メコン圏の視点:社会

【1998年5月執筆「バンコク週報」初出掲載:清水英明】(*2023年初、本サイトのリニューアル再開に際し、改訂版掲載は整理中。開設時の視点はそのまま再掲載)

社会

近隣諸国からのタイでの不法就労と強制売春・人身売買の問題
近隣諸国間の経済格差、自国での厳しい生活、悪徳グループの暗躍等により、国境をまたがった社会問題が生まれている。タイの経済危機で失業者が自国で3百万人に達しようという今、タイ人の就業機会の回復といった従来とは違った観点から大きくクローズアップされてきた問題が、ミャンマー人を代表とする外国人のタイでの不法就労の問題である。従来よりも国境を越え、近隣諸国からのタイへの不法就労はあったが(タイ入国管理局によれば1990年から1994年6月までの期間、逮捕された不法移民は約22万人)、タイでの高度経済成長により、労働者不足が深刻となった。タイ人労働者は、日本、香港、台湾、シンガポールなどの他の条件の良い国に働きに出て、自国での精米、漁業、採掘などのきつい仕事にはつかなくなっていた。1994年8月には、タイ商工会議所やタイ産業連盟などの経済団体が、タイ政府に、事業者が自由に不法移民労働者を雇用できるよう要求し、1996年には43県において一定の条件の下、タイ政府は不法移民労働者の就労を認めた。タイ人雇い主にとっても、安く使える外国人は好都合であった。このタイ政府の政策もあって、外国人不法移民労働者の数は膨れあがり、その数は百万人前後と言われ、その大半がミャンマー人といわれる。この問題は安い労働者を必要としているタイ事業者、就業の機会を近隣諸国外国人が奪っているとみるタイ人労働者、治安・衛生面が懸念されるというタイ社会側からの視点だけでなく、不法外国人労働者とその家族の置かれている厳しい労働・生活状況の問題がある。

また外国人就労では、性産業従事を余儀なくされている女性の問題が深刻である。タイ女性が日本、シンガポール、台湾などで働くのと同様、ミャンマー人のみならず、中国人、ラオス人、山岳少数民族等がタイの性産業で働いている。ベトナム人女性のカンボジアでの売春は有名であるが、カンボジア・ラオス国境よりタイにも一部入り込んでいると言われている。これらの女性には、人身売買や強制売春の被害に遭っている者も少なくない。言葉の問題や不法就労、親による高利子の借金などにより悲惨な状況に置かれ、逃げることも出来ず苦痛と希望のない生活を強いられている。雲南省から少数民族を含めた中国人女性は、雲南省思茅・景洪から、ミャンマーのチェントンを経由し、タイのメーサイからタイ国内各地に売られる。中国では1人あたり6,000~9,000バーツ相当で、タイに入り1万~2万バーツで取引されているという。ラオス人女性は大都会や歓楽地以外に、メコン河を越えて近くのタイのノンカイ、ムクダハンで売春に従事するものも多い。ミャンマー人女性は特に北のシャン州からの女性が多くタイに流入している。単純労働者、性産業従事者のみならず、物乞いにおいても、タイ警察によればバンコクではカンボジア人の物乞いグループの方がタイ人を数で上回っており、裏で組織化されているとのことである。

広がる社会のひずみとそれに向きあうグループの奮闘
人だけではなく、当然物も不法に国境を越え取引される。密輸と言う影の経済活動が特にこのメコン圏では今持って活発だ。密輸の問題は、反政府勢力の資金源、官憲の汚職と言う問題とも関係する。タイ=カンボジア国境で、これまでルビーや材木の密輸がポルポト派に潤沢な資金をもたらしてきたし、タイ・ミャンマー・ラオスのいわゆる黄金の三角地帯では、宝石や木材の密輸に加え、麻薬等の薬物の密輸がいまだに大きな問題である。1996年1月に前モンタイ軍司令官で麻薬王たるクンサー将軍が、ミャンマー政府に投降した後も状況は改善していない。統一ワ国軍とクンサーの残存グループは、ヘロインに代わり覚醒剤の密輸に力をいれだしており、製造に必要な化学物質は、南中国、パキスタン、インドから調達し、シャン州やミャンマーとタイ、ラオスとの国境地帯だけでなく、ラオス、ベトナム、カンボジアにまで製造工場を持っているといわれる。タイへの密売ルートは、チェンライ、チェンマイ、メーホンソン、パヤオの北タイだけでなく、ラオス経由は東北タイの国境を接する県、更にタイ南部、タイ東部のミャンマー、カンボジアとの国境地帯からもタイに流入している。薬物製造に、統一ワ国軍とクンサーの残存ギャンググループの支配下にある少数民族居住地区が利用されているのみならず、メコン圏内の国々で薬物中毒患者が増えている事が深刻な問題だ。

他にも、都市、山地・農村、家庭等の荒廃から、さまざまな問題が蔓延っている。女性・児童の売買、エイズ、ストリートチルドレン、未就学児童や児童労働問題などが、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、中国での共通の課題てある。また民生面では、ラオス、ミャンマーで医療レベルが著しく劣っているといわれ、他の国でも農村地区や山岳民族居住地区では同じ状況である。昨年(1997年)ミャンマーを襲った洪水でも、洪水の被害だけでなく不衛生による伝染病によって数千人の人が亡くなったと伝えられている。資金不足による医療施設や薬品の著しい欠如、教育不備による医療従事者の不足、国民の衛生観念の欠如など、大幅な改善が望まれる。また予算不足による教育設備の不備、貧困による初等~高等教育の断念など、日本とは違った教育にまつわる問題がある。ミャンマーでは更に一連の反政府抗議の後、全土に及ぶ大学が1996年12月から閉鎖されたままであり、一方、教師の安月給により公教育の場より私塾・家庭教師のアルバイトに熱が入るという教育の現状がある。

しかし、このような状況の中でも、スラム・農村などのコミュニティ開発、医療・教育、児童・女性支援などさまざまな分野で、資金不足や活動の具体的進め方などに悩みながらも、人を大切にしよき社会を目指して日々奮闘する非政府団体グループの活動がある。活動の形骸化・運営の硬直化・当初の活動意義から離れた組織存立維持の目的化など一部に問題がないわけではないが、理想や憂いから社会のひずみに取り組んでいる団体・スタッフ・支援者も少なくない。その活動内容や背景となっている問題状況に対する理解が広がると共に、活動と方向性の検証に役立つ形での建設的な非政府団体グループの連携の広がりを期待したい。

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