の上の兄は、相変わらずだが、阿片窟に入り浸りトラブルを起こす様子など、お金も含め生活がだらしなく、母親の溺愛ぶりも異常な感じもするが、この上の兄があまりに酷く、途中で本国送還に遭う場面なども登場する。本作「北の愛人」では、中国人の青年が、資産家の父親の意向も受け、少女に内緒で、サデックの少女の実家を訪れるシーンなど、「愛人 ラマン」では無かった場面も描かれている。映画「愛人 ラマン」の中での印象的なシーンの一つに、寮を訪ねた大型の黒色のリムジンに気づいた少女が、車の窓ガラスに口を寄せ、そこに接吻し、口をつけたままにしているシーンがあるが、本作「北の愛人」では、そのシーンが描かれ、”それはまるで、街なかでセックスをしてしまったかのようだった”と、少女が回顧している。「愛人 ラマン」には記載がなく、本作「北の愛人」で記された大きな違いの一つには、本作「北の愛人」の終盤で、”戦後何年かたったころ、飢えと、数知れぬ死者たちと、いくつもの強制収容所と、何度かの結婚と、何度かの離婚と、何冊かの書物と、政治と、共産主義とののちに、男が電話をかけてきた。”という文章で始まる箇所があり、デュラス自身のその後の人生で、愛人相手の中国人青年だった男から突然連絡をもらった時の話が追記されている。巻末の訳者解説では、デュラスは、1989年に、映画「愛人 ラマン」の映画監督となるジャン=ジャック・アノーから、中国人が1972年に世を去っていることを知らされたらしいとも書かれている。

本書のタイトルや執筆にきっかけについては、マルグリット・デュラス自身による前書きで、”この本の標題は、『街なかの愛』でも、『小説・愛人』でも、『愛人再説』でもよかった。結局、それらよりはもっと意味がひろく、モデルとなった現実により近い標題 ー『北の秋愛人』と『中国東北部』のふたつのなかから選ぶことになった。”と書かれ、日本語翻訳本のタイトルについては、訳者あとがきで、”この原題は、詳しく訳せば「中国東北部出身の愛人」という意味で、直接的には作中の中国人が中国東北部の撫順出身であることを言っているのだけれど、どうもうまい訳題にならない。そこで思い切って「北の愛人」とした。”と書かれている。また、執筆のきっかけについては、マルグリット・デュラス自身による前書きでは、自伝的小説の「愛人 ラマン」のモデルとなったベトナム南部のメコンデルタ地帯のサデックに住むお金持ちの中国人青年が何年も前に死んだと人づてに知ったこととある。が、本書の訳者解説(単行本と文庫本では、訳者は同じ清水 徹 氏ながら、訳者解説の内容はかなり違った内容となっているが)では、本書「北の愛人」を書くためのきっかけとなったのが、「愛人 ラマン」の映画化の話があり、そのシナリオ執筆に取りかかったことが挙げられ、映画化のためのシナリオという構想で書き始められている。

ストーリー展開時代(主たる回想)
・1929年~1931年

ストーリー展開場所(主たる回想)
・仏領インドシナ(サデック、サイゴン、シャム湾に面したカンボジア南岸)

主な登場人物たち(主たる回想)
・少女(サイゴンのフランス人高等学校に通う寄宿舎生活のフランス人少女
・少女の母(ベトナム南部のサデックの女子小学校の校長)
・ピエール(フランス人少女の上の兄)
・ポーロ(フランス人少女の下の兄)
・タン(少女の母の運転手をしている美貌の若者)
・少女の亡父
・サデックに住む金持ちの27歳で無職の中国人青年
・中国人青年の資産家の父
・中国人青年の亡き母(サデックで10年前にペストで病死)
・黒い大型リムジンの運転手
・アンヌ=マリ・ストレッテル(ヴィンロンの行政長官の夫人)
・エレーヌ・ラゴネル(サイゴンのリヨテー寮にいる、ダラト出身の白人の少女)
・アリス(サイゴンのリヨテー寮にいる混血の孤児の女子生徒)
・サイゴンのシャッスルー=ローバ高校の教師
・サイゴンのシャッスルー=ローバ高校の生徒監の男性
・サイゴンのリヨテー寮の年若い下僕(ボーイ)たち
・ショロンの連れ込み宿近くの棟割長屋に住む混血のピアノを弾く男性
・サイゴンのリヨテー寮の混血の中国人の若い女性舎監

・サイゴンのリヨテー寮のフランス人女性の寮主事
・「メコン阿片館」の中国人の主人たち
・ドー(主人公のフランス人少女の母の家の家政婦で修道女たちの家で育つ)

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