メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第10回 蛇頭「密航者飼育」アジト(望月健とジン・ネット取材班 著)

メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第10回 蛇頭「密航者飼育」アジト(望月健とジン・ネット取材班 著)


蛇頭「密航者飼育」アジト(望月 健とジン・ネット取材班、小学館(小学館文庫)、2000年11月発行)

著者紹介》望月健とジン・ネット取材班  1998年創立。テレビの報道番組を制作する映像ジャーナリスト集団。国際犯罪、アジアの裏社会、北朝鮮問題などを得意とする。独自のプロジェクトチームを持つなど、精緻な海外取材を行っている。(本の紹介文より)

蛇頭(スネークヘッド)というなにやらおどおどしい言葉も、ここ数年激増してきた密航事件、加えて日本国内で多発する外国人犯罪への一部「不法滞在外国人」の関与などに関する報道で、今ではすっかり多くの人の知るところとなった観がある。本書は、数多くの報道番組を手掛けてきた映像ジャーナリストたちによるもので、密航、密輸の関係者や蛇頭メンバーを直撃取材し、多くの証言から最新の密航のテクニック、窃盗の手口、密輸方法などを追及した本である。

密航というと、今にも沈没しそうな中国漁船・貨物船に、密航ブローカーに高い金を払った中国福建省を中心とした中国人密航者たちが、すし詰め状態で押し込められながら海を漂い、夜影に乗じて海から上陸をはたすといったようなイメージがつきものかもしれないが、本書を読むと、密航の方法、ルートなどが、複雑多様化しており、手口も高度化していることがわかる。

  蛇頭や密航を取り上げた本は他にもあるが、本書の目新しい点は、まず中国人の密航に、カンボジアやタイが深く関わっている事実を挙げ、その状況や背景などを深く追ったことにあろう。著者の望月健氏は、映像通信社の日本電波ニュース元カンボジア支局長(1994年5月~1997年5月プノンペン勤務、1999年1月ジンネットに移る)で、望月氏が中国人の密航問題に関わりを持つきっかけとなった中国人密航者が絡むプノンペンでの事件から、本書は始まっている。1996年12月にプノンペンで発生した中国人密航者による蛇頭殺害事件、同年同月にプノンペンの北西部の元高級住宅地トゥール・コックで起った中国人密航者大量摘発事件だ。

  どうして中国人密航者が、出稼ぎの目的地でもないカンボジアにいるのかと、これらの事件の背景にある問題を掘り下げようと開始された取材で、その事情が明らかにされていく。と同時に、単に「蛇頭」だけでなく、蛇頭「密航者飼育」アジトと、一見奇妙な本書の題名の意味するものがわかってくる。カンボジアに「密航基地」があり、大勢の中国人密航者が隠れ家で共同生活をし、ある時期を待っているわけだ。どうしてカンボジアなのか?という疑問に対しても、カンボジア内の状況だけでなく、隣国タイの中国人密航への関与の実態がつながっていく。

  更に衝撃的なのは、蛇頭組織にかかわる日本人の存在で、しかも彼らは、暴力団のようなその手の人たちではなく、カンボジアやタイの居住する「普通の日本人」たちだ。1997年8月、カンボジアを拠点とする日本人蛇頭の存在が初めて公に明るみになったが(事件の詳細はこちらを参照)、本書では、他にもカンボジアやタイ在住の普通の日本人が、アルバイト感覚で蛇頭の手助けをしていることにも触れている。

  密航に加え、日本の自動車窃盗とミャンマーでの盗難車売買についても本書でとりあげられているが、こうした密航・密輸・窃盗などの犯罪的側面だけでなく、密航に走る動機や背景、祖国や日本での生活なども取り上げている。蛇頭の存在を生み出す背景には、生活の厳しさや、日本との著しい賃金格差や経済格差があるが、更に誰でも簡単にパスポートが取れ、世界中自由に動ける日本人では理解しがたいことであるが、中国ではパスポートさえ取得するのが困難な人が多いということがある。日本での外国人による犯罪の増加は、確かに大きな社会問題となってきているが、日本に不法滞在・不法就労(不正規に入国・在留)している外国人の大多数は、他の反社会的な犯罪とは無関係に、人目を恐れて地味な生活を送るような真面目な人々であるということが、忘れられてはならないはずだ。

本書目次
まえがき
第1章 カンボジア・コネクションを追え
突然の包囲劇/死体だけが残されていた/無邪気な「密航者」たち/もうひとつの密航事件/仲間の名前すら知らなかった/日本は3万ドル、イギリスは2万3000ドル/3000キロを陸路で越える/軍人の影がちらつく/不可解な「違反金」/ビジネスとしての密航請負業/政府幹部と蛇頭の癒着/「隠れ家」にひそむ中国人たち

第2章 日本のパスポートが狙われている
パスポートすぐ用意できます/タイの変造技術は世界一だよ/麻薬よりオイシイ商売/カンボジアで”客を飼う”のさ/「黄金の道」は実在した/カンボジア・ルートで来た男/パスポート高く買います/ホテルの部屋からパスポートが消えた/日本パスポートを「取得」する中国人たち/誰が被害者なんですか?

第3章 進化する「海からの密航」
密航はふせげない!/密航貨物船は大都市を目指す/海保対蛇頭「50時間の攻防」/これが密航船の「隠し部屋」だ/カネのためなら命も惜しくない/「3包」なんて嘘だった/レンタルビデオが唯一の楽しみです/日本で2年働けば生涯賃金が稼げる/日本人はすぐ辞めてしまいます/日本は「黄金の国」ではなかった

第4章 韓国から来た中国人たち
アジア経済危機による「トコロテン効果」/吉林省に「蛇頭」はいない/韓国政府のアメとムチ/賃金が支払われない!/怪我をしたのに補償がない/日本に行けるのは金持ちだけ/成田のトイレで写真を張り替えました/金浦空港が一番の難所

第5章 福建省・出稼ぎ御殿の里
「福建人の優位」はゆるがない/福州も日本も変わりはない/日本のテレビ?写しちゃダメよ!/年収150年ぶんの「出稼ぎ御殿」/パチンコも演歌のコンサートも/故郷でビジネスを立ち上げた男/兄弟姉妹5人が海外経験者/おカネが儲かるならいいことだ/もう一度、行かなきゃ借金は返せない

第6章 バンコクの日本人蛇頭
カンボジアの日本人蛇頭/夫婦や親子に化けてエスコート/何度もパスポートを紛失する男/壮年バックパッカーの証言/中東で死んだ日本人エスコート/アルバイト感覚で手伝う日本人たち/「日本人である」ことだけで武器になる/密航テクニックの進化史/9冊の変造パスポートを2人のために用意/「職人的」な日本人化教育/スーツケースにはプリクラを/密航者からの「礼状」

第7章 東南アジア「盗難車売買市場」
外国人犯罪の半分は複数犯/「中国人が中国人を」は過去の話になった/盗難電化製品は何千台規模で輸出/祖国のために仇を討ってるんだ/「イッコニ、ニコイチ」がメインビジネス/数十秒でドアは開く/いい車を見たらナンバーを控えます/盗難車でも税関はノーチェック/世界一、車の高い国/95パーセントは盗難車ですよ/高級車でないと割に合わない/アメリカ大使館員もウチの客だよ/ライバルはパキスタン人だ/「不法な隣人たち」とどうつき合うか

解説

(株)ジン・ネット
株式会社ジン・ネット。1998年創立。本社は東京都六本木。代表:高世仁 氏(たかせ・ひとし) JIN・NET (Japan Independent News Net) 同社のホームページ

蛇頭(じゃとう)
俗称・スネークヘッド。文化大革命末期に「赤い中国」を嫌う人々が蛇のごとくスルスルと警備網を突破して香港へ越境したことから、「人蛇」と呼ばれ、その集団の頭目を蛇頭と呼ぶようになった。密航者の募集、密入国手引き、船の手配、受け入れ、隠匿、仕事の斡旋など、密航全般を仕切るブローカー組織。複雑な組織形態で、入れ替わりも激しい。最近は日本の暴力団と手を結ぶ例もある。 (本書での解説文)

海上保安庁における平成12年密航取締り状況  平成8年(1996年)から急増していた中国人を中心とした船舶利用による不法入国事犯は、平成11年(1999年)後半から小口化・散発化。の主な理由は、取締り・処罰強化以外に、密航先の変更や、偽変造旅券使用の航空機利用など密航手口の多様化があげらえる

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