「メコン圏と日本との繋がり」第5回 「倭と雲南に与えられた蛇鈕の金印」

第5回 2000年9月号掲載

メコン圏と日本との共通事物・事象
福岡県・志賀島の金印「漢委奴国王」と雲南省・石寨山の「滇王之印」の蛇鈕

1784年(天明4年)、福岡県志賀島で農夫・甚平衛が田のさかいの小溝の改修をしている時に発見した「漢委奴国王」の金印については、ご存知の方が多いであろう。この金印は、一般に「漢の倭(委)の奴の国王」と読まれ、『後漢書』に記される後漢の皇帝・光武帝が紀元57年に朝見した倭奴国へ与えた印綬に該当するものとされている。

ここで注目したいのは、前漢や後漢、さらに魏や晋の皇帝が、国内の王や周辺の異民族に与えた印綬には、その鈕に亀、馬、羊、駱駝などいろいろな動物図形のものがあり、それぞれの民族集団の特色を捉えた物と見られることである。ちなみに、氐族には、「晋帰義氐侯」(甘粛省西和県出土)の羊鈕の金印、「魏率善氐仟長」の駝鈕(駱駝)の銅印、烏丸や鮮卑には内蒙古自治区凉城県出土の「晋烏丸帰義侯」や「晋鮮卑帰義侯」の駝鈕の金印、趙には「帰趙侯印」の馬鈕の銅印などが与えられている。

「漢委奴国王」の金印については、蛇鈕(蛇の形のつまみ)であるが、同じ蛇鈕の金印が、雲南省晋寧県で出土した「滇王之印」も蛇鈕であった。雲南省晋寧県にある石寨山古墳群は1955年から60年に4次に渡って発掘が行われ、王墓をふくむ約50基の墓があったが、この6号墓から1956年「滇王之印」が発見された。この金印は紀元前109年(元封2年)に前漢の武帝が滇王に下賜したもの(『史記・西南夷列伝』に記載)と推定されている。滇国に動向が知られるのは、前漢武帝の時代からであるが、当時雲南省東部の昆明盆地に勢威を張っていた滇国以下の西南夷は、ビルマ・インドルートの打通を求める武帝のもと、元封2年(紀元前109年)漢朝に降り、漢朝の支配下に編入されている。

倭(人)と西南夷の一つの滇国が、中原世界から、同じように「蛇」が民族集団のシンボルと見られていたのは、百越世界と倭、百越世界と雲南を含むメコン圏との関係を考える上で、大変興味深い。

尚、本題とは外れるが、「滇王之印」が王墓も含む古墳群から出土したのに対し、「漢委奴国王」の金印については、発見当時は島として独立していた志賀島の海に接した狭い土地で、それほど大きくもない石の蓋石の下に作られた小さな隙間から金印だけが発見されている。王墓どころか墓とさえ考えられないような所からの出土ははなはだ奇妙であり、どうしてそのような場所に金印だけが埋められていたのか、というのは興味深いテーマであろう。この点については、『奴国の滅亡ー邪馬台国に滅ぼされた金印国家』(安本美典 著、毎日新聞社、1990年発行)が、非常に参考になる。

主たる参考文献
『日本の古代1・倭人の登場』(森浩一編、中央公論社)

●武帝
前漢(西漢。都は現在の陜西省西安市にあたる長安)の7代皇帝・武帝劉徹。紀元前141年に16歳で帝位についてから、紀元前87年に亡くなるまで54年間在位。
衛青・霍去病という2人の将軍の活躍もあって、北方の匈奴に対する建国以来の劣勢のはねかえしをはじめ、東方の朝鮮半島、南方の広東方面など対外政策の積極展開を行った。

●「後漢書」
中国の南北朝時代、范曄(398年~445年)が著した史書。范曄は、南朝宋の車騎将軍・范泰の子で、浙江省紹興県出身。
倭伝の関連文章は「建武中元2年(西暦57年)、倭の奴国、貢を奉げて朝賀す。使人は、みずから大夫と称う。倭国の極南界なり。光武は、賜うに印綬をもってす。」

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