メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第14回「戦場 二人のピュリツァー賞カメラマン」(澤田教一・酒井淑夫 写真集)

メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第14回「戦場 二人のピュリツァー賞カメラマン」(澤田教一・酒井淑夫 写真集)


「戦場 二人のピュリツァー賞カメラマン」(澤田教一・酒井淑夫 写真集、編者:共同通信社、発行:共同通信社、2002年3月発行)

≪澤田教一・酒井淑夫紹介≫
澤田 教一(さわだ・きょういち)
1936年2月22日、青森生まれ~1970年10月28日、カンボジアで狙撃され殉職(享年34歳)
酒井 淑夫(さかい・としお)
1940年3月31日、東京生まれ~1999年11月21日、心筋梗塞で病死(享年59歳)
詳細は、2人のプロフィールと写真(本書巻末・本書裏表紙掲載)参照

すぐれた報道カメラマンに贈られるピュリツァー賞(The Pulitzer Prize)を受賞した澤田教一氏と酒井淑夫氏(いずれも故人)の展覧会「二人のピュリツァー賞カメラマン『戦場』澤田教一・酒井淑夫写真展」が、今年(2002年)3月26日から5月19日まで、横浜市の日本新聞博物館で開かれた。この写真展は2001年秋のアメリカ同時テロをきっかけに、「平和について考えよう」と企画され、会場には2人の作品各60点と愛用のカメラやヘルメットなどが展示された。本書はこの展覧会に際し共同通信社より刊行されたもので、写真展に展示されたのと同じ2人の作品各60点計120点写真目録が掲載された写真集である。

WEBギャラリー《共同通信社サイト内》
二人のピュリツァー賞カメラマン 澤田教一・酒井淑夫写真展「戦場」

ジャーナリストにとって栄誉あるピュリツァー賞は、アメリカの新聞王ジョゼフ・ピュリツァー氏(1847年~1911年)の遺言に基づき、1917年に創設されており(ピュリツァー賞の英文サイトは、こちら)、アメリカのUPI通信社のカメラマンだった澤田教一氏と、後輩の酒井淑夫氏は、ともにベトナムの戦場での写真で、同賞を受賞した。ベトナム中部のクィニョン北部で米軍の銃撃から逃れ、アン川を必死に渡る2組の母子を1965年9月6日に撮った澤田氏の「安全への逃避」(FLEE TO SAFETY)は1966年度のピュリツァー賞。雨の中、くぼ地で仮眠する兵士を1967年6月17日、南ベトナム・フォックビン北東60キロ地点で撮った酒井氏の「より良きころの夢」(DREAMS OF BETTER TIMES)は、1968年度ピュリツァー賞(第1回企画写真部門)。もちろん本写真集にも、両氏の代表的なこれらの作品は大きく掲載されている(本書写真目録112、61)。

25歳の時(1961年12月)UPI通信社東京支局に入社した澤田教一氏は、会社にサイゴン支局行きを志願したがなかなか許可がおりず、ついに1965年2月、1ヶ月の休暇をとって南ベトナムに飛び、ベトナム戦争を自費取材する。彼の熱意と休暇中の仕事が認められ、更に在ベトナム米軍の強化などの動きがあったためであろう、1965年7月UPI特派員としてサイゴン支局に赴任する。このサイゴン支局赴任の2ヵ月後に、1966年度ピュリツァー賞を受賞する事になる「安全への逃避」を、中部ベトナムにおけるアメリカ軍の作戦展開中に撮影している。

この「安全への逃避」を含め澤田氏の写真は、ベトナム戦争の戦況が激化した1965年からカンボジアで亡くなる1970年までに撮った60点が本書に掲載されているが、60点のうち、20点は1968年2月のフエ攻防の写真(本書写真目録39~58)となっている。本書最初に掲載されているのは1965年2月最初に南ベトナムで自費取材していた頃に撮影した写真で、ダナンで解放戦線容疑者の処刑の前後の連続写真はショッキングだ。掃討作戦で壕から負傷した解放戦線兵士を引きずり出す米軍兵士を撮った「敵を連れて」(本書写真目録16)や、米軍の装甲兵員輸送車に引きずられる解放戦線兵士の死体を撮った「泥まみれの死」(本書写真目録作品18)は、共に世界報道写真展での受賞作となった作品だけあって、ひときわ強烈なインパクトを放っている写真だ。澤田氏は、1970年10月プノンペンから南部タケオに通じる国道2号線をジープで通行中、同僚記者と共にクメール・ルージュに撃たれ亡くなるが、その年(1970年)の5月カンボジア・トンレベトの戦災で家を失った老人たちを避難させる若者を撮った作品(本書写真目録作品58)は、澤田氏の死後、贈られた1970年度のロバート・キャパ賞受賞作。

一方、澤田氏(1936年生まれ)より4年後輩の酒井淑夫氏(1940年生まれ)は、1965年4月、澤田氏が既に働いていたUPI通信社東京支局に入社。先輩の澤田氏が1965年に撮影した作品で1966年4月ピュリツァー賞を受賞していたが、ベトナム特派員を希望していた酒井淑夫氏も、1967年に、6ヶ月のベトナム出張を命じられ、同年4月UPIサイゴン支局に赴任する。そして酒井氏もサイゴン支局赴任後の2ヵ月後に、1968年度ピュリツァー賞を受賞することになる「より良きころの夢」を雨季の南ベトナムで撮影する。豪雨で交戦は一時中断し、その激しい雨の中でつかの間の仮眠をむさぼる米軍兵士を撮った作品で、この時の関連コマ写真も掲載されている(本書写真目録63)。

本書掲載の酒井氏の作品60点の中には、カンボジア、ラオス領内の北ヴェトナム正規軍の南ヴェトナム解放戦線への補給基地を破壊する事などを目的に米軍が1970年、71年に展開したカンボジア侵攻作戦、ラオス侵攻作戦に関連した写真が10点近く含まれている。戦場や戦闘、基地での写真以外にも、混血孤児たちを撮った作品も数点掲載されているが、1970年の作品で、カンボジア国境で目の不自由な裸足の父親の手を引くベトナムの少女を撮った写真(本書写真目録作品94)は特に物悲しい。更に酒井氏の掲載作品には、1975年サイゴンが陥落しベトナム戦争が終結した後の1979年秋、カンボジア、ラオス国境付近のタイで、カンボジア、ベトナム、ラオス難民を取材した折の写真が26点も含まれている(本書写真目録作品95~120)

澤田教一氏と酒井淑夫氏の2人は、共に日本人としてピュリツァー賞を受賞した写真家同士というだけでなく、同じUPI通信社で働いており、1970年10月カンボジアで殉職した澤田教一氏の遺骨を、酒井淑夫氏が、当時香港在住であった澤田サタ夫人に届けている。本書の表紙をめくった一番最初のページには、1967年5月に撮られた、ダナンへの米軍ヘリに隣り合って乗り込んだ澤田教一氏と酒井淑夫氏の写真が掲載されている。巻末の2人のプロフィール紹介頁に掲載されている各人の写真も小さくはあるも見落とせない。澤田氏の場合は、路地で物を売っているであろう女性の人たちにしゃがんでカメラを構えている写真であり、酒井氏の場合は、ベトナムの子供たちが後ろに寄って来ていて笑顔で立っている酒井氏の写真だ。酒井氏を撮ったこの写真は、「地雷を踏んだらサヨウナラ」で知られるフリー・カメラマンの一ノ瀬泰造氏が1973年サイゴン市内で撮ったもので、一ノ瀬泰造氏自身、同年の1973年11月、アンコールワットへ単独潜行したまま消息を絶ち、後にその死亡が確認されている。

本書では、2人の計120点に及ぶ写真以外に、田沼武能氏(写真家、現日本写真家協会会長)、エディ・アダムス氏(カメラマン)、石川文洋氏(報道カメラマン)、安藤優子氏(ニュースキャスター)、池内秀樹氏(元共同通信社サイゴン支局長、外信部長)と、いろんな方が文章を寄せており、こちらも大変価値がある。2人との思い出・かかわり、興味深いエピソード、ベトナム戦争報道の背景や戦場カメラマンについて語られている。更に巻末には、桜井由躬雄氏(東京大学文学部教授)による「忘却の教訓 ベトナム戦争とは」と題した11頁の解説文が掲載されている。

本書の目次

はじめに
二人のカメラマンが後世に残したもの  田沼武能
撮らなかった写真  エディ・アダムス
報道カメラマンの「戦場」 石川文洋
「ベトナム戦後10年」の取材で 安藤優子
ベトナムで会った戦場カメラマンたち 池内秀樹

写真: 澤田教一
写真: 酒井淑夫

忘却の教訓 ベトナム戦争とは                   桜井由躬雄
写真目録
澤田教一プロフィール
酒井淑夫プロフィール  

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