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メコン圏を描く海外翻訳小説 第18回「ヴェトナム戦場の殺人」(ディヴィッド・K・ハーフォード 著、松本剛史 訳)
- 2023/3/5
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- LZ Mary Lou, アン・ケー, ヴェトコン, ヴェトナム中部高地帯, カムラン湾, グリーン・ベレー, コントゥム, ダク・ト, テト攻勢, パリ和平交渉, プレイク, ヘンリー・キッシンジャー, ホーチミン, ホーチミン・ルート, レヴンワース刑務所(カンザス州のアメリカ陸軍軍事刑務所), 北ヴェトナム正規軍(NVA), 山地民(モンタ二ヤール), 米軍軍票(MPC)
メコン圏を描く海外翻訳小説 第18回「ヴェトナム戦場の殺人」(ディヴィッド・K・ハーフォード 著、松本剛史 訳)
「ヴェトナム戦場の殺人 DEATH IN JUNGLE」(ディヴィッド・K・ハーフォード 著、松本剛史 訳、扶桑社ミステリー<扶桑社>、2002年3月発行)
<著者紹介> David K. Harford ディヴィッド・K・ハーフォード
1947年、ペンシルヴェニア生まれ。陸軍に入り、1968年~69年にMPとしてヴェトナムに従軍。除隊後、ピッツバーグ大学に入学。卒業後、フリーライターとして数多くの新聞・雑誌に寄稿。ミステリー作家を志し、1991年に作家デビュー。(本書紹介文。本書掲載時)
<訳者紹介> 松本 剛史(まつもと・つよし)
1959年生まれ。東京大学文学部卒。英米文学翻訳家。主訳書:ハイスミス「生者たちのゲーム」(扶桑社ミステリー)、モリス他「オールド・ルーキー」(文藝春秋)、フリーマントル「英雄」(新潮社)他、多数。(本書紹介文。本書掲載時)
収録作品
「A中隊」
(原書初出「アルフレッド・ヒッチコックス・ミステリ・マガジン(AHMM)1995年5月号)
「ホーチミン・ルートの死」(原書初出(AHMM)1998年3月号)
「バンブー・バイパー」(原書初出(AHMM)1995年8月号)
本書は、1947年生まれ、米国ペンシルヴェニア出身で1967年に陸軍夷入り、1968年から69年にかけて、第4歩兵師団第4憲兵隊の憲兵としてヴェトナム戦争に従軍していた経歴の著者による、ベトナムの戦場を舞台にした連作ミステリー。本書発刊当時は新人作家で、本書は日本で独自に編まれた中編集で作品を3本収録。ただ、ベトナムの戦場を舞台にしたといっても、ベトナム戦争の戦闘の話ではなく、いずれも、ヴェトナム戦争のさなか、戦地で起きた米軍内部の事件を、ベトナム中部高原のプレイク近郊にある第4師団ベースキャンプのアメリカ合衆国陸軍憲兵隊犯罪捜査部(CID)に所属する犯罪捜査官、カール・ハチェットが捜査する作品。
巻頭に置かれた短編「A中隊(アルファ・カンバニー)は、ベトナム中部高原のコントゥムの街はずれに米軍が築いた軍事基地LZ(Landing Zone) Mary louで、隊の中では役立たずとみられていた上等兵が、中隊全体でミーティングのため食堂テントに皆が集まっている中、前線基地の隊のテント内の寝台に腰かけていた状態でピストルで腹を撃ったらしい”自殺”事件の真相を探るもの。ハイスクールを出て、まだ1年もたっていないいのに、戦場に赴かざるをえず、全く軍隊暮らし、ジャングルの戦地にどうしても向かず適合できずに、母国を遠く離れベトナムのジャングルの戦場で苦しむ米軍の若者たちの姿が描かれる。
2番目に収録された中編作品「ホーチミン・ルートの死」は、本書収録作品の中で特に読み応えのある傑作。この作品は、最初の作品同様、ベトナム中部高原のプレイク近郊にある第4師団ベースキャンプのアメリカ合衆国陸軍憲兵隊犯罪捜査部(CID)に所属する犯罪捜査官カール・ハチェットが、ベトナム中部高原のコントゥムの街はずれに米軍が築いた軍事基地LZ Mary louで偵察の任務にあたっている米軍兵が基地の外の戦闘地域で亡くなった事件を推理するもの。
当初は、米軍が築いた軍事基地LZ Mary louで偵察の任務にあたっている1人の上等兵が、6人だけの小さな短距離の偵察隊チーム一員として、仲間と深夜の偵察任務中に、敵のヴェトコンと遭遇し銃撃戦で死亡したかと思われたが、生前、同じ部隊のやつらに狙われてるような気がする、ジャングルに出ていったとき、いつやられてもおかしくないと、幼なじみの友人の上等兵に漏らしていた話から捜査を進めていくと意外な背景が見えてくる。
最初の作品「A中隊」は、米軍の軍事基地内で、登場人物は米軍兵士ばかりで、その内部の問題でもあったが、2作目の「ホーチミン・ルートの死」では、米軍軍事基地内だけでなく、軍事基地の外のジャングルを奥深く分け入った先にあるベトナム人たちの小さな村も、ストーリー展開場所として重要な役割を果たす形で登場し、ベトナム人の村人たちがストーリー展開に大きく関わってくる。
最初の作品でも、米軍兵士の軍物資のベトナム人への闇取引の話題も登場していたが、本作でも、米軍軍事基地の壕の警備兵たちが、夜間、基地のゲートからヴェトナム人の娼婦を自分たちの壕まで引き入れていたり、しじゅう、コントゥムの出入り禁止の酒場や売春宿にいるところをつかまったり、軍用車両の無断使用、飲酒に風紀紊乱、闇取引、麻薬など、ベトナム戦地での一部の米軍兵士たちの乱れに触れられる。また、当時、南ベトナムの中部高原の地域で、米軍に情報提供協力をするベトナム人、米軍との商売関係者、ヴェトコンのシンパ、ヴェトコンメンバーなど、いろんな側の人間が、どちら側でもなく米軍や戦争の存在が災難でしかない多くのヴェトナム人たちに交じっている様子が不気味だ。
本書の解説は、文芸評論家の池上冬樹氏によるものであるが、この作品「ホーチミン・ルートの死」について、”事件現場での証拠収集、事件関係者への尋問、容疑者との駆け引き、罠などで事件が解決していく過程も興奮させられるが、しかしなによりも力強いのは、戦争の悲惨さを一人の女性の証言に凝縮していくことだろう。”と述べているが、全く同感。両親を、抗仏戦争の時にフランス人に殺され、民間人の夫はテト攻勢でヴェトコンガコントゥムを襲おうとした時に、砲火の巻き添えで、アメリカ人かヴェトコンにやられ、息子は米軍に情報協力したことでヴェトコンに殺された、コントゥム近くの小さな村の老婆が、ヴェトコンも米軍も憎んでいるはずが、どうして重大な証言をし事件に関わろうとするのかは本書の最大のヤマ場だろう。
最後に置かれている作品は「バンブー・バイパー」。主人公のカール・ハチェットがいよいよ10日後の1970年8月29日には帰国という段階で、事件が起こる。一緒に帰国し、事業を起こそうと計画していた相棒の、コントゥムの街はずれに米軍が築いた軍事基地LZ Mary lou憲兵隊捜査官ミッチが、なんとビックリすることに、毒蛇が基地内の彼のベッドにまぎれこみ、咬まれて”事故死”してしまうのである。ずっと、二人がコンビで事件解決にあたるものと思っていたので、読者もいきなりの思わぬ展開に驚くはずだが、ミッチは亡くなる前、電話で、”でかい事件が起こっている。大量の金が小隊を出入りしている”と、プレイク近郊にある第4師団ベースキャンプのアメリカ合衆国陸軍憲兵隊犯罪捜査部(CID)カール・ハチェットに伝えていたことから、ハチェットは小隊を舞台にした犯罪事件を追及していくことになる。
この作品では、コントゥムにあるクリーニング店が、米軍が洗濯物を出しながら、奥には女と寝られる場所もあり、売春宿も兼ねているが、それだけでなく、アメリカのものはほとんど何でも買える、ある種の地元のマーケットにもなっているという設定とか、ヴェトナムの山岳民族であるモンタニャールは、ヴェトナム人に対する生来の敵意と、彼らが英語やモンタニャールの言語のみならずヴェトナム語や時にはフランス語も話せるという理由から、モンタニャールは通訳として米軍に高く評価されているという話とか、MPC(軍票)の話なども興味深い。本作品の結びは、ベトナム戦争の性格、米国民の不支持、使命の曖昧さ、その無意味さといったことにも言及している。
「A中隊」主な登場人物
・カール・ハチェット(本書の語り手。憲兵隊犯罪捜査部。ペンシルヴェニア州ブラッドフォード出身)
・”ミッチ”ミッチレー(憲兵隊捜査官。所属は第4MP中隊第2小隊。ハチェットの友人、ニューヨーク州スプリングヴィル出身)
・サミュエルソン(死んだ上等兵)
・トルーリー(”荒くれ”トルーリー。第44歩兵連隊第一大隊、A中隊の大尉)
・ロドリゲス(軍曹)
・ベイカー(軍曹)
・ボイヤー(上等兵。サミュエルソンの友人)「ホーチミン・ルートの死」主な登場人物
・カール・ハチェット(本書の語り手。憲兵隊犯罪捜査部。
・”ミッチ”ミッチレー(LZ Mary louの憲兵隊捜査官。ハチェットの友人)
・バークリー(死んだ上等兵。第11歩兵連隊第2分遣隊に配属。カンザスの小さな町出身)
・ウィラード(上等兵。バークリーの幼なじみ。司令部中隊に配属)
・ボッグズ(新任の部隊長、大尉)
・メーシー(前任の部隊長、中尉)
・レノルズ(偵察隊員、2等軍曹)
・シール(偵察隊員、黒い髪に濃い眉をした小柄な男)
・ジェファソン(偵察隊員、黒人の下士官)
・ワトソン(偵察隊員、大柄な金髪の若者)
・コリンズ(偵察隊員)
・ソマーズ(軍情報部の将校)
・米軍情報部への情報提供者であるベトナム人の若者
・トム・フィンガーズ(ソマーズの部下,流暢なベトナム語を話せる)
・小さな村に住むベトナム人の老人男性
・小さな村に住むベトナム人の老婆
・ミスター・タイガー(ヴェトコンの大物。成功したヴェトナム人実業家)
・ジョーンズ四等特技兵(メインゲートの警備のMP)「バンブー・バイパー」主な登場人物
・カール・ハチェット(本書の語り手。憲兵隊犯罪捜査部。
・”ミッチ”ミッチレー(憲兵隊捜査官。ハチェットの友人)
・ニコル(カール・ハチェットの別れた妻)
・ウィリアムズ(中尉。ミッチの上官、黒人)
・コルソン(電話と無線の担当MP。軍曹)
・サラ・コルソン(ニューヨーク州コイラに住むコルソンの姉)
・ピーターソン(ミッチの後任の捜査官、4等特技兵、黒人)
・マレンズ(”スネーク”。背の高い赤毛の新入り上等兵)
・ビン(ヴェトナム人。通訳、サイゴン生まれ)
・グエン・トライ(ヴェトナム人。コントゥムにあるクリーニング店主)
・バンディ大佐(旅団司令官、白人)
・エレーン(ミッチの妻)