メコン圏の魅力

【1998年5月執筆「バンコク週報」初出掲載:清水英明】

波乱の歴史と色鮮やかな文化を擁し新しい時代を迎えつつあるメコン圏を切り口・契機に、活力・熱情・ひたむき・清々しさ・飾りのない自然らしさ・ロマン・ゆとり・安らぎ・大らかさを回復

メコン圏の魅力
メコン圏ータイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ミャンマー、中国・雲南省を総称するこの地域圏 (マレー半島南部を除き中国西南部を加えた東南アジア大陸部世界)では、この6カ国地域を流れる東南アジア最大の国際河川たるメコン河をはじめとする大河が、豊かな緑と水の自然風土を育んできた。

そしてここでは、多彩な民族による波乱の歴史が繰り広げられ、色鮮やかな文化が醸成されてきた。この地域の持つその多様性・飾りのない自然らしさ・雑然混沌さが、とりわけ、画一的で規格管理的な閉塞社会の下、ゆとり・清々しさ・潔さ・活気を無くしかねない日本人を魅了し、この地域に原郷に通じる懐かしさや居心地の良さを感じる人も少なくない。

共飲一江水の世界
『共飲一江水』とは、1961年、中国・周恩来総理が、ビルマを訪問した折、陳毅元帥が、ビルマ友人に送る詩として詠んだ詩句の一節である。河の上流と下流にある両国の関係の深さを歌ったものであるが、現在の国家、民族など異質なものの間で共生関係を作ろうというこの地域の在り方を表すのに、適切な句ではなかろうか?

今、この地域で、冷戦の終了、経済のボーダレス化、情報化の進展、価値観の多様化などを背景に、多くの課題・問題を抱えながら、新たな時代が拓かれつつある。現在は、新しい世界・社会編成の在り方として、機能発想の下での異質性の排除という従来の考え方から、異質な個性を認め合っての共生関係の構築が志向され、また人の生の在り方として、真の心の豊かさ・生の充実が問われる時代状況にある。

異質・多彩の中での共生
そのような中で、この地域圏をより深く、見つめ理解することによって、メコン圏内の各国間の共生だけでなく、メコン圏と日本・日本人、自然と人間、都市と農村、支配民族と少数民族、開発と伝統、日本企業とメコン圏経済、などのあるべき共生関係を想い考えることは、有意義なことと考える。

今後、地域圏からの視点から、このメコン圏の政治・経済・社会の変化を捉え、歴史・民族・文化の理解を深めることによって、メコン圏・アジアひいては、日本の社会の在り方や人の生を見つめ考えたい。

アジア全体ではなく、メコン圏と言う一つの地域圏を切り口とするのは?
アジアは、日本にとって国際関係・経済の観点からも重要であり、アジア全体のより深い理解・認識や、日本とアジア全体との新しい関係を考えていくことが必要なのは言うまでもない。ただアジア全体は対象として余りにも広く数も多く全体を深く理解していくことは容易ではない。また一時の「アジアブーム」で、「アジア」と言う言葉だけが、対象認識から離れた語法で氾濫している感がある。大国である中国をどう扱うかも大きな問題で、アジアを語るとき、一般には、中国・朝鮮・韓国・台湾の東アジアに深くはまりすぎるか、東南アジア全体に中心をおくか、あるいは南インド、中近東、中央アジアなどを入れた広いアジアを指すか、さもなくば個々の国ごとを意識するのではなかろうか?

しかしながら、メコン圏という地域圏は、その国際政治・地域経済・民族・社会文化・自然環境などの観点から強い相互関係や共通性を持つ適度な広さであるとともに、その一方で多くの異質性を残しながら多彩な魅力や様々な問題を抱えている。またこの地域は歴史・文化・経済などの面で日本と強い関係がありながらも意外と知られてこなかった上に、新しい時代をどう迎えていくのか注目できる面白いエリアと言える。

大国・中国全体を取り込まず、西南・南部という適当なサイズで南周辺からの中国という視点で中国を見ていくことができる。国益や国の政策という視点はもちろん重要であるが、現在の国境・国力・支配民族・経済マーケットにとらわれない視点によるグローバルな地域文化圏の世界をも、関連展開する領域として取り上げていきたい。

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