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メコン圏が登場するコミック 第20回「水に犬」(著者: 村上もとか)
- 2023/11/20
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- 1992年5月事件, アカ族, アジアプレスインターナショナル, ウィークエンドマーケット, クロントイ, タイの森林伐採, タイ米, ブルーダイヤモンド事件, ミャンマー産のチーク材, ヤワラーの冷気茶室, 村上もとか, 血の日曜日事件と10月学生革命, 野中章弘, 野生動物密売, 黄金の三角地帯
メコン圏が登場するコミック 第20回「水に犬」 (著者:村上 もとか)
「水に犬」 (著者:村上もとか、発行:講談社<モーニングKC-439>、1995年11月発行》
本作品の著者・村上もとか氏は、1951年生まれで、高校卒業後、人気漫画家・望月あきらのアシスタントを務め『COM』に作品を投稿(佳作入選)後、1972年『週刊少年ジャンプ』で『燃えて走れ!』で漫画家デビュー。昨年2022年、デビュー50周年を迎えた実力派漫画家で、幅広い分野で第一線で活躍し続けていて漫画賞も多数受賞。代表作は、1981年を「週刊少年サンデー」で連載した『六三四の剣』、1991年に、「ビッグコミックオリジナル」で連載した『龍-RON-』や、2006年より「スーパージャンプ」に連載された『JIN-仁ー』など。その他の作品に『赤いペガサス』『熱風の虎』『ヘヴイ』『ドロファイター』『風を抜け!』などがある。
本作品『水に犬』は、1993年の講談社モーニング48号、49号、50号、1994年39号、40号、1995年39号、40号、41号と、1993年から1995にかけ不定期に掲載され、本書は、その8話を1冊に収録し1995年11月に刊行されたもの。人気漫画家・村上もとか氏が、42歳から44歳の時の作品。タイ料理が大好きという著者が、タイを舞台にタイ人を主人公にした作品。清濁入り乱れ混沌としたタイ社会の中で、タイ内務省警察局中央犯罪捜査部犯罪制圧特課のボスであるワッサン大佐が犯罪を追及する姿と、タイに生きる人々を描いた人間ドラマ。ちなみに、主人公のワッサンの名前は、著者が日本で出会ったタイ人の友人の名前を借りたとのこと。本作品の取材協力は、1987年結成のアジアプレスインターナショナルで、巻末には「タイ取材点描」として、代表の野中章弘氏や取材協力関係者や本書作品のモデルとなった人たちのことが紹介されている。
8話収録ながら、構成分けはされていないが、話の内容から3部構成となっている。3部とも主人公は、タイ内務省警察局中央犯罪捜査部(CSD)第7課(犯罪制圧課)のボスの38歳のワッサン大佐。タイ全土で凶悪犯罪と格闘し、買収には応じず正義を追及するエリート刑事だが、私生活は日本人妻を愛する美味しいタイ料理が好きで女性好きなおじさんという親しみが持てるキャラ。タイ北部チェンマイ出身でバンコク最大のスラム・クロントイで育ちながら、日本の大学にも留学経験があり、名門のタマサート大学卒という経歴。れから、ワッサン大佐はタイ料理が大好きということで、本作品には、食事のシーンが至る所で熱く激しく描かれているのも本作品の大きな特徴の一つ。
第1部は、バンコクのクロントイ港沖で日本人ヤクザとそのタイ人情婦の惨殺死体が発見されるシーンから始まる。死体の男の方は、広域暴力団M会系内田組組長の内田譲二で、タイ入国12回目で日本へのヘロイン密輸容疑により内偵調査中だった男。一方、死体の女性は、タイ北部チェンライ県の少数民族アカ族の出身で、内田に身請けされるまでは、バンコクのヤワラーの売春宿で働いていた17歳の少女。 この殺人事件の背後には巨額のヘロイン取引がからんでいるという匿名の投書が、ワッサン大佐の課宛にあり、殺害されたアカ族の少女が働いていたヤワラーの売春宿の摘発に乗り出すことから捜査を始める。そして、タイ首相直々に。徹底的に事件の背後を捜査せよと異例の督促がワッサン大佐に伝えられる。事件の手がかりを掴むために、ワッサン大佐は、殺されたアカ族の少女と幼馴染でヤワラーの売春宿で働いていた16歳のアカ族の少女を連れて、タイ北部チェンライ経由で、黄金の三角地帯の近くの山岳地帯のアカ族の村に向かう。
この1部では、バンコクのヤワラー(中華街)の冷気茶室の看板を掲げる簡易売春宿、タイの売春の形態、簡易売春宿で働く女性たちとエイズ感染率、タニヤ、バンコク最大のスラム・クロントイなどの話題から、タイ・ミャンマー・ラオスの3国が国境を接する黄金の三角地帯と麻薬密売、タイ北部山岳地帯に住む少数民族アカ族、中国共産党軍に追われたタイ国内に残留した中国国民党軍の残党。ベトナム戦争時にアメリカのCIAが反共産ゲリラ対策の資金源として手を出したと言われる麻薬売買、黄金の三角地帯に君臨する麻薬王クンサーなどの話題に加え、血の日曜日事件(1973年10月14日)とタイの10月学生革命(1973年10月)やタイの1992年5月事件と、タイの学生運動、民主化運動、軍のクーデターなどタイの現代政治史の大きな事件の話題まで登場する。
続く第2部では、ワッサン大佐が、昔、日本の大学・城東大に留学していた時の柔道の先輩・荻原が、タイ米の視察でタイにやってきて、ドンムアン空港に出迎え19年ぶりに再会する。また、NGO幹部活動家で、大学院でジャーナリズム学を研究する若いタイ人女性アンチャリーが知人のワッサン大佐を訪ね、北部のミャンマー国境近くで、秘密裏にタイ国内のチーク材を大量に伐採しミャンマー産と偽装して運ぶという違法な森林伐採が組織的に行われていて、タイの軍上層部が絡んでいるという情報を持ち込む。ワッサン大佐は、この違法な森林伐採を捜査するためにタイ北部チェンマイに飛ぶ。
第2部では、タイの森林乱伐と1989年国内の伐採禁止、ミャンマー政府によるタイ国境近くのミャンマー領内のチーク材の伐採権のタイの伐採企業への付与などの一連の森林伐採問題の話題を中心に、他にも、バンコクのウィークエンドマーケットや野生動物密売中継地としてのタイ、タイ米騒動やタイでの日本向けの米の開発、タイでの女性の地位、社会問題に果敢に取り組むタイのNGOの様子などの話題紹介にも話が及んでいる。本書全体に特筆すべきは、詳細なシーンや背景の描写で、ストーリーの展開だけでなく微に入り細を穿った描写が凄い。この第2部では、ワッサン大佐が日本の大学に留学し先輩と同じ下宿にいた頃の学生の狭い部屋が再現されているが、麻丘めぐみのポスターが貼られ、「愛と誠」のコミック本などが畳の上に散らかっている描写はあまりにリアルすぎて驚いた。
最後の第3部は、ワッサン大佐がバンコクのタニヤ通りの店で1人で北京ダックを食べている時に、スラムで一緒に育った幼馴染で今は、自分のレストランを経営しているタイ人女性チャラライと、幼少期以来で偶然再会する場面から始まるが、その店で一緒に食事中に、暴走車が店に突入。その車を運転していた男は頭を銃で撃ち抜かれていたが、車内からは大量の宝石が発見され、しかもそれは、サウジアラビア王室宝石盗難事件で盗み出された宝石の一部とよく似ている精巧に偽造されたものだった。さらに殺害された男は、サウジアラビア王室宝石盗難事件で宝石を横領したとして告訴されたタイ内務省警察局中央捜査部長官ワラポーン直属の部下の捜査官だった。そしてワッサン大佐は、宝石事件の捜査に加わることを希望し、殺害された捜査官が直前に情婦と一緒に、王室をはじめ金持ちの別荘が多いホアヒンに滞在していたことをつかみ、女性といちゃついてばかりの金持ちの日本人に偽装し、ホアヒンで極秘捜査を始めることになる。
この第3部での大きなテーマであり驚愕の事件は、何より実在のサウジアラビア王室宝石盗難事件。1989年にサウジアラビア王室サウード家で発生したタイ人従業員による宝石窃盗事件に端を発する一連の未解決事件と、この事件によりサウジアラビアとタイ国との間が30年以上にわたり悪化することとなった事件で、ブルーダイヤモンド事件と呼称される。本書のストーリーでは、登場人物などの名前はフィクションとなっているものの、おおまかな事件の内容と経緯は事実に近いところもあり、本作品の第3部のストーリーは、このブルーダイヤモンド事件を背景にタイ警察の不正ぶりを描いている。本作品が書かれた1995年は、この長年に及ぶ不透明で大掛かりな事件の最初の数年の経過があった段階だが、現実には、この事件はその後、紆余曲折があり長引き、未解決な部分も多く残されながらも、2022年1月に、サウジアラビアとタイの間で首脳会談が開かれ、この1989年に起こったサウジアラビア王室宝石盗難事件からタイ警察上層部を巻き込む大規模な疑惑に発展し悪化した両国の外交関係を正常化することで合意した。
- CONTENTS
MENU.1 メシを食おう
MENU.2 山に生きよう
MENU.3 マイペンライ
MENU.4 日本のセンパイ
MENU.5 チェンマイ
MENU.6 消えた宝石
MENU.7 女主人
MENU.8 恋のバカンス
タイ取材点描
■関連テーマ&ワード
・黄金の三角地帯と麻薬密売
・タイ国内の密伐採
・ブルーダイヤモンド事件(サウジアラビア王室宝石盗難事件)■ストーリーの主な展開時代
・1993年~1995年
(*第1部の最初のMENU.1では、1993年10月現在、10バーツは約43円と補足あり)
(*第2部の最初のMENU.4では、冒頭に、”タイ バンコク 1994年”と記載あり)
(*第3部の最初のMENU.6で、サウジアラビア王室宝石盗難事件で1995年2月まで報告あり)■ストーリーの主な展開場所
・<第1部>バンコク、チェンライ、黄金の三角地帯近くのタイ北部山岳地帯のアカ族の村
・<第2部>バンコク、チェンマイ、日本(大学留学時の回想)
・<第3部>バンコク、ホアヒン
■「水に犬」主な登場人物
・ワッサン大佐(タイ内務省警察局中央犯罪捜査部(CSD)第7課(犯罪制圧特課)のボス)
・キョウコ(ワッサン大佐の日本人妻でタマサート大学に勤務)
・マリカ(ワッサン大佐とキョウコの幼稚園の娘)
・チャチャイ中佐(犯罪制圧特課の副官)
▼第1部(MENU.1~MENU.3)
・内田譲二(45歳の広域暴力団M会系内田組組長)
・アマ(チェンライ県メートー村、少数民族アカ族の出身で17歳。内田譲二の情婦)
・ミーシュ(アカ族出身、バンコクのヤワラーの売春宿で働く16歳の少女売春婦)
・プラユット長官(ワッサン大佐の警察上層部の上司)
・スーシン(タイ首相)
・ピチット将軍(次の陸軍司令官候補で元第3軍管区第4師団司令官)
・ワッサン大佐が好きなバンコクの料理屋屋台のおばさん
・バーミーナムが美味しいバンコクのビル工事現場前の屋台のおばさん)
・プレス発表に集まったバンコクの記者たち
・アカ族の少女ミーシュの父親
・アカ族の少女アマの実家の祖母
・チェンライでのサムローの運転手
・ヨッシー吉川(20年もタイに住んでいる魚介類の輸入業を営んでいる男)
・タニヤ通りのある店のNo.1ホステスの娘
・鈴木(日本のヤクザの組長)
・トンじいさん(バンコクのクロントイスラムに住む)
▼第2部(MENU.4~MENU.5)
・荻原(ワッサン大佐が日本に留学していた時の大学の先輩)
・アンチャリー(NGO幹部活動家で、大学院でジャーナリズム学を研究する若い女性)
・ナカリン将軍(第3軍管区第7師団長)
・チラユット大佐(第7師団第8歩兵連隊長でナカリン将軍の腹心)
・ウィークエンドマーケットでの野生動物密売人たち
▼第3部(MENU.6~MENU.8)
・チャラライ(ワッサン大佐と同じスラム出身で幼馴染のタイ人女性でレストラン経営者)
・カッセーム中佐(タイ内務省警察局中央捜査部(CIB)の捜査官)
・サミング(ムエタイ選手)
・レックじいさん(チャラライの祖父で宝飾品加工職人)
・ヨッシー吉川(ワッサン大佐の偽名で、女性といちゃついてばかりの金持ちの日本人を装う)
・サワポン(警察長官)
・ホイアンのシーフードレストラン経営者の男性
・ヤム(サワポン警察長官のホイアンの別荘の元コック)