メコン圏に関する英語書籍 第11回「A Brief History of LANNA」(Hans Penth 著) 前編

メコン圏に関する英語書籍 第11回「A Brief History of LANNA」(Hans Penth 著)  前編


「A Brief History of LANNA」 Civilizations of North Thailand(Hans Penth 著、Silkworm Books社 発行(タイ・チェンマイ),2000年発行、Second Edition

本書は、北タイの歴史を専門とする文献歴史学者Dr. Hans Penthによる、北タイ地域の歴史に関する英文での入門概説書。全部で88頁(2nd edition)という厚くない書籍で、本のタイトルには「LAN NA(ランナー)」とあるが、いわゆるランナー王国時代だけをカバーするのではなく、北タイ地域の先史時代から現在までの歴史の流れがわかるようになっており、一般には広く知られていないだけに興味深い内容が十分詰まっている。

 私事ではあるが、私が今から6年ほど前(1995年頃)、チェンマイに仕事で駐在していた時、ある元タイ政府高官とホテルのロビーで短時間ビジネスの関係で懇談する機会があった。その人から「英語で書かれていてコンパクトにまとめられていて外国人が読む入門書として良い」と、勧められた本が本書である。どうしてビジネスの話からそのような発言がでてきたのかは今でははっきり覚えていないが、当時タイ政府高官との懇談では、ビジネスやお金の話題が中心であっただけに、歴史、しかも北タイに関する歴史の本を読むことを勧められたことだけは、印象的な出来事であり、まもなくして本書の初版を買い求めたものだった。

 本書の初版は1994年、北タイの中心地であるチェンマイの出版社Silkworm Booksから出版されていたが、改訂版が2000年、同じ出版社から新たに刊行された。初版の表紙は、プラハマタート・ランプーンの西暦1330年頃のものとされるタイユアン式の仏像の頭部の写真であったのに対し、改訂版の表紙は、北タイの町ランパーン(Lampang)から北東42kmの地にあるパー・イァム・チャーン(Pha Yiam Chang)の先史時代の岩絵の写真を飾ってある。改訂版では他にも初版に比べ文章や注釈の量、さらに掲載写真の数も増えている。 

 現在の北タイの地域には、100万年前~60万年前の時期に原人が既に居住していたとされ、この前期旧石器時代の石器がランパーン県やプレー県から発見されている。先史時代の章では、この他にもメーホンソン県のTham Phi洞窟遺跡(この洞窟遺跡はホアビン文化の石器以外に、種々の植物遺存体が発見されたとして一時大きな反響を呼んだ遺跡)、ランパン近くのPha Yiam ChangやPratu Phaでの岩絵などに触れ、また先史時代の先住者の後裔がどの民族グループかは特定できていないものの、ムラブリ族(Mlabri, Mrabri, Yumbri) やカー族(Kha)、ティン族(Thin,Htin)、ラワ族(Lawa, Lua)の名を挙げている。

 また、改訂版では説明をかなり増やして、初版には無かった「Legendary History」という章を新たに設け、先史時代の章の前に置いている。この章では、北タイの歴史時代を担ったモン族(Mon)やタイ諸族の登場前の時代を叙述している神話・伝説を扱っている。北タイのメーサイ、ドイトゥン(Doi Tung)からチェンセンの地域が、いろいろな出来事の場面として紀元前7~6世紀のブッタの時代から神話・伝説に登場し、しかもブッタが北タイの地を訪れたとさえされているが、このことを含め明らかに事実でない叙述がある。他の地からもたらされた話が現地の出来事として組み込まれたものもあるようだ。

 北タイでの神話・伝説では、Jong, Singhonti, Suwanna Kham Dang(スワンナカムデーン), Phang, Achutta, Juang(チュアン)という王や王子の業績や、コーム(Khom)(モン・クメール族)やケーオ(ベトナム族)との争いを語り、またUmong Sela, Suwanna Khom Kham, Wiang Si Tuangなどの城市についても述べられている。神話・伝説で早い時期から登場する土地としては、メーサイ、ドィトゥン、チェンセン地域以外に、チェンマイ地域(スワンナカムデーン王子が鹿を追う話)、ランプーン(ブッダがこの地を訪問し将来この地が繁栄することを予言したという話)がある。こうした神話・伝説での最初のタイ族の王族の登場の仕方もなかなか興味深い。

北タイの東部のナーン王国の前身たるプア(ナーン県の北部)朝には、卵から生まれる創生神話もあったりするが、いずれにせよタイ族が外部からやってきて北タイの先住民族の上にたったことを示しているようだ。

 北タイの歴史時代の始まりとして、高い文化を持った国家形成は、一般的には、モン族(Mon)がランプーンに興したハリプンチャイ王国からと言って良いと思うが、本書では8世紀から13世紀を「PROTOHISTORY」 としてモン族(Mon)の時代を説明する。そしてその後13世紀末、ハリプンチャイ王国を滅ぼしてチェンマイを都として北タイに成立したタイ族のランナー・タイ王国の盛衰から現代に至るまでの北タイの歴史の流れと続くが、この点については次回に紹介したい。

本書の目次 (2nd Edition)

Preface
Map of Lan Na
 Illustrations
Legendary  History
Prehistory c.1,000,000 before present.-C.A.D.750
Protohistory c.750 – c.1200
  The Mon Era of Lamphun  c.750 – c. 1200
History c. 1200 – present
  The Mon Era Continued   c. 1200 – c. 1300
  The Thai Era of Lan Na   c. 1250 – present
   Arrival of the Thais   c.1050 – c.1300
   The Making of Lan Na c.1300 – c. 1400
   The Golden Age of Lan Na  c. 1400 – c. 1525
   Decline and Loss of Independence  c. 1526 – 1558
   Fragmentation   1558 – c. 1775
   Renaissance and Integration as a Part of Siam/Thailand  c. 1775 – present
Appendix
Lan Na Rulers of the Mang Rai Dynasty

■本書掲載写真の一部 (2nd Edition)
◆Pha Yiam Chang(Lampangの北東42km)の先史時代の岩絵
◆Pratu Pha(Lampangの北約45km)の先史時代の岩絵
◆Lampang県から出土したサイズや種類の異なる2つの先史時代の石器(100万年~80万年前)
◆Phrao郡(チェンマイ県)から出土した先史時代の石器。約紀元前3000年~紀元前500年
◆ピー・トン・ルアン(ムラブリ)族
◆ラワ族
◆Lamphun近くのWat Ku Kut(Wat Jam Thewi)のモン(Mon)式仏舎利塔(1970年代に行われた修建前の写真)
◆Jom Thong郡(チェンマイ県)のWat Song Khwaのモン(Mon)スタイル石仏像(約西暦1100年~1250年のもの)
◆San Pa Tong郡(チェンマイ県)のWiang Tha Kanからのモン(Mon)スタイルの青銅仏像2体(約西暦1100年~1300年)
◆Jom Thong郡(チェンマイ県)のWiang Tho~出土したモン(Mon)の石碑(約西暦1200年~1300年)◆チェンマイ建都前のWiang Kum Kam遺構

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