メコン圏を描く海外翻訳小説 第12回「最後の特派員」(上・下)(ダニエル・スティール 著 (Danielle Steel) 、天馬龍行 訳)

メコン圏を描く海外翻訳小説 第12回「最後の特派員」(上・下)(ダニエル・スティール 著 (Danielle Steel) 、天馬龍行 訳)


「最後の特派員」(上・下)(ダニエル・スティール 著 (Danielle Steel) 、天馬龍行 訳、アカデミー出版、2001年6月) 

<著者>ダニエル・スティール DANIELLE STEEL
発表する作品がすべてベストセラーの第1位にランクされる、米国で最も人気のある作家。日本でも「アクシデント」「幸せの記憶」「二つの約束」「敵意」「無言の名誉」「贈りもの」「5日間のパリ」「つばさ」がアカデミー出版社から発行され、すべてベストセラーになっている。(本書著者紹介より、本書発刊当時)

英語教材「イングリッシュ・アドベンチャー」で知られるアカデミー出版社から刊行されている天馬龍行氏による超訳シリーズには、シドニィ・シェルダン作の「顔」「女医」「天使の自立」「私は別人」「明け方の夢」「血族」「真夜中は別の顔」「時間の砂」「明日があるなら」「ゲームの達人」などがあるが、人気女性作家ダニエル・スティールの本書もこのシリーズの一つ。本書の原作は、1995年刊行の『MESSAGE FROM NAM』だ。

書の主人公は、アメリカ南部のジョージア州の小都会、サバナ生まれのパクストン・アンドリュースという若いアメリカ人女性で、ストーリー展開時代は、彼女が高校3年生だった1963年11月から、サイゴン陥落の1975年4月までとなっている。1963年11月といえば、ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺された時だが、話はまさにその日、主人公が通う、ジョージア州のサバナ高等学校の場面から始まっている。

情熱的で活発な主人公の白人女性パクストンは、性格的な冷たさや病的な潔癖症を持つ母と母に溺愛された歳の離れた兄とは理解しあうことができず、彼女をこよなく愛した弁護士の父親が飛行機事故で亡くなってからは、黒人乳母だけが彼女に温かい心と情熱で接し彼女の心の支えという家庭環境にあった。パクストンは縛られるのが大嫌いで、母親の交友関係、せまい考え、黒人問題などから逃れ家を出て独立を望み、自分の行きたい道を生き生きと進みたく、ハーバード大学に進学しジャーナリズムを専攻することを夢見ていた。しかしハーバード大学には合格できなかった彼女は、南部の学校への進学を勧める母や兄の反対を押し切って、カリフォルニアのバークレー校に進学を決める。

カリフォルニアでは自由で開放的・進歩的な空気の中で、バクストンは、新しい人たちと出会い、語り、色々なことを学び、充実した学生生活を送ることとなる。ルームメイトとなるギャビーの兄ピーター・ウィルソンという恋人との間でも順調に愛を育んでいった。しかし、もうじき兵役免除の26歳だった、ロースクールを卒業し弁護士になったばかりの、妻同然の婚約者がいて数ヵ月後のバクストンの大学卒業を待って結婚する予定だった、ピーター・ウィルソンも徴兵され、新兵の基礎訓練を受けた後、1968年4月1日に米国を発って兵役勤務地のベトナムに送り込まれる。

その4日後の1968年4月4日にはマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺される。牧師のような人間を殺すこの世界に悲しく嫌悪を感じている時に、更に悲劇の知らせがバクストンに届く。精神的に6月に卒業などとてもできそうになく卒業延期の手続きをとったところに、更に乳母のクィニーが亡くなり、6月に入ると今度はロバート・ケネディも暗殺されてしまう。そして、バクストンは卒業目前で大学を中退し、大勢の若者が死んでいる戦時下のベトナムで「なにがどうなっているかこの目で戦争を見つめ、ベトナムで何が起きているかを世界に知らせるため」に、サンフランシスコの新聞社の社主を務めるピーター・ウィルソンの父に頼み込んで、そこの新聞社の特派員として、ベトナムに赴任することを決意する。

こうして、下巻から主たる舞台は戦争下のベトナムに移行する。本書原題のタイトル『MESSAGE FROM NAM』(”ナムからのメッセージ”)は、彼女が送る記事をシリーズで連載していたタイトルであった。彼女は6ヶ月の任期で1968年にベトナムに赴任し、一旦はアメリカに戻るものの、数ヶ月で再びベトナムに戻り、「(アメリカは)居心地悪くていたたまれなかった。みんなずれてるわ。自分たちの幸せのことで精いっぱいで、ベトナムのことなんてどうでもいいんでしょ。まるで戦争なんて存在しないみたいな態度よ。語り合えるのはベトナムから帰ってきた人たちだけ。大衆が見たくないものは存在しないと同じことなんだって痛感したわ」と特派員仲間に語っている。

紆余曲折あって、別のアメリカの新聞社のベトナム問題担当の責任者となり、パリ和平交渉の展開、ソンミ村虐殺事件のカリー中尉に対する裁判、釈放された米軍捕虜兵士などの取材に関り、再々度、ベトナムに戻りサイゴン陥落の前日の1975年4月29日までベトナムに残ることになる。

バクストンが見た戦時下のベトナムや戦闘の模様、戦争に巻き込まれていく人々、ベトナムで取材をする外国特派員たち、米軍兵士たちの戦闘やオフの様子などが、本書下巻で描かれている。加えて下記の通り、上巻・下巻を通じ、本書のストーリー展開時代たる1963年から1975年までの期間にアメリカやベトナムで起こる主な歴史的事件や、ベトナム戦争の推移、アメリカ社会の世情などについても、フィクションのストーリー展開とともに,こまめに記している。

尚、バクストンがベトナムで深い関係となるアメリカ軍人が長らく任務についていたのが、ハワイから来た第25”熱帯の稲妻”歩兵分隊の司令部が置かれ広大な米軍基地の真下にベトコントンネル網がはりめぐらされていたという、クチ基地という設定で、クチ基地とベトコントンネルが本書に度々登場している。

本書の目次

PART Ⅰ(上巻)第1章~第11章
米国 サバナ・・・バークレー・・・、1963年11月~1968年6月

PART Ⅱ(下巻)第12章~第31章
ベトナム、1968年6月~1975年4月 

関連テーマ
●平和部隊
●クチ基地
●ソンミ村虐殺事件とカリー中尉
●パリ和平交渉

ストーリー展開時代
・1963年11月~1975年4月

ストーリー展開場所
・米国  サバナ(ジョージア州)、バークレー、サンフランシスコ、タホ湖、ミシシッピ、ハワイ、グアム島、ニューヨーク、ワシントン
・ベトナム サイゴン、タンソンニュット空港、ビエンホア、ダナン、ザーディン、ニヤチャン、スアンロック、ハムタン、ファンラン、カムラン、ハイニン、ロンビン、ブンタウ、アンロック、チャンバン、タイニン、チュライ
・香港
・フランスパリ)
タイ(バンコク)
・フィリピン

本書に登場する主な事件

1963年(主人公17歳:高校3年生)
・テキサス州ダラスでケネディ大統領暗殺。リンドン・ジョンソン、大統領に就任
1964年(主人公18歳:大学1年生)
トンキン湾事件を契機に、米国軍は爆撃という手段でベトナム戦争に本格介入
・サイゴンの北24キロのビエンホア空軍基地がベトコンゲリラによって襲撃。米軍施設に対する最初の本格的攻撃、米兵5人が戦死し76人が負傷。
・米国大統領選挙。民主党代表ジョンソンが右翼政治家ゴールドウォーターを破る
・米軍の宿舎だったサイゴンのブリンクス・ホテルがベトコンゲリラにより爆破。2人の軍人が死亡し、58人が負傷。(12/25)
1965年(主人公:大学1年生/2年生)
・ジョンソン大統領、北ベトナムに対するはじめての本格的爆撃を命令。(2/7)
・”ローリングサンダー作戦”はじまる(3/2)
・ダナン港に米国海兵隊が上陸(3/8)
・サイゴンのアメリカ大使館が襲撃
・戦争に反対する最初の”ティーチイン”がミシガン大学で胎動
・5月の軍事記念日の祝日にあわせて、戦争反対の集会が米国各地で開催
・ベトナムに派遣される地上軍は倍増され、その数は18万1千人に達す
・ジョンソン大統領は徴兵定員を2倍にすることを決定
・ベトナムで米軍の地上軍を支援するためのB-52重爆撃機の投入開始
・ベトナムに送られている米軍兵士の数が20万にもエスカレート
1966年(主人公:大学2年生/3年生)
・学生で者参加者を米軍の徴兵対象者とする決定ななされる
・ジョンソン大統領は、クリスマスで中断していた北爆を再開
・南ベトナム政府軍が共産軍よりダナン港を奪回(3月)
1967年
・40万人もの米国の若者がベトナム戦争に従軍
・南ベトナムではグエン・バン・チューが大統領に選ばれる
・1万3千名もの米兵が戦死し、756名が行方不明になっていた
1968年
・ベトナムの正月休み”テト”に合わせて2万人の共産軍が南へ奇襲攻撃
・北朝鮮海軍が米国の調査船”プエブロ号”をだ捕
・ジョンソン大統領、テレビ演説で大統領選挙不出馬を表明(3/31)
・マーティン・ルーサー・キング牧師がメンフィスで暗殺
・ロバート・ケネディ暗殺
・ベトナムでの戦死者は2万2951人にのぼる
・パリでハリマン率いる全権代表団が和平交渉を重ねる
・ニクソンが米大統領選挙で当選(11/6)
■1969年
・ニクソン大統領が、2万5千人規模の米兵撤退についてベトナムのチュー大統領と会談するためミッドウェーに向かう
・ウッドストックという場所で開かれた野外コンサートに信じられない数の若者たちが集る
・人類史上、最初に月面を歩く
・戦争の終結を訴える大デモが米国中に吹き荒れ、ニクソン大統領は戦争の終結を公に約束
・1年前のベトナムの寒村、ミライ部落で起きた米兵による虐殺が暴露。米国では現場を指揮したカリー中尉が身柄を拘束される
■1970年
・オハイオ州立ケント大学における戦争反対のデモで治安部隊が発砲、4人の学生が死に、8人が負傷。
■1971年
・ホーチミン・ルートを破壊するための、南ベトナム軍によるラオス進攻作戦
・カリー中尉に有罪宣告
・ワシントンでのベトナム帰りの退役軍人による戦争反対の大デモ
・学者ダニエル・エルズバーグが、ベトナム戦争に関する国防省の機密文書を暴露
・ニクソン大統領がキッシンジャー大統領特別補佐官を中国へ派遣すると発表
・グエン・バン・チューが南ベトナム大統領に再選(10月)
・ベトナム駐在の米兵の数が14万人に減らされる(19ヶ月前の三分の一以下)
■1972年
・和平交渉は暗礁にのりあげ、北ベトナム軍が非武装地帯を突破し、戦車をつらねて国道1号線を怒涛のように南下しだす
・3千もの北ベトナム正規軍がアンロックを襲い、県全体を支配下に置く
・ニクソン大統領はハイフォンとハノイの両地区に対する爆撃を許可
・クアンチ陥落
・ウォーターゲート事件
・キッシンジャー米国代表とレ・ドク・ト北ベトナム代表が会談を重ねた結果、暗礁にのりあげていた和平交渉に風穴があくときが来た(10月)
・ニクソン、地すべり的大勝利によって大統領に再選
・和平交渉は中断しては再開される状態が12月いっぱいつづき、北ベトナムに対する米側の爆撃が繰り返される
■1973年
・キッシンジャー、レ・ドク・ト両代表はパリにおいて真剣な討議を再開
・停戦発効
・ニクソン大統領は捕虜として捕らわれている全米兵の即時釈放を要求。同時に、60日以内の全米軍の撤退を約束。
・ベトナム戦争における米軍戦死者の総数は57,597人と発表(2月5日)
・最後の米兵たちがベトナムを引き揚げる(3/29)。敵側に捕らえられていた最後の米兵たちがハノイにおいて釈放(4/1)
■1974年
・グラハム・マーティンが米国新大使としてサイゴンに着任
・カンボジア空爆についての上院公聴会が開かれ、その結果、空爆中止
・ニクソン大統領は、大統領特別補佐官のキッシンジャーを国務長官に任命
・ニクソン大統領辞任し、フォードが新大統領に就任
・アグニューが米国副大統領の地位を自ら放棄
・大統領の戦争遂行権をも制限する法案がアメリカで成立
■1975年
・フエ陥落、ダナン陥落
・チュー南ベトナム大統領が台湾に亡命(4/25)
・北ベトナム正規軍がサイゴンの入り口、ニューポート・ブリッジに迫る(4/28)
・サイゴン陥落(4月30日、午前11時)

主な登場人物たち
・パクストン・アンドリュース(主人公)
・ビアトリス(パクストンの母)
・ジョージ(パクストンの兄)
・カールトン(パクストンの父)
・エリザベス・マックイーン(”クィニー”)(バクストンの家のメイド)
・サバナ高校の生徒たち
・サバナ高校の教師
・アリソン(ジョージの妻)
・ジェームス・カールトン・アンドリュース(ジョージとアリソンの息子)
・エマリー(クィニーの後任のメイド)
・イボンヌ・ギルバート(大学での主人公のルームメイト、アラバマ出身の黒人女性)
・ドーン・スタインバーグ(大学での主人公のルームメイト、アイオワ州のデモイン出身)
・ギャビー・ウィルソン(大学での主人公のルームメイト)
・ピーター・ウィルソン(ギャビーの兄)
・サンディ(ピーターのロースクールの友人)
・デーク(イボンヌのボーイフレンド、フットボール部の花形選手)
・マリオ・サビオ(自由発言運動の指導者)
・マージョリー・ウィルソン(ギャビー/ピーターの母)
・エドワード・ウィルソン(ギャビー/ピーターの父)(日刊紙「モーニング・サン」社主
・カリフォルニア州知事
・マシュー・スタントン(広告マン。後にギャビーの夫)
・マージョリー・ガブリエル(ギャビーとマシューの娘)
・マチルダ(ギャビーの娘)
・ウィルソン家の運転手
・プレシディオ基地の担当将校
・サイゴンのタクシーの運転手
・カラベル・ホテルのフロントの女性
・カラベル・ホテルのボーイ
・ニゲル・オークリフ(ユナイテッドプレスのオーストラリア支局)
・ラルフ・ジョンソン(AP通信社)
・トム・ハードグッド(ワシントンポスト)
・ジャン・ピエール・ビアルネ(フランスのフィガロ紙)
・フランシス・トラン(ラルフの恋人)
・イーブ(フランス人のカメラマン)
・アン(フランシスの息子)
・ハガティー(フランシスの亡き夫)
・バーティー(英国人カメラマン)
・第25部隊の新司令官
・パクス(ラルフとフランシスの子)
・ニャチャン基地の黒人兵
・ニャチャン基地の司令官
・ジョー(二ャチャン基地の少年兵)
・従軍看護婦
・ウィリアム・クエイン中尉(第25歩兵部隊)
・トニー・キャンポベロ軍曹
・デビー(クエイン中尉の妻)
・ジョーイ(トニーの息子)
・バーバラ(トニーの元妻)
・トニーの母
・トニーの兄

《テレビ画面上や会話上で》
・ケネディ大統領
・ウォルター・クロンカイト(ニュース解説者)
・ケネディ大統領が収容されたパークランド・メモリアル病院の待合室に詰めているリポーターたち
・リー・ハーベイ・オズワルド(ケネディ大統領暗殺容疑者)
・ジョン・コナリー(テキサス州知事)
・ジャクリーヌ(ケネディ大統領夫人)
・キャロライン(ケネディ大統領の娘)
・ジョンソン副大統領と夫人(リンドン・ジョンソンは米国第36代大統領に就任)
・サラ・ヒューズ判事
・ジャック・ルビー(オズワルドを射殺)
・フルシチョフ
・ディエム大統領
・ジョンソン大統領
・マーティン・ルーサー・キング牧師
・歌手のジョン・バエズ
・リー将軍(南北戦争時の南軍の総司令官)
・キッシンジャー(和平交渉の米国代表)
・レ・ドク・ト(和平交渉のベトナム代表)
・ニクソン大統領
・エルズワース・バンカー(南ベトナム駐在米国大使)
・チュー大統領

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