メコン圏を舞台とする小説 第27回「前進か死か 1【インドシナ】」(柘植 久慶 著)

メコン圏を舞台とする小説 第27回「前進か死か 1【インドシナ】」(柘植 久慶 著)


「前進か死か 1【インドシナ】」marche ou mort(柘植 久慶 著、中央公論社(C-NOVELS)、1996年4月)
《単行本『前進か死か』は、1994年10月、中央公論社より刊行》

フランス外人部隊の教官、アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の指揮官と言う異色の経歴をもち、いろんな分野に数多くの著作を出し続けている作家・柘植久慶氏の代表的なシリーズ作品『前進か死か』の第1部が本作品。1831年に創設されたフランス外人部隊の合言葉である「前進か死か(マルシェ・ウ・モール:marche ou mort)」を書名タイトルにしたこのシリーズは、フランス外人部隊の歴史とともに、 「第2部 アルジェリア」、「第3部 ド=ゴール暗殺」、「第4部 コンゴ動乱」、「第5部 ホーチミン・トレイル」、「第6部 シアヌーク打倒」と、続いていく。第1部は、1945年3月9日に仏領インドシナに進駐していた日本軍により発動された「明号作戦(仏印武力処理)」から1954年5月のディエンビエンフー陥落までの時代を背景にヴェトナムを舞台とした作品だ。

本シリーズを通しての主人公である鷲見友之は、愛知県豊橋市出身の日本帝国陸軍少尉で、大学でフランス語を専攻しており、それを買われてインドシナへ派遣され、普段は司令部が置かれていたサイゴンにいたが、1945年3月、「仏印処理」でフランス勢力を一掃する作戦に際して、実戦部隊に臨時で赴くことになった。1945年3月9日夜、土橋第38軍司令官の武力発動の命令に呼応し、鷲見が参加した部隊は、フランス軍拠点で降伏勧告をし無事に外人部隊将兵を南方軍総司令部の指示するダラットの収容所へ護送できたが、引き続き、鷲見はラオス国境に近い小さな行政中心地で日本軍が建設した飛行場があるディエンビエンフーに向かえとの指令を受けた。明号作戦で捕捉し損ね北上して雲南に逃亡しようとするフランス軍を掃討するための地上作戦に入るためであった。

1ヵ月半以上にわたるフランス軍を追撃して北上を続け中国国境に近い山岳地帯まで進んだが、5月中旬には南方軍司令部の置かれたサイゴンに帰還した。その後、憲兵隊に協力し、対共産ゲリラ鎮圧行動に従事したりしたが、1945年8月、鷲見友之はヴェトナムの地で終戦を迎えることとなった。ヴェトナムの将来はどうなるのか?フランス勢力が戻るのか、それともヴェトミンが実権を握るのか、あるいは日本の擁立したバオダイ皇帝がアンナン王朝を維持し続けるのか?いずれにせよ降服した日本軍が武装解除されることになり、故郷で暮らしていた両親と妹2人をアメリカ軍の空襲で失った鷲見は、どうせなら新天地を見つけそこで一から出直したいと思った。

日本軍の兵士の中の一部には、脱走してヴェトミンに加わるものがいる一方で、インドシナの再占領に取りかかるフランス軍に協力する日本軍の将兵もおり、鷲見中尉(ポツダム宣言受諾により、一階級昇進した、いわゆるポツダム中尉)はフランス語が通じる上、ヴェトミンに権力を与えるべきでないと主張していて、一旦は、フランス軍の戦闘部隊に積極的に協力し、フランス軍とビエンホア北方でヴェトミン作戦に従事する。日本人部隊も解散を命ぜられ武装解除が実施され日本軍将兵の本国送還が開始される中、鷲見はヴェトナムに残り、ファンラン近くのゴム園を経営していたフランス人ジャック・ラ=ロッシェルの仕事を手伝うことを決める。

フランス勢力はコーチシナの平定からアンナンに向かって支配の回復を進め、1946年の新年早々、鷲見はラ=ロッシェル一家とともに、一旦はヴェトミンが支配していたファンラン近郊にある友人のゴム園に戻り、民兵を組織しヴェトミンの地区本部を一掃するなど、ゴム園の再建に努めた。鷲見は友人ラ=ロッシェルの長女アンヌ=マリと結ばれて、新たな人生を歩み始め、1947年、48年には2人の子どもにも恵まれた。だが平穏な生活は続かなかった。1949年、ヴェトミンによるテロが妻子と義母・義妹の命を無惨に奪い去ったのだ。

失意の友人ラ=ロッシェルはゴム農園を処分しフランスに帰国し、一方、全てを亡くし鬼と化した鷲見は、フランス軍外人部隊に志願し、外人部隊での呼び名を「棕櫚の木」を意味する「パルミエ(PALMIER)」と名を変えてヴェトミンと闘う決意をする。最初はカントに駐留する第13准旅団(13DBLE)第3大隊の作戦担当副官としてメコン・デルタでの戦闘に従事するが、のちに第1外人落下傘大隊(1BEP)に転属となり、ヴェトナム北部の紅河と黒河の間の分水嶺地帯において、ヴェトミンの拠点攻撃に従事する。そして1953年11月にはフランス軍が決戦地に選び要塞を建設するディエンビエンフーに降下し、血と硝煙と泥濘のディエンビエンフーでヴェトミンと激戦を展開していく・・・

本書に詳しく描かれた1945年3月から同年8月の日本軍の敗戦、ホーチミンによるヴェトナム民主共和国の独立宣言、フランスの再復帰から第1次インドシナ戦争と、1954年5月のディエンビエンフー陥落までの時期にかけての、ヴェトミンやフランスの動きを中心としたヴェトナム現代史も大変興味深いところであるが、特にディエンビエンフーの戦いについては、フランス軍の反撃も含め多くの頁を割いて詳細に描かれている。またインドシナに展開したフランス外人部隊で戦う男たちの様子については同じ著者によるノンフィクション『フランス外人部隊』にも詳しいが、1953年のディエンビエンフーでのクリスマスの様子などをはじめ、いろんな話が取り上げられている。

1945年3月の日本軍による仏印武力処理の際、フランス外人部隊の第5外人歩兵連隊第1大隊を率いていたゴーシェ大尉は、日本軍と戦いながら同年5月に雲南に脱出を果たし、翌46年インドシナに戻り以降もずっとインドシナにいたが、ディエンビエンフーでは第13准旅団長として中佐に昇進し東北端のベアトリス陣地を守備し1954年3月に戦死した実在の人物。本書では、主人公の鷲見に、この日本軍と戦い、ヴェトミンと戦ったゴーシェ大尉と深い接点を持たせている。

ゴム園を経営するインドシナでのフランス人入植者の様子も、祖父の代に入植していたフランス人ジャック・ラ=ロッシェルを通して描かれているが、鷲見の友人であり義父となる設定で登場させている。ちなみに2人の最初の出会いは鷲見がヴェトナムに着任間もないころサイゴンのカティナ街の書店で、武力を使わずにラオスを植民地化した、オーギュスト・パヴィの伝記を買った時で、妻子や2人の孫をヴェトミンのテロで亡くしたジャック・ラ=ロッシェルは一旦フランスに帰国するが、その後アルジェリアで農園を経営する。本書に続く本シリーズ「前進か死か2【アルジェリア】」では、ディエンビエンフー陥落後、ヴェトミンの捕虜収容所から釈放された鷲見が、外人部隊司令部のあるアルジェリアのシディベルアベス近郊で農園を経営していたジャック・ラ=ロッシェルと再会する場面からストーリーが始まっている。

本書の目次
第1部
1. 仏印処理
2. ゴーシェ大尉
3. 追撃
4. ゴム農園主
5. ハノイ
6. 1945年8月15日
7. 混乱
8. 帰還
9. ニッポ=ヴェトミン
10. 新妻
11. 爆破
12. 決断
13. 外人部隊
14. オスマン少尉
15. 大戦果
16. 第1外人落下傘大隊
17. ディエンビエンフー作戦
18. クリスマス
19. 終りの始まり
20. 反撃
21. 友情
22. 陥落

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