ラオス タイ・ラーオ族のナーガ(龍)の”色と形” ②(岡崎信雄さん)

論考 & フォトギャラリー:ラオス  タイ・ラーオ族のナーガ(龍)の”色と形” ②(岡崎信雄さん)

2.2 ルアンパバンのナーガ

1995年、ユネスコの世界遺産に登録された古都ルアンパバンは、本流のメコン河と支流のナム・カーン川が合流する盆地にある。東西3km、南北1kほどの小さな町に、総数約60の寺院があるとされ、筆者はナーガの造形を求め、ワット・シェントーン(Wat Xieng Thong)をはじめ、ワット・マイ(Wat Mai)、ワット・ノン(Wat Nong)、ワット・ホーシェン(Wat Hoxieng)、ワット・マハタート(Wat Mahatato)、ワット・タートルアン(Wat Thatluang)、ワット・ロン・コーン(Wat Long Khoun)、サンティチェディ(Santichedi)など20数ヶ寺を訪れた。上記の寺院は、境内守護、仏殿守護、仏殿装飾の鶏頭ナーガを観賞できた寺院である。獅子の守護する仏殿(ワット・アハム、ワット・モノロム)や、マカラの守護する仏殿(ワット・ファバン、ワット・セーン)もあるが少数である。

守護神の造形アートを観賞するのは、筆者にとって楽しみの一つであるが、獅子、マカラの造形はタイやミャンマーに比べると、素朴との印象である。鶏頭ナーガについては、タイ族の伝統文化である鶏文化が背後を支えているのであろう、造形、彩色ともに精緻にデザインされ、造形アートとして見る人を楽しませてくれる。

(1)ワット・シェントーン
16世紀、ルアンパバン王家の菩提寺として建立された、三重の屋根が軒に向かって低く流れるように作られている典型的なルアンパバン様式の寺院として有名である。(図19)は王室の葬礼用柩車、先頭部を装飾するナーガである。

(図19)ワット・シェントーン

(2)ワット・マイ
仏殿、柱飾りのナーガの造形(図16)、扉や壁面に描かれ釈迦の説話やラーマヤーナの黄金のレリーフ(浮彫)など、絢爛豪華な寺院装飾は、ルアンパバン観光の目玉となっている。

(図16)ワット・マイ

(3)ワット・ノン
ワット・ノンの沿革は18世紀の創建、ルアンパバンのメインストリート、Xiengthong Roadの一辻西の裏通に面した、規模の大きな寺院建築である。ルアンパバン王室とは無縁であったのか、旅行書に詳しい紹介は見当たらないが、仏殿前面入り口への階段には、多頭のナーガ(図18)が、仏殿側面の入り口にもナーガが配され(図17)守護している。寺院装飾や、その彩色は一見に値する。

(図17)ワット・ノン

(図18)ワット・ノン

(4)ワット・マハタート
16世紀、ランサーン王朝による創建、ランナー様式を踏襲しているとされ、格式ある寺院である。仏殿は鶏頭ナーガ(図20)により守護される。

(図20)ワット・マハタート

(5)ワット・ホーシエン
18世紀の創建、ワット・マハタートの北側に位置し、境内を接し、小高い丘の上に建っている。丘に登る参道には銀白色のマカラと一体化した多頭のナーガ(図21)が配され、仏殿入り口も同様彩色の多頭のナーガ(図22)により守護されている。

(図21)ワット・ホーシエン

(図22)ワット・ホーシエン

(6)ワット・タートルアン
ルアンパバン王室と関係の深い寺院で、ながらく王室関連の祭祀儀礼を執り行ってきた、格式ある寺院である。黄、緑により彩色された多頭のナーガ(図24)が参道を守護している。仏殿のナーガによる守護は見られない。仏殿入り口の扉にはヒンズー教や佛教の守護神が画かれ、ナーガ(図25)はその一例である。

(図24)ワット・タートルアン

(図25)ワット・タートルアン

(7)ワット・ロンコーン
メコン川の対岸にあり、王位継承の前、瞑想のために、一時隠棲するための由緒ある小さな寺院。筆者が興味を持ったのは、棟飾りのナーガの造形(図23)である。ビエンチャンのワット・シーサケットに見るナーガは、具象的な鶏ナーガの造形である。それに対し多くの寺院に見るナーガの棟飾りは抽象化され、鶏としての原形をとどめていないケースが多い。具象と抽象のちょうど中間的な造形として取り上げた。

(図23)ワット・ロンコーン

(8)サンティチェディ
ルアンパバン市街の中心から東へ約2キロ、小高い山の頂きにある、ビルマ様式かインド様式か筆者にとっては判然としない、コンクリート建築の寺院がある。インドから来た僧が開いた寺院とのことであったが、その真偽は定かではない。この寺院の内壁には、鶏ナーガ(図26)のジャータカが画かれている。この寺院への途中には、小規模ではあるが優美なルアンパバン様式の寺院が点在しており(Wat Phuon Phao, Wat Sakem, Wat Pa Gna Thup)、市街の寺院とは異なり、人影もなく、静かな雰囲気で仏陀の世界を堪能できる。

(図26)サンティチェディ

3.まとめ

筆者がラオスを訪れた1999年は、ラオス政府が外貨の獲得をめざし、観光客の誘致に力を入れ始めた時期にあたり、1999年、2000年の両年は「ラオス観光年」の年でもあった。1995年、ルアンパバン市街の世界遺産登録を契機に、ビエンチャン、ルアンプラバンにおいて、観光資源としての寺院の修復、改修にかなりの力が注がれたのであろう、特にルアンプラバンにおいては、寺院建築の修復だけでなく、観光の目玉として、境内の整備、寺院外装の装飾や、彩色にも新たな試みが感じられた。

Googleのイメージ検索で、ワット・ノンの改修前の画像(多分1995年以前の撮影であろうか)を見つけたが、仏殿入り口のナーガの造形は見当たらず、図17、18に示すナーガは、あらたに設置されたものであり、仏殿外装の鮮やかさに欠ける彩色は、より鮮やかな彩色へとデザイン変更されているのが目を引いた。

鶏頭ナーガの造形について云えば、一見して鶏頭の造形であると認めることのできる具象的な造形と、造形の抽象化により、アートとしての造形美を追求したと思われる2種類に分類されるが、ワット・チャンやサンティチェディのナーガは前者に、その他の造形は抽象化に程度の差はあるが、いずれも後者に属する鶏頭ナーガであろう。ただし造形の核心部である鶏については、タイ族の伝統が守られており、時代感覚にあわせ、造形・彩色は進化してきたのではないかとおもわれる。ワット・シェーントンの境内で僧侶と立ち話をしたが、シーサンパンナ、タイ・ルー族の鶏頭ナーガに話がおよぶと、急に親しみの情をあらわし、ルアンパバンのナーガも鶏であると語っていた。

参考資料
1, Old LuangPraban, B.Gosling, Oxford University Press (1996)
2. The Lao Kingdom of Lan Xang :Rise and Decline, M.Stuart-Fox, White Lotus Press (1998)
3. Laos, J.Cummings, Lonely Planet Publications (1998)

筆者がラオスを訪れた1999年は、日本政府の無償資金協力(ODA)によって完成した、ビエンチャンのワッタイ空港新ターミナルビルが利用され始めた年で、早朝、ビエンチャンからルアンパバンへ移動のため、ホテルのリムジンで空港まで送ってもらったが、「日本の援助のおかげで立派な空港ビルが出来ましたよ」と運転手に言われたときは、率直に、なんとなくうれしい気分になったことを記憶しています。ラオス政府は外貨を獲得するため、1999年と2000年、「ラオス観光年」と名付け、観光客誘致に力を入れ始めた年でもあり、その効果あってか、1999年のラオスへの観光客は60万人を突破し、95年のおよそ2倍になったそうです。2003年の統計では、約64万人(日本人1.8万人)、2004年は約89万人(日本人2.1万人)と増加傾向にあるようです。タイ=ラオス友好橋でアライバルビザを入手できるようになったのも、この年であったとの記憶です。その後、ビエンチャンやルアンパバンの町の様子も大きく変わったのではないかと思われますが、Googleのイメージ検索による、2005年撮影の画像では、ルアンパバン市街の整備が精力的に行われている様子で、アレ?こんな所にナーガや女神像が、こんな所に寺院のゲートが、といった光景が見られ、新しい、奇抜な鶏頭ナーガの造形アートも鑑賞できるのではないかと期待しています。

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