メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第1回「青い焼きもの」(町田市立博物館 編集発行)

メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第1回「青い焼きもの」(町田市立博物館 編集発行)


「青い焼きもの」(町田市立博物館 編集発行、1996)1996年1月9日~2月12日、町田市立博物館図録 第96集

本書は、町田市立博物館(所在地:東京都町田市本町田3562番地)が、1996年に開催した『更紗と縞・青い焼きもの』展に際し、制作・発行された図録。右記の田邊三郎助氏による「開催にあたって」の文章にあるように、町田市立博物館が所蔵する陶磁器のうち、中国青磁とインドシナ半島諸窯で焼かれた「青い焼き物」を特にとり上げた展覧会で、同展に出展された陶磁器90点の資料写真が、図版として本図録に掲載されている。図版は15点のカラー図版と、残り75点のモノクロ図版に分かれ、中国、ベトナム、タイ、ミャンマーの順に並んでいる。(図版掲載の陶磁器90点の詳細はこちら

図版では、陶磁器各点について写真以外に、名称、産地(国名または窯名)、焼造年代、高さや口径・胴径の法量、寄贈者のデータが付されており、うち一部の主要作品については作品解説だけでなく実測図・観察所見まで掲載されている。また、町田市立博物館学芸員の矢島律子氏による「インドシナ半島の青い焼きもの」と題した文章では、ベトナム・タイ・ミャンマーの順に,そこで焼かれた「青い焼きもの」の特徴がまとめられているが、図版での資料番号を明示しながらの説明となっているので、陶磁器作品の写真で確認しながら理解することができる。

 東南アジア地域は古くから中国製の陶磁器を輸入し続けてきた地域で、フィリピンやインドネシアといった東南アジア島嶼部では輸入に終始し自ら施釉器を生み出すことはなかったが、ベトナム、チャンパ、クメール、スコタイ(アユタヤ)、ランナー・タイ、パガン、ベグーといったインドシナ半島の王朝が栄えた地域では各地で陶業が起き、たくさんの施釉陶磁器が焼かれ、輸出さえ行われた。

 10世紀頃まで中国の政治的支配下にあったベトナム北部地域の陶業の歴史は古く、施釉陶磁器の焼造は中国の後漢時代にまでさかのぼる。その頃の作例が、灰釉耳杯、灰釉双耳壺と紹介されているが、本書図録で約20点近く紹介されているのは、13~14世紀に作られたと見られるベトナム青磁だ。独自の様式を持ったベトナム陶磁が展開したのは、中国支配を脱して独立国家として発展した李朝(1010~1225)、陳朝(1225~1400)時代以降のことで、李朝陶磁の代表は上質の白磁であり、青磁の焼造は陳朝頃からとみられている。器種は実用的な碗・皿・壺・水注で、資料番号44(青磁刻花花文水注)のように、瓜形の胴に屈曲した注口と短く小さな取っ手がついた水注という、ベトナム特有の器形のものも紹介している。ベトナム青磁特有の草葉文が一面に施され穏やかな曲線を描く形姿の壺(資料番号2)はカラー図版で取り上げられている。尚、15世紀以降はベトナム青花が主流となっていく。

 青磁の釉薬は、草木の灰などを溶媒とし、1200℃以上の高火度で熔融する灰釉で、原理的に灰釉陶器の延長上にあり、中国では高火度焼成の施釉陶器が誕生したのは紀元前1500年ごろの商代中期と非常に古く、これを青磁の先駆的なやきものととらえ、「原始磁器」もしくは「原始青磁」と呼んでいる。後漢時代になると浙江省を中心とする地域で灰釉の技術に長足の進歩がみられ、三国時代から南朝時代にかけて「古越磁」と呼ばれる青磁が盛んに製作され、唐時代でも青磁に大きな発展がみられ浙江省北部にある越州窯が唐代随一の名窯とされている。こうして宋時代に完成した中国の青磁であるが、その後、染付や色絵に主役の座を譲ることになる。本書ではインドシナ半島の陶業に大きな影響を与えた中国青磁も、越州窯の青磁天鶏壺(東晋、4世紀)をはじめ、宋・元・明代の中国青磁が掲載されている。

 タイも盛んな陶業が起こった地があり、最もよく知られている窯が、中部タイに興ったシサッチャナライ窯で、一般にサワンカローク陶として知られ、サワンカローク陶は広く海外に輸出され、日本でも「宋胡録」として名が残っている。タイ陶磁の中ではひときわ高い技術で作られている、美しく青いサワンカローク青磁のさまざまな器はもちろん、サワンカローク青磁とはかなり趣が異なる、サワンカローク青磁に先立つ、より初期的な形式の青磁もしくは灰釉陶器も紹介されている。これらは1980年代タイとオーストラリアによる古窯址群の本格的な調査が行われ、サワンカローク青磁を焼いている窯の更に下層からの発見で多くの新事実が明らかになったものである。ランナータイの陶磁としてタイ北部にもカロン、サンカンペン、パーン、パヤオ、サンサイ、ナンの窯址が知られているが、ここでは中でも代表的なサンカンペンとパーンの青磁が数点取り上げられている。

 1980年半ばに、タイとビルマの国境付近のタークおよびメソトの周辺の山岳地帯の墓葬遺跡から、中国陶磁やタイ陶磁とともに発見された白釉緑彩陶を契機に、クローズアップされ研究が始まったばかりのビルマ陶器についても、触れている。尚、特異な形式を持つ独特の造形が魅力のクメール陶器は、クメール王国の最盛期11~13世紀を中心に施釉陶器が焼かれたが、その後アンコール王朝の衰退とともにクメール陶器の生産は退潮に向かい、消滅したと考えられている。クメール陶器は、灰釉と黒釉、そしてこの2種類の釉をかけ分けた二色釉陶が作られたものの、その時代は輸出用の青磁が中国で盛んに焼かれ始める以前に当たっており、青磁風のものは作られていない。このため、インドシナ半島の陶磁器をとりあげたものであっても「青い焼きもの」と題した本書図録には、クメール陶器は取り上げられていない。

 ベトナム陶磁については、ベトナム北部だけでなく、近年の日越共同調査によって、存在が明確になってきた中部ベトナムの諸窯があり、クィニョン近郊に発見されたそれらの窯では青磁も焼造されていた。このチャンパ陶磁については、本書巻頭に青柳洋治氏による「チャンパ陶磁をめぐる二、三の問題」の論文が載っており、「ビンディン省の古窯址群」「ゴーサイン窯の発掘 -窯の構造と出土品ー」「チャンパ陶磁の年代」について詳述されている。

本書の目次 

開催にあたって  町田市立博物館長 田邊三郎助
チャンパ陶磁をめぐる二、三の問題  上智大学アジア文化研究所所長・教授 青柳洋治
図版
関係諸窯地図
インドシナ半島の青い焼きもの
主要作品解説
主要作品実測図

『更紗と縞・青い焼きもの』展
・1996年1月9日~2月12日 ・町田市立博物館(東京都町田市)

田邊館長の”開催にあたって”(本図録掲載文章全文引用)

この度は、当館が所蔵するインドシナ半島の陶磁器のうち、青い色をしたものを特にとり上げました。中国が東南アジアにむけて大々的に陶磁輸出を始めたころ、最も代表的な品目が青磁でした。インドシナ半島地域では、こうした中国陶磁を受容するにとどまらず、自らも盛んに青磁を、あるいは青磁の「青い色」を目指したと思われる陶磁器を焼造しました。それらには中国青磁の影響を認めることができるだけでなく、各地域独特の作風が強く現れています。

インドシナ半島地域の陶業の歴史については解明されていない部分が多くあります。大きな影響力を持った中国青磁とインドシナ半島諸窯で焼かれた「青い焼き物」を一堂に会することによって、相互の共通点と相違点がより明確になることでしょう。また、この地域の陶磁の個性や多様性を感じ取っていただければ幸いです。

 末筆になりましたが、本展開催にあたって、ご協力を賜りました上智大学アジア文化研究所所長・教授青柳洋治氏、豊島区遺跡調査会主任調査員鈴木裕子氏並びに関係各位に厚く感謝の意を表します。

1996年1月9日 、町田市立博物館長 田邊 三郎助

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