メコン圏が登場するコミック 第26回「勇午 インドシナ編 」(原作: 真刈信二、作画: 赤名 修)


「勇午 インドシナ編」(上・下) (原作:真刈信二、作画:赤名 修、発行:講談社漫画文庫<講談社>、2004年12月発行》

「勇午(YUGO、ゆうご)」は、原作:真刈信二 氏、作画:赤名 修 氏による、フリーのプロの交渉人(ネゴシエーター)・別府勇午を主人公とした、社会派サスペンス漫画作品で、1994年から2004年まで「月刊アフタヌーン」(講談社)にて連載された後、同じ講談社の月2回刊行青年漫画誌「イブニング」に移籍し、2015年の最終巻き「勇午 – Final -」まで、21年間にわたりシリーズ連載された作品。『月刊アフタヌーン』連載版では、主に海外各地が舞台になっているのに対し、『イブニング』連載版は主に日本各地が舞台となっている。漫画の単行本は、『アフタヌーン』連載版が講談社の「アフタヌーンKC」として『イブニング』連載版が講談社の「イブニングKCDX」として刊行され、更に、講談社漫画文庫としても刊行されている。本書の「勇午 インドシナ編」は、初出が月刊アフタヌーン 1999年6月号から月刊アフタヌーン 2000年5月号に1年間毎月連載された作品。漫画の単行本では、全22巻のアフタヌーンコミックスでの「勇午」(1994年~2004年刊行)のうち、アフタヌーンコミックス(講談社)の「勇午(13)」(1999年11月刊行)から「勇午(15)」(2000年11月刊行)の前半部に収められ、講談社漫画文庫としては、上下2巻で2004年12月に刊行された。

原作者の真刈信二(まかり・しんじ)氏は、ノンフィクションライターとして活動された後、訴訟社会アメリカを舞台にしたリスクコンサルタントの活躍を描いた1993年「モーニング」掲載の『オフィス北極星』(作画・中山昌亮)で漫画原作者デビュー。1994年「月刊アフタヌーン」でシリーズ連載が始まった「勇午」が代表作に挙げられるが、他にも「月刊アフタヌーン」(講談社)で2013年から2015年まで連載された本格諜報アクション『スパイの家』(作画・雨松)や、「月刊アフタヌーン」(講談社)で2017年から2025年まで連載され、第2回さいとう・たかを賞受賞の神聖ローマ帝国を舞台に傭兵として雇われる日本人男性を描く歴史活劇『イサック』(作画・DOUBLE-S)などの作品が知られる。本書では、原作者のプロフィール紹介掲載は無いものの、本書上巻の後書きで、原作者は、”このシリーズでは、タイ、ラオス、カンボジア、ヴェトナムの4ヶ国が舞台となっています。インドシナが戦乱の中にあったころから、私はこれらの国々を旅してきました。今では観光名所として整備された戦場しか、戦争の傷跡は見当たらなくなりました。昔、といって20年ほど前、アメリカはまだヴェトナムを経済的に封鎖していました。そのころ、戦時捕虜を捜索し続けているアメリカ軍の特殊部隊大佐と知り合いました。彼は部下たちに国境を越えさせ、様々な活動を行っていました。大佐の部下たちから得た情報が、このストーリーの下敷きになっています。私も、野営用の蚊帳を背負い、マラリヤの予防薬を飲んで、一時、彼らと行動しました。彼らが、カンボジアで死んだとされている日本人カメラマンを見たと証言したからです。・・”と、原作者の漫画原作者デビュー前の経歴を窺える記載あり。

全12話から成る、このインドシナ編シリーズのストーリーの第1話は、「バンコクの死」というタイトルで、バンコクのオリエンタルホテルすぐそばのオリエンタル船着場に主人公の別府勇午が現れる場面から始まるが、すぐに、別府勇午の乗ったボートが爆破されてしまう。そして、東京の別府勇午のオフィスに、外務省の邦人保護課から、別府勇午がバンコクで亡くなったことをバンコク警察が確認したと連絡が入る。独自の情報ルートから、同じ情報を知った凄腕の女性ルポライターの北村は、別府勇午の死を確認するために、別府勇午というネゴシエーターがどういう人間なのかを自分の目で確かめたいという、高校3年の菊池周を連れてバンコクに飛ぶ。北村も、別府勇午の仕事のパートナーの小暮も、今回の別府勇午の仕事の依頼人が誰で、どんな仕事でタイにいたのかも知らなかったが、北村は、まずは、バンコク警察犯罪捜査本部に出向き、別府勇午が、チャオ・プラヤー川で乗っていたボートが爆破されて爆死したことを知り、別府勇午の遺留品を確認し、また、アメリカの観光客が爆破の場面を偶然撮影したビデオをダビングしてもらい、タイ人の情報屋に接触して手がかりを掴もうとする。第2話「アメリカによる平和」では、バンコクで二人を監視する二人のアメリカ人が登場し、アメリカの南ベトナムへの軍事介入からベトナム戦争、1975年4月のサイゴン陥落、その折にアメリカ軍が何かを連れ戻す事に失敗し、その失敗を嗅ぎつけられ、ポルポトに利用されたという話に触れているが、この話が、本書ストーリーの大きな背景のヒントになっている。そのアメリカ人の1人が、ベトナムに情報網を持つ米軍関係者で、ベトナム戦争で特殊部隊の指揮官をしていたジャック・ベリー大佐。

北村たちは、タイ人の情報屋から、別府勇午の乗ったボートがチャオ・プラヤー川で爆破された場面を偶然撮影していたアメリカの観光客の撮ったビデオに映り込んでいたベトナム人女性が、別府勇午の死んだ翌日にあたる3月4日に、タイのラオスとの国境の街ノンカイからラオスに出国しているイミグレーション記録がある一方、そのラオスに出国したはずのベトナム人女性が、タイのカンボジアとの国境の街アランヤプラテートで目撃されたという相矛盾する情報を聞き込む。そこから、北村たちは二手に分かれ、北村はアランヤプラテートに向かい、一方、菊池周はラオスのヴィエンチャンに向かう。その後、菊池周はラオスのヴィエンチャンから単身、カンボジアのプノンペンに入り、北村は、謎の男たちの手引きにより、リレーでカンボジア領内からメコン川を舟でベトナム南部のメコンデルタのミトーまで連れて行かれる。そしてホーチミンで落ち合う事を約し、ストーリーの終盤は、舞台はベトナム南部に移り、ストーリーは国際政治の駆け引きが絡む大きな背景が明らかになり、スリリングな展開を見せてくるが、果たして、別府勇午の生死はどうなったのか、本編での活躍はどうなのかはストーリー終盤のお楽しみ。エンディングはなかなか感動的。尚、本書ストーリーの時代設定は、サイゴン陥落から24年後の1999年。本書の帯には、”たった一枚の写真を巡り米軍第七艦隊が展開する”とも書かれているが、ベトナム戦争当時の日本人特派員や外国人の戦場カメラマンなど、外国人ジャーナリストたちも、本編では重要な役割で登場してくる。

このインドシナ編のシリーズでは、交渉人の別府勇午の活躍が本筋の本来のシリーズと異なり、シリーズの冒頭で、いきなり、別府勇午は、タイ・バンコクのチャオプラヤー川のボートの上で、爆死してしまい、終盤の展開を除いて、ほとんど、別府勇午の登場しない異例の「勇午」シリーズ作品となっている。ストーリー全般で大きな存在感を果たすのが、別府勇午の死を受け入れられず直接確認するために東京からバンコクに出かけた女性ジャーナリストの北村と、別府勇午のことをよく知りたいという高校3年生の菊池周の2名。講談社漫画文庫の上下2巻の表紙カバー絵では、上巻は、別府勇午ではなく、菊池周が、下巻では、北村の顔が描かれている。北村は予想通りの切れ者で、判断力や行動力など素晴らしいが、ホーチミンのベトナム石油公社でベトナムの石油開発について取材を申し込む時の名刺が漫画の一コマに描かれている。それによれば、その名刺は、東京のBusiness Journal Co.,Ltd.のWriterの「K KITAMURA」。このBusiuness Journal Co.,Ktdの住所は、東京都文京区音羽2-12-21で、本書発行者の講談社の住所を借用している。菊池周も、バンコクで北村に風俗店に連れて行かれる場面では初々しい様子も見せるが、北村に負けず劣らずの高校生とはとても思えない冷静沈着な切れ者でもあり勇敢な青年。第6話「ポル・ポト」の扉絵では、ラオスのヴィエンチャンでのホテルと思われる部屋のベッドに1人寝転びながら、くつろいで、文庫本を読んでいる菊池周が描かれているが、その文庫本は、本編ストーリーとは関係ないはずだが、「李歐」(高村薫 著、1999年2月、講談社文庫)。

本書上巻の原作者による「あとがき」では、”アメリカ軍はヴェトナム戦争末期、本気で戦術核兵器の使用を検討しました。それが大砲で撃てる核砲弾です。メコンデルタのジャングルの水路で見た米軍のガンボートの残骸と核砲弾とが、私の頭の中で結びつき、このストーリーが生まれました。”とも書かれていて、ベトナム戦争でのアメリカ軍による戦術核兵器使用の検討の有無という問題も本書の大きなテーマになっているが、カンボジアのポルポトとアメリカ政府との関係というテーマにも言い及んでいる。尚、本書のストーリーの中でも、ホーチミン元アメリカ総領事館の建物が登場するが、サイゴンのアメリカ大使館は、1975年のサイゴン陥落後、大使館は閉鎖され、建物は1998年に最終的に解体されるが、1995年7月にクリントン政権のアメリカとベトナムとの間で国交回復が実現し、ホーチミン市のアメリカ合衆国総領事館は、旧領事館敷地跡地に1999年8月16日に正式に開館している。タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム4ヶ国を舞台とし、それぞれの街のいろんな様子を、細部にわたり再現されていて、絵を見ているだけでも楽しいが、メコン・デルタ地帯の石油採掘やMIA(ベトナム戦争中に行方不明となったアメリカ軍兵士)、カオダイ教、バンコクのタニヤ、メコン川中流、メコンデルタとミト、トゥールスレン虐殺博物館、カンボジアとのタイ国境アランヤプラテートなど、メコン圏エリアの様々なテーマや街、風景、スポットなどが満載で取り上げられている漫画作品となっている。

■ストーリーの主な展開時代
・1999年
■ストーリーの主な展開場所
・タイ(バンコク、アランヤプラテート)
・ラオス(ヴィエンチャン)
・カンボジア(プノンペン、メコン川中流)
・ベトナム(ミト、ホーチミン)
・日本(東京)

「勇午(ゆうご) ー インドシナ編(上)」CONTENTS
1. バンコクの死 <初出:月刊アフタヌーン 1999年6月号>
2. アメリカによる平和 <初出:月刊アフタヌーン 1999年7月号>
3. エディ  <初出:月刊アフタヌーン 1999年8月号>
4. マリー  <初出:月刊アフタヌーン 1999年9月号>
5. 戦場の良心 <初出:月刊アフタヌーン 1999年10月号>
6. ポル・ポト  <初出:月刊アフタヌーン 1999年11月号>
「勇午(ゆうご) ー インドシナ編(下)」CONTENTS
7. 失われし12番 <初出:月刊アフタヌーン 1999年12月号>
8. XM785  <初出:月刊アフタヌーン 2000年1月号>
9. 切り札 <初出:月刊アフタヌーン 2000年2月号>
10. 最後通牒  <初出:月刊アフタヌーン 2000年3月号>
11. 交渉人 <初出:月刊アフタヌーン 2000年4月号>
12. 最初の一歩 <初出:月刊アフタヌーン 2000年5月号>

「勇午(ゆうご) ー インドシナ編」主な登場人物
・別府勇午(主人公のフリーの交渉人)
・小暮(別府勇午と一緒に仕事をしているパートナーで機械好きの男性)
・北村邦彦(男性名で女性とは知られていない女性ルポライター)
・岩瀬繭子(心理学専攻の大学生で、3年前に父親がパキスタンでゲリラに誘拐されたことで、ゲリラ側との交渉を別府勇午に依頼)
・菊池周(岩瀬繭子の年下のボーイフレンドで高校3年生)
・山崎(外務省邦人保護課職員)
・バンコク警察犯罪捜査本部の上官
・ジャック・ベリー大佐
・リロイ(アメリカ政府高官)
・エディ(タイ人男性の情報屋)
・サニー(宝石ブローカーのベトナム人男性で実はベトナム軍人)
・マリー(サニーの女で、ベトナム人女性。本名はズァン・ホワイ・ミン)
・バンコクの風俗店の男性店主らしき男性
・リサ(バンコクの風俗嬢)
・アランヤプラテート国境管理スタッフ
・アランヤプラテート警察の上官の大佐と警官
・田口(ベトナム戦争の頃、インドシナの特派員だった日本人男性)
・ジョージ(ベトナム戦争の頃、戦場レポーターだったベトナム国籍の男性)
・フランソワ(ベトナム戦争の頃、戦場カメラマン)
・トム・ミンチ(ピュリツァー賞に2度も輝いたアメリカの有名なカメラマンで生まれ故郷はモンタナ)
・フランソワのベトナムにいる異父妹
・ヴィエンチャンのホテルでの殺し屋2人組
・プノンペンのカメラ屋店主
・スアン(プノンペンの行方不明の肉親の連絡センターの女性スタッフ)
・プノンペンの行方不明の肉親の連絡センターでのスアンの上司の男性
・北村をリレーでメコン川を舟で南ベトナムに連れて行く男たち
・ミトーで米兵の遺品を扱っている古物商
・北村が南ベトナムの海岸で話しかけた石油関係の採掘に関わっている男性
・チャン・ヴァンホン(ベトナム石油公社事務次官)
・ゴー・スォン(レディ・インドチャイナ。越南フランス時代を通じてベトナム特産の香木ビジネスを独占したゴー家の唯一の女性相続人)
・ホーチミンのカメラ屋店主
・ホーチミンのマジェスティックホテルのフロント受付男性
・トイ(菊池がミトで出会ったエビ売りの少女)と母親
・ミトのカオダイ教寺院の男性スタッフ
・ズァン・ホイ・ロー中将(ベトナム第一野戦軍司令官)
・外国人向けの特注品をよく作っているミトの「トン」の店経営者
・ドン・クォック(ベトナム石油公社副総裁で鉱山開発の最高責任者)
・ディビット・マニー(CNNのプロデューサー)
・ミトのベトナム政府観光局オフィスの女性職員たち
・ハチスン(リロイの部下)

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