メコン圏対象の調査研究書 第25回「けものたちのないしょ話」中国民話選(君島久子 編訳)

メコン圏対象の調査研究書 第25回「けものたちのないしょ話」中国民話選(君島久子 編訳)


「けものたちのないしょ話」中国民話選(君島久子 編訳、岩波書店、2001年11月発行)

編訳者紹介:君島久子(きみしま・ひさこ)
1925年、栃木県生まれ。中国文学・民族学専攻。特に中国諸民族の民間伝承について研究している。国立民族学博物館名誉教授、中国中央民族大学名誉教授。専門分野の著作のほか、『白いりゅう黒いりゅう』、絵本『王さまと九人のきょうだい』(赤羽末吉 絵)、『銀のうでわ』(小野かおる 絵)などがある。(本書紹介文より。2001年発刊当時)

中国には、漢民族以外に、中国政府が公式に認定した55の少数民族が、主に東北部、西北部、西南部と、国境などの辺境を中心にしながら居住しているが、本書は、中国大陸の広大な土地と、そこに生きるさまざまな民族の語り伝える話の中から、中国諸民族の民間伝承の研究者で国立民族学博物館名誉教授の君島久子氏が、とくに面白いもの、すぐれたものを選んでわかりやすく再話し編訳された本。岩波書店の「岩波少年文庫」096として刊行されていて、小学4・5年以上対象となっていることもあり、民話27編が収録されているが、各話が短いうえに面白く分かりやすく書かれているため、とても読みやすい本になっている。

 編著者と同じく中国民間伝承を専門として研究されている岐阜聖徳学園大学教授の新島翠(にいじま・みどり)さんの協力も得て、編まれたこの本は、巻末の編訳者の解説によれば、日本の民話と類似するものと、日本の民話と類似しない独自の世界を展開しているものという2つのことに重点をおいて紹介しようとつとめたとのこと。巻末の解説では、収録27編それぞれの話について、それぞれの民族の紹介から話のモティーフや日本をはじめとする他の国や民族に分布している類似の話などが紹介されており、話の源流や伝播のルートをさぐってみることは大変興味深いことだ。

 本書には民話27編が収録されているが、漢民族以外に中国が公式に認定している55の少数民族のなかでも、メコン圏地域に居住する少数民族の民話が数多く収録されている。その数は、ミャオ族の「岩じいさん」「天女の里がえり」「人形の恋」、プミ族の「けものたちのないしょ話」、イ族の「九人のきょうだい」、タイ族の「歌をうたうねこ」「サンジシャー物語」、ジンポー族の「兄と妹」「カエルの家出」。ヤオ族の「娘とやまんば」、ヌー族の「妖怪の家」、ペー族の「小さな黄色い竜」、ブーラン族の「巨人グミヤー」と、13編に及んでいる。

 本書タイトルになっている『けものたちのないしょ話』とは、本書に収録されている民話27編の一つで、雲南省の西北の山地に住んでいるプミ(普米)族の民話のタイトル。この話にあるような、鳥やけものたちの話を聞いて、病気をなおしてやったり、石や岩の下にある水を発見して、人々を救ったりモティーフは、中国のほかの民族の間にも広く分布し、他の国の話の中にも記されているとのこと。プミ族らしいところといえば、話の結末に、虎の大王が欲張りな男をガブリと食べてしまうところがあるが、プミ族にはパティンラムという女神がいて最高の神として信仰されており、この女神こそプミ族の崇拝するトラの化身ということだ。

 ミャオ族の「天女の里がえり」という話は、君島久子氏が1980年以来数回にわたり訪問した貴州省の黔東南苗族トン族自治州の施洞で、直接ミャオ族の方から聞いた話で中国に広く伝承している羽衣説話のうち、天女と共に昇天した男が、天上で天女の親から難題を課せられるという代表的な難題型の話。この話で天女の父親から課される厳しい難題は「天の山やまにはえている木を、一日のうちに全部切り倒せ」「一日で山を全部焼きつくせ」「天の大木の皮はぎの競争をせよ」「はるか遠方の廟に、みごとな銅鼓があると聞く。祖先の祭りにはぜひ必要なので、それを盗んできてほしい」というもの。また、男が追いかけられて逃げる時、物を投げながら逃げる「呪的逃走モティーフ」は、この話では、トゲの種がいばらになり、竹の種がタケノコになり、山水の種が山や川になって追手をさえぎっている。

 その他、「岩じいさん」や「歌をうたうねこ」の話では、日本の話でよくある「正直な爺」と「欲張りな隣の爺あるいは欲張り婆さん」という対比ではなく、中国の伝承では一般的にみられる、「欲張りな兄」と「正直者の弟」という対比となっている。ヌー(怒)族の「妖怪の家」をはじめとして、妖怪が登場する話もいくつか紹介されているが、ウサギやカエル、ネコ、キツネ、ネズミなど、動物達が登場する愉快な話も少なくない。また、プーラン族の「巨人グミヤー」は、宇宙の創造を物語る雄大な話で太陽と月に関する話も面白い。尚、本書の表紙の絵をはじめ,本書の各話に関する挿絵は、昆明生まれで雲南師範大学で芸術家の教師をされ、少数民族の人々を描くことを専攻としている高茜さんによって描かれている。

本書の目次

岩じいさん (ミャオ族)
ウサギの裁判官 (チベット族)
ちぎれたしっぽ (漢族)
牛飼と織姫(漢族)
けものたちのないしょ話(プミ族)
ソンジャラモ(チベット族)
九人のきょうだい(イ族)
妖怪にとられたこぶ(シボ族)
ふしぎな短剣(ウイグル族)
チベット王の使い (チベット族)
歌をうたうねこ(タイ族)
石の門よひらけ(漢族)
ぼうしになったキツネ(ウイグル族)
兄と妹(ジンポー族)
天女の里がえり(ミャオ族)
今夜妖怪がくる(トゥー族)
娘とやまんば(ヤオ族)
狩人ハイリーブ(蒙古族)
妖怪の家(ヌー族)
ネズミ美人(カザフ族)
人形の恋(ミャオ族)
カエルの家出(ジンポー族)
サンジシャー物語(タイ族)
靴のゆくえ(朝鮮族)
小さな黄色い竜 (ペー族)
ウスマンじいさんの秘密(ウズベク族)
巨人グミヤー (プーラン族)
解 説

メコン圏地域に居住する少数民族の民話
(ここにあげた中国各族の人口は、1990年い行われた第4次全国人口調査の統計によるもの)

ミャオ族
▼「岩じいさん」
ミャオ族は、貴州省を中心に湖南省や雲南省などにも住んでいる。人口はおよそ740万人。言語は苗瑤語族に属している。この話は、湖南省湘西土家族苗族自治州に住むミャオ族の間に語り伝えられているもの
▼「天女の里がえり」
君島久子氏が1980年以来数回にわたり訪問した貴州省の黔東南苗族トン族自治州の施洞で、直接ミャオ族の方から聞いた話
▼「人形の恋」
この話は、貴州省の黔東南苗族トン族自治州に住むミャオ族が伝承しているもの

プミ族
▼「けものたちのないしょ話」
プミ族は雲南省の西北の山地に住み、人口は約3万人。言語はチベット=ビルマ語族に属している。もとは青海、甘粛、四川の三省が接する辺境の、高山寒冷地にいた遊牧民が南下したものらしく、13世紀以降、現在の地に定着したといわれている。

イ族
▼「九人のきょうだい」
この話を伝えたイ族は、四川省凉山イ族自治州(大凉山)に、全体のおよそ三分の一が住み、そのほかは雲南省や貴州、広西などに居住している。人口は約658万人。言語はチベットービルマ語族に属しているが、イ語には6種の方言がある。13世紀頃文字もできる。唐代の8世紀には独立王国「南詔国」が成立していたが、その主な支配民族はイ族系の人々と考えられる。明、清時代には「ロロ」と呼ばれたが、解放後、自称をもとに「イ族」に統一。

タイ族
▼「歌をうたうネコ」
この話を伝えたタイ族は、雲南省の南端、ミャンマーとの国境地帯のシプソンパンナに、一部は省の西部徳宏地区に住んでいる。人口は約103万人。言語はチワン=タイ語族に属している。
▼「サンジシャー物語」
この話を伝えているタイ族は、雲南省の西端、ミャンマーと国境地帯を接した徳宏タイ族ジンポー族自治州に住んでいる。タイ族人口の103万人のうち、多くは南のシプソンパンナに住んでいるので、この徳宏地区はその一部のタイ族ということになる。けれでも南の人々は白タイ、この地区の人々は黒タイと呼ばれ、体系や言語も多少異なっている。

ジンポー族
▼「兄と妹」
ジンポー族は、雲南省の西端、ミャンマーとの国境地帯、徳宏タイ族ジンポー族自治州の山間部に住んでいる。人口はおよそ12万人。言語はチベット=ビルマ語族に属している。
▼「カエルの家出」
ジンポー族は、雲南省西部の辺境、徳宏地区に住んでいるが、国境を越えたミャンマーやタイやインドには、さらに多くの同じ民族が暮らしており、そこでは総称してカチン族と呼ばれている。

ヤオ族
▼「娘とやまんば」
この話を伝えたヤオ族は、広西チワン族自治区に全人口の67%が住み、湖南、雲南、貴州などに散在している。人口はおよそ214万人。この話は広西の巴馬一帯で語られているもの。

ヌー(怒)族
▼「妖怪の家」
ヌー族の人口はおよそ2万7千人と少ないが、古い歴史を持ち、唐代にはすでに怒江流域に暮らしていたといわれる。言語はチベット=ビルマ語族に属する。

ペー(白)族
▼「小さな黄色い竜」
ペー族の人口はおよそ159万人、その60%が雲南省大理白族自治州に住んでいるほか、四川省や貴州省、そして湖南省にもわずかながら住んでいる。言語はチベット=ビルマ語系に属する。

プーラン族
▼「巨人グミヤー」
この話を伝えたプーラン族は、中国の雲南省西南部、ミャンマーと国境を接したシプソンパンナの山岳地帯に住んでいる。人口は8万2千人余り。たいそう古い民族で、狩猟と採集の生活をしていたが、のち焼畑耕作を行うようになる。言語は南アジア語系モンクメール語族に属している。文字はなく、そのかわり、豊かで大らかな伝承をたくさん伝えている。

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