メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第29回 「アジア 熱き希望の大地 国際ボランティアからのメッセージ」(八木沢 克昌 著)

「アジア 熱き希望の大地 国際ボランティアからのメッセージ」(八木沢 克昌 著、悠々社、1996年5月)

<著者紹介> 八木沢 克昌(やぎさわ・かつまさ)(*1958年~2025年1月7日)
1958年栃木県矢板市生れ。1980年東北福祉大学福祉学部卒業後、曹洞宗国際ボランティア会(SVA)に入会。タイに渡り、農村やスラム及び難民キャンプで教育を中心とした活動を続ける。1985年アメリカのSIT(国際研修大学)の大学院で異文化間マネジメントを学ぶ。1992年からSVA東京事務局長代行に就任。現在、SVAバンコク・アジア地域事務所長としてタイに在住。<本書紹介より、本書発刊1996年当時> *2025年1月7日、バンコクの自宅で倒れているところを発見され、後に死亡が確認される(享年66歳)

1958年1月、栃木県矢板市の農村で生まれた八木沢克昌(やぎさわ・かつまさ)氏は、1980年にカンボジア難民支援事業にボランティアとして携わって以来、40年以上にわたり公益社団法人「シャンティ国際ボランティア会」(SVA)のタイ、ラオス、カンボジアの各事務所所長、ミャンマー難民事務所長などを歴任。ネパール大地震などの緊急援助の初動調査に関わり、2006年には外務大臣表彰。現在、バンコクのクロントイ・スラムを拠点に同会の常務理事を務め各国の事業に関わり、40年以上、一貫して、アジアの教育支援現場に立ち続けている。

著者のアジアの教育支援現場との関わりは、1996年の本書刊行後も、いまだに続き通算40年以上も長きに渡っているが、本書は、著者・八木沢克昌氏と著者の所属するSVA(曹洞宗国際ボランティア会)の最初の15年間にわたるアジアとの関わりをまとめたもので、実際の生活と体験に基づいた、1人の人間のアジアとの関わりを綴ったものとなっている。本書の刊行のきっかけは、自治労の40周年記念であるカンボジア、ラオスにおける「アジア子どもの家」を通して出会った自治労国際局長の中嶋滋氏から「これまでのアジアでの経験をまとめてみないか」という強い勧めをうけて、本書を書くことになったとのこと。

著者の所属するSVAについては、1980年に、タイ国内のカンボジア難民キャンプでの教育文化支援活動を行うことを目的に、シャンティの前身となる団体「曹洞宗東南アジア難民救済会議」(JSRC)が設立。翌1981年、カンボジア難民キャンプでの緊急救援活動の終了にあたり、JSRCの有志が活動を継続するため「曹洞宗ボランティア会(SVA)」設立。1992年「曹洞宗国際ボランティア会」(SVA)に改称。本書刊行後の1999年に社団法人の法人格を取得し、社団法人「シャンティ国際ボランティア会」(SVA)に改組。2011年に公益社団法人認可され、公益社団法人「シャンティ国際ボランティア会」(SVA)となっている。

著者・八木沢克昌氏のSVAとの出会いは、1980年3月に大学を卒業後、研究生として大学を籍を置いていた1980年5月に、シャンティ(SVA)の前身となった1980年設立の「曹洞宗東南アジア難民救済会議」(JSRC)がカンボジア難民キャンプでのボランティアを募集していることを知り、履歴書を書いて送り、1980年7月に、半年間の予定でカンボジア難民キャンプボランティアとしてタイに向かったことが最初。また、高校、大学の頃から国際協力への道を目指していたのかと思いきや、高校、大学時代に熱中していたのは山岳部での活動で、冒険家・植村直己氏に憧れていたという。生まれ育った栃木県の農村での暮らしや、学生時代の話から、SVAとの出会いについては、第2章「ふるさと発」で、述べられている。

最初の活動のスタートとなった、カンボジア難民キャンプの救援の拠点でカンボジアとのタイ国境の街・アランヤプラテート付近の当時最大のカンボジア難民キャンプ、カオイダンに常設の図書館を開設することから始まった教育支援プロジェクトが、図書館活動を原点とした印刷・出版と謄写版を連携していく様子や、各難民キャンプを巡回する移動図書館プロジェクトの取組など、第1章「難民キャンプ発」で紹介されている。一冊の絵本を大切に使い、子供たちは絵本を自分のノートに自分で写して帰り、自分の妹や弟、そして文字の読めない母親に読んで聞かせるタイの難民キャンプのカンボジアのことども達は、厳しい現実の中を助け合い、たくましく生きている様や、難民キャンプを巡回する移動図書館が到着すると、どこも黒山の人だかりになり、目を輝かせ、一心不乱に絵本に見入る子供たちの表情には、図書や学びの意義を考えさせられる。

カンボジア難民キャンプが閉鎖した後は、本格的にタイの農村での活動展開を考えていたとのことで、タイのスリン県のバーンサワイ村での取組の話も、情熱ある田舎の教師、子供たちの栄養不良問題に対する学校農園の試み、村での仏教が生きた人間の為にあり、僧侶は生活をする人間と向かい合っている仏教国タイでの僧侶の在り方など、今の日本の社会を考えると非常に示唆される事が少なくない。著者自身も、1978年タイ空前の大ヒットした、情熱的に児童を教育する教師が,密伐する森林地主を告発し,殺し屋に消される結末までの不正と悪への挑戦を描いた映画「田舎の教師」やその原作本の日本語訳書籍「田舎の教師」(カムマーンコンカイ著、富田竹二郎 訳、井村文化事業者、1980年1月)に大いに影響を受けたらしく、当時、難民問題が解決し難民キャンプが閉鎖されたら、タイの教員養成大学を卒業してタイの田舎の先生になろうと本気で夢見ていたようだ。

そして、著者が、自分にとってのタイでのすべての関わりを根底から問い直させることとなったと言い切る出会いが、「田舎の先生」と「スラムの先生・プラティープ先生」との出会いで、結果的にはこの仕事をライフワークとして位置付けるようになったとのことだ。1952年、バンコクのクロントイ・スラムに生まれたプラティープ先生は、1978年8月、1バーツ学校(寺子屋)など、スラムの子ども達に対する献身的な教育活動が認められ弱冠26歳でアジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞(公共福祉部門)を受賞。受賞をきっかけに「スラムの天使」として一躍世界中の注目を浴びることになった女性。1978年、プラティープ先生は、「ドゥアン・プラティープ財団」を設立し、教育を柱に、スラムの人々の生活改善を目指していく。

スラムでの取組以外に、著者の私生活でも、1990年に、プラティープ財団の幼稚園で働き、夜間の中学、高校、教育大学を卒業し、そのまま財団の幼稚園で働いていたクロントイ・スラム在住のタイ人女性(プラティープ先生の姪)と結婚し、更に著者自身も家族でクロントイ・スラムに住み始めることになる。1984年からSVAに参加していた、八木沢克昌氏の同僚となる、1959年生まれの秦辰也氏が1987年にドゥアン・プラティープ財団理事長のプラティープ・ウンソンタム氏と先に結婚しているが、こうしたスラムでの暮らしについては、「第3章 スラム発」で、社会活動の話だけでなく私生活の結婚・家庭の話も登場する。

本書全般各章の随所に、著者自身の考えや意見が述べられているが、特に、「第4章 SVA(曹洞宗国際ボランティア会)発」として、”人はなぜ、ボランティアするのか”と題し著者の見解が述べられ、また座談会「新しい活動をめざして」と題し、SVA会長(当時)松永然道氏、SVA専務理事(当時)有馬実成氏、SVAバンコク アジア地域事務所長(当時)八木沢克昌氏3名による座談会の模様が収録されている。本書は約30年前に刊行され、日本の社会の様相も大きく変化はしたが、ここで語られている見解やメッセージは、むしろ、現在、ますます重要性を帯びていると感じる。本書タイトルが、「アジア・熱き希望の大地」と付されているが、最終章「第7章 地球発」では、”今、地球市民として”、”アジアから日本へのメッセージ”と、未来への願いを込めたメッセージが綴られている。

尚、著者は1992年4月から1996年まで、東京事務所に異動しているが、その間の出来事にも、大きくページを割いていて、「第5章 血に染まるタイ、民主化への道」では、1992年5月のタイの民主化流血事件と民主化闘争の中心的リーダーの一人がプラティープ先生で、NPKC(国家平和秩序維持委員会)と呼ばれる軍上層部によるクーデターに対する民主化闘争であったが、バンコク市内は非常事態宣言が出され、民主化側のリーダーの妊娠5ヶ月のプラティープ先生にも逮捕状が出されるというニュースが出て、日本大使公邸への一時避難が極秘裏に実現したが、当時、この内密に進んだ大事件に著者も関係していて、その裏事情は特筆すべき話。更に「第6章 神戸発」では、1995年1月17日の未曽有の阪神大震災の著者自身が行った被害の緊急報告や救援活動の取組の様子とともに、タイからの素早い援助をはじめとしたアジアからの応援も紹介されている。

■目次
はじめに
第1章 難民キャンプ発
国境の街、アランヤプラテート
ヒッチハイクで通った難民キャンプ/ 教育・文化支援の選択
移動図書館奮戦記
移動図書館スタート/ 図書館から本探しへ/ 難民キャンプの印刷所
カンボジアの教育は、今
教育の原点としての民話とストーリーテリング/ カンボジアの図書館活動/ 20年ぶりの絵本と紙芝居/ 地球家族時代の子どもたちと図書館活動

第2章 ふるさと発
混沌の中から
農村での生活/ ヤマトの出会いと国体出場/ ヒマラヤ憧憬/ カトマンズの風景/ ポカラから神々の座の麓へ/ 兄の死
SVAとの出会い
ボランティアへの応募/ タイへ、再び

第3章 スラム発
マンゴーの村
バーンサワイ村の「田舎の先生」/ 学校農園の試み/ 仏教国タイ/
メナム残照
スラムの希望の天使・プラティープ先生/ プラティープ財団の設立/ スラムの教師との出会い、結婚/ スラムに暮らす/ 悪夢の大火災/ スラムの星空/ ジャーナリストたちから受け取った熱い心

第4章 SVA(曹洞宗国際ボランティア会)発
人はなぜ、ボランティアするのか
曹洞宗ボランティア会は市民参加型NGO/ 「心の現れ」の行動として/ 心はどこで育つのか
座談会「新しい活動をめざして」
時代はSVAに何を求めているか/ ボランティアは感動と自己変革の中にあり

第5章 血に染まるタイ、民主化への道
タイの民主化闘争
流血の王宮前広場/ 動揺と焦燥/ 日本大使公邸への一時避難/ 日本政府が動いた!

第6章 神戸 発
ボランティア元年
まずは神戸へ/ 難民キャンプのような避難所/ 発展途上国の顔をした神戸/ 殺到するボランティア希望者/ 現地事務所開設そして救援開始/ ボランティア元年とは
アジアから贈られた心
タイからの素早い援助/ アジアからの応援/ スラムからのメッセージ/ 国境を越える絆

第7章 地球 発
今、地球市民として
飢える子ども、肥えるペット/ 共に生きる文化/ 私たちが失ったもの/ 地球的課題への取り組み
アジアから日本へのメッセージ
アジアの架け橋/ 地球市民時代のボランティアとは

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