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旅行記「メコンを漂う 」第2編 メコン河沿いにカンボジア・プノンペンからラオス・フエサイまで遡る」(和 さん) 第4回 メコン川東岸のラオス中南部の町タケクとラオス中部の首都ヴィエンチャン
- 2025/4/20
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旅行記「メコンを漂う 」(和 さん)
第2編 メコン河沿いにカンボジア・プノンペンからラオス・フエサイまで遡る」 (2013年2月の旅)
第4回 メコン川東岸のラオス中南部の町タケクとラオス中部の首都ヴィエンチャン
ペンネーム:和
1996年に初めて長期旅行をして世界と出会い、訪問国は70ヶ国を越えました。 メコン川との出会いは1996年1月。タイからカンボジアに向かうフライトから見た、カンボジアの大地を蛇行しながら流れる大河に目を奪われました。メコンのほとりに立ったのはその1年後のタイ。メコンの向こうはラオスです。 ナイル川のように壮大な歴史を湛えるわけでもなく、ガンジス川のように聖地でもなく、タイの田舎の街を流れるメコンにその時はさほど心を動かされませんでした。でも、東南アジアを旅するとしばしば目にするメコンにいつのころからか親しみと安らぎを感じるように。それから何度となくメコンのほとりの街を訪れ、あるとき気づきました。国や民族を越えて、人々の日常の中を人々の生活を支えながら、ただ当たり前に流れるメコンに私は惹かれていると。メコンと共にある日常を垣間見る。そんなメコンを漂う旅をご紹介します。福井県鯖江市在住。
カンボジア・プノンペンからラオス・フエサイまで遡る旅の行程
旅のルート:
プノンペン(バス)→クラチエ(泊)(バス)→ストントゥレン(泊)(ミニバス)→カンボジア・ラオス国境(ミニバス・船)→ドンコーン(泊)(バス)→タケク(泊)(バス)→ビエンチャン(泊)(空路)→ルアンプラバン(泊)(船)→パクベン(泊)(船)→フエサイ(泊)(船)→タイ領チェンコーン
お昼前にドンデットを渡し船で出発し、メコンを渡ってナカサンへ。 1時間以上待たないとバスが来ないので、ナカサンのバス停前の市場でランチです。 待ち時間に撮ったこのバスは私が乗ったバスではないけど、あまりに壊れていたのでつい撮影。 午後1時ごろ、ほぼ満席のバスで出発です。 乗車時間だけでも8時間以上の移動で、タケクに着くのは夜になるだろうとは思ってました。 ところが!乗ったバスがたまたま遅かったのか、そもそも時間がかかるのか、到着は日が変わる頃。 タケク到着時にはぐったりです。
バス移動が思いのほか時間がかかり、Tha Khek タケク到着は深夜。そしてタケクのバスターミナルは中心部から離れています。バイクタクシーやトゥクトゥクの客引きはたくさん来てたけど、同じバスから降りたカナダ人の男の子4人組が「バスターミナルでバイクを借りてホテルを探すから、乗せてあげるよ」と誘ってくれたので、一緒にホテルを探すことに。が………。若い彼らはめちゃくちゃバイクに乗るのが下手。しかも地図を読むのもあまり上手ではない。道を間違って見つけたディスコ(タケクにディスコがあるとは正直かなり驚きました)もお開きの時間に。とにかく運転が危なっかしいので早くバイクから降りたくて、中心部に着く手前の適当なゲストハウスにチェックイン。深夜でもチェックインさせてくれて助かりました。Mouthong Guesthouse。エアコン、ホットシャワー付きの普通のお宿。寝ただけなので、思い出はあまりありません。深夜到着なのににこやかに対応していただいたことは覚えてます。
翌朝は張り切って散歩!てくてくてくてく。
フレンチ・コロニアルな街並みが素敵です。
フランス領インドシナだったメコン沿い街は、街の作りが似ていると思います。川辺から垂直に伸びる細長い公園と、それを挟んで伸びるメイン通り(小さい街の場合たいした規模ではないんですけど)。そしてその公園は今では屋台街になっている気がします。タケクでは、夜の散歩ができなくて残念。
メコン川の向こうは、タイ。ナコンパノムの街が見えます。タケクでは朝しばらく散歩しただけ…。また訪れたいです。
タケクからはバスで、ヴィエンチャンへ。15年ぶり、2回目の Vientiane ヴィエンチャン。すっかり街が大きくなってました。
(写真下)ヴィエンチャンに向かうバス
前回訪れたときは、旅行者同士で信号がいくつあるか話題にしたくらいに小さな首都だったヴィエンチャン。いったい、どれくらい経済成長したのかと思ってネットで調べてみて(2019.7 閲覧)びっくり!(地図と時刻表の次くらいに統計データも好きなんです)
ラオスの1人当たりGDPは、2003年 USD 402、2016年 USD 2,408(『ラオスの電力事情 JICA専門家(ラオスエネルギー鉱業省)報告』 2018年7月30日)。でもこれは私がラオスを訪問した年とは違うので、別のサイトで見てみたら、アジア通貨危機のあった1998年が USD 258 (私が訪れたのは通貨危機の直前)。2回目のヴィエンチャン(3回目のラオス)訪問の2013年は USD 1,628(CEIC の HPによる)。ビルも車も信号も増えて当然ですなぁ!
経済が発展する一方で、貧富の差が広がっているのではないかと思ってジニ係数を見てみたら、1997/98年 34.9%、2002/03年 32.6%
(https://www.jica.go.jp/activities/issues/poverty/profile/pdf/lao_02.pdf『ラオス人民民主主義共和国貧困プロファイル調査(アジア)最終報告書』平成 22 年 8 月(2010 年)独立行政法人 国際協力機構(JICA))と、そうでもないみたいです。というか、若干ですが改善されてます。まだまだ成長するんでしょうね。
(写真上)バスの上に何台ものバイクが乗ってます。どうやって乗せるのか…。さて、バスターミナルに到着後、早速メコン沿いのホテルのにチェックインし、街の発展に戸惑いながらもひたすら散歩。てくてくてくてく。
(写真下)東南アジアで気になるのが電線まみれの電柱。これはまだ可愛いもんです。
(写真下)カフェからの眺め。ラオスのワイルドさがなくなりましたねぇ。
夕方には川沿いに戻り、広い広いメコンの砂浜をぶらぶら。前回ヴィエンチャンを訪れたときは、首都のヴィエンチャンより対岸にあるタイの田舎街ノンカーイの方が都会に思えたけど、今ではどうなんでしょう?(写真下)メコン川のビーチ
翌日は、ヴィエンチャンに着いてから手配したラオ・エアーで Luang Prabang ルアンパバーンへ。空港がフランス領インドシナの雰囲気を残していました。(写真下)フランス語の看板が残る空港の出発ロビー。
ヴィエンチャンの宿 Orchid Guesthouse。メコン川沿い、ということだけで選びました。眺めも良く、旅行代理店やレストランも立ち並ぶ便利な立地。中華系です。(写真下)宿からの眺め