メコン圏を描く海外翻訳小説 第7回「特殊部隊 フェニックス作戦」(エリック・ヘルム 著、北島 護 訳)

メコン圏を描く海外翻訳小説 第7回「特殊部隊 フェニックス作戦」(エリック・ヘルム 著、北島 護 訳)


「特殊部隊 フェニックス作戦」(エリック・ヘルム 著、北島 護 訳、 並木書房 1991年12月)《原作は1986年》

<著者紹介>ERIC  HELM
エリック・ヘルムは、2人のヴェトナム戦争体験者の名前を組合わせたペンネーム。エリックはF-4戦闘機のパイロットをへて、米特殊部隊グリーンベレーに志願入隊。元陸軍少佐。ヘルムは元米空軍士官。(本書著者紹介より、本書発刊当時)

<訳者紹介> 北島 護(きたじま・まもる)
早稲田大学第一文学部卒業。英米文学翻訳家。専門は世界の特殊部隊と英国陸軍史だが、広く戦史一般にも関心をもっている。(本書訳者紹介より、本書発刊当時)

本書は、1986年に出版された『VIETNAM : GROUND ZERO』 (ERIC HELM著)の日本語翻訳作品。この原著は、アメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の活動、待伏せ、上層部との確執、中国軍事顧問団の存在など、ヴェトナム特殊戦の実態をリアルに描破した戦争冒険小説で、アメリカで発売されると大評判になり、『VIETNAM : GROUND ZERO』の名前でシリーズ化されている。著者のエリック・ヘルム(ERIC HELM)は、2人のヴェトナム戦争体験者の名前を組合わせたペンネームで、エリックは、元グリーンベレーの陸軍少佐、ヘルムは米空軍の元パイロットという経歴だ。このうちエリックの方は、ウェスト・バージニア州のナショナル・ガード(州兵)の空軍パイロットとしてヴェトナムで活躍したが、多くの兵隊の憧れであるパイロットをさっさと辞めてグリーンベレーに志願入隊し11年間を地上戦の尖兵として奮戦した。彼は本名(ドナルド・エリック・ズロトニック)で、”FIELDS OF HONOR”というヴェトナム戦記小説のシリーズも出している。

 本書の主な登場人物たち、アメリカ陸軍特殊部隊(グリンベレー)Aチームメンバーが任務につくアメリカ特殊部隊前進基地A-555、通称”トリプル・ニッケル”(ニッケルは5セント白銅貨)は、ヴェトナム共和国(南ヴェトナム)の”オウムのくちばし”地帯南方にあり、北側のカンボジア国境から15kmの距離にある。この基地(キャンプ)には、アメリカ兵以外に、南ヴェトナム兵やタイ兵がおり、本書の巻頭には、指揮用陣地、機関銃陣地、アメリカ兵・南ヴェトナム兵・タイ人兵の兵舎、滑走路、通信用陣地、ヘリコプター離着陸場、射撃指揮搭、弾薬集積所、医療室、土塁など、全周を6重の有刺鉄線がとりかこみ、対人方向性地雷(クレイモア)や仕掛け式の信号弾、ブービートラップなどがはじめぐらされいるこの基地内の詳細な配置図が掲載されている。

 本書のストーリーは、アメリカ特殊部隊前進基地から南南東にほぼ15キロ行ったメコン河系に属する支流が網の目のように走っているあたりを偵察行動中の南ヴェトナム軍レインジャー部隊が行方不明になったと、近くのアメリカ陸軍特殊部隊前進基地の司令官でありグリンベレーAチームの指揮官隊長であるマック・ガーバー大尉が連絡を受けることから始まる。ガーバー大尉は、フェターマン曹長にグリンベレーの武器担当のタイム一等軍曹とタイ人の二個分隊を引き連れ現場に急行することを命ずる。フェターマン曹長たちは、そこで南ヴェトナム軍レインジャー部隊がヴェトコンの待ち伏せを受けて全滅しているのを発見するが、カンボジア領内に逃げ込むヴェトコン部隊のなかに中国軍将校の姿を見る。

 その中国軍将校こそ、ここ数ヶ月にわたって彼らを悩ましてきた狡猾なヴェトコン部隊のリーダーに違いない -そう確信したフェターマンは隊長のガーバー大尉に中国軍将校の暗殺を進言する。だが、中立国であるカンボジア領内への侵入は軍規で禁止されているうえに、公式には参戦していない中国人を殺害することは国際問題を引き起こす恐れがある。ガーバー大尉は難色を示すが、おりしもCIAによってヴェトコン要人暗殺計画<フェニックス>が発動された。かくしてフェターマン率いる暗殺チームはCIAの暗黙の承認のもと、カンボジアに潜入するが・・・。

 本書のタイトルから、戦闘や特殊作戦の遂行などグリーンベレーの活躍を派手に描く小説かと思いきや、もちろんプロフェッショナルで手際のよいグリーンベレー隊員たちの任務遂行ぶりも書かれてはいるが、ガーバー隊長とアメリカ陸軍第3軍管区司令官であるクリンショウ将軍との間の激しい確執の数々のシーンが凄まじく、こちらの方の展開がどうなるかが大いに気になるところだ。ガーバー大尉の部下2人が中立国で外国籍の人間を殺害した廉で憲兵隊に逮捕され、ロンビン刑務所に送られてしまい、軍事裁判法に基づく手続きが進められる事になる。また、カンボジア領内に潜入しヴェトコン前進基地を目指すフェターマン率いるメンバーが、ヴェトコン・北ヴェトナム側の重要な補給線であるホーチミントレイルにカンボジア領内でぶつかる場面があり、ホーチミントレイルについて以下のように書かれている。《本書94頁~95頁》

  ”やっと(ホーチミン)トレイルにたどりついてみて、フェターマンは驚いた。ヴェトナムへ来てからずっと、ホーチミンとれいるというのはジャングルでよく見かける小道と大差ないものだと思いこんでいたのだ。多少は広くて、よく整えられているかもしれないが、大したことはないと思っていた。ところが今、目にしているのは、小道などではなかった。今うずくまっているジャングルの端からトレイルの反対側の端までは、ほぼ20メートルはあった。目をあげると、重なりあうジャングルの木々は、道の上でトンネル状に切り開かれている。植物はルートぎりぎりまで迫っているが、そこで切りたおされている。まるでアメリカのハイウェイ局が使っている草刈り機で刈りとったようだ。頭上の枝々は密に重なっているので、上空からは地上の動きは見えないにちがいない。トレイルの路面は、まるでコンクリート製のように見えた。手を伸ばしてさわってみると、土と小石をつき固めたものだとわかった。表面はなめらかで、穴があいていたり木の根がつき出していたりする様子もない。アメリカで建設中の最新の州間ハイウェイに劣らず、みごとに整備されて使われているのだ。・・・・”

 尚、本書の巻末には、アメリカ陸軍特殊部隊在隊21年の元アメリカ陸軍曹長の三島瑞穂氏による解説が付されている(三島氏の自伝は、かつて週刊プレイボーイに連載され、単行本『グリンベレーD446』(並木書房、1989年6月発行)となっている)。ここでは、本書において重要な意味を持っている2つの関連テーマ、中国軍事顧問の存在と、ヴェトコン組織の要人とそのシンパの暗殺という「フェニックス作戦」について、興味深い解説が加えられている。中国軍事顧問の存在についての三島氏の解説文章は以下の通り。

  ”アメリカ軍の本格的なヴェトナム介入に先立ち、世界共産圏のリーダーシップを目指したソ連と中国は、競って北ヴェトナム支援を始めた。当初はソ連の支援の方が優勢だったが、中国もその遅れを取り戻すべく、大規模な軍事支援、経済支援を行った。本書に登場する中国軍将校の存在も、そうした支援の一環で、珍しいことではなかった。ミリタリーアドバイザーとして中国、ソ連ともに多くの軍事顧問員が派遣され、北ヴェトナム正規軍やヴェトコンと行動をともにしたのは事実である。ただし、実戦行動の場合は、これらの軍事顧問は17度線以北、ラオスやカンボジアの国境までは展開しても南ヴェトナム国内へ越境することは稀だった。これは南ヴェトナム領内で政府軍やアメリカ軍に捕まった場合、国際政治問題になることを恐れての配慮であったが、外見上は北ヴェトナム兵士と見分けのつきにくい中国の顧問員は、しばしば越境して軍事作戦を指揮していたのも事実である。一方、われわれ特殊部隊員も、この本にあるように、再三、南ヴェトナム国境を越えて、ラオス、カンボジア領内に入り、軍事活動を続けた訳であるが、北ヴェトナムや中国の戦記作家がどのようにそれを描いているのか、もしあればぜひ読んでみたいものである。”

本書の目次

プロローグ
1. 待ち伏せ
2. フェニックス計画
3. 越境作戦
4. ヴェトコン基地
5. ホー・チ・ミン・トレイル
6. 狙撃
7. 最後の合流地点
8. 逮捕
9. ロン・ビン刑務所
10. クリンショウの策略
11. 中国軍の証拠を
12. 再びカンボジアへ
13. 軍法会議
14. 対決
15. 戦いは続く
解説 (三島瑞穂)

関連テーマ
●フェニックス作戦とPRU (Provincial Reconnaissance Unit)
●北ヴェトナム正規軍やヴェトコンにおける中国軍事顧問の存在
●”オウムのくちばし”地帯
●カンボジア政府の中立性
●ホーチミン・トレイル

ストーリー展開時代
・1965年
(時代についての明記は本書の最初からないものの、終盤の軍法会議で法務官が訴因および罪状を宣言する場面があり、ここで1965年6月12日もしくはその前後という時期が明らかにされている)

ストーリー展開場所
・ヴェトナム共和国(南ヴェトナム)
・”オウムのくちばし”南方のメコン河地帯 ・サイゴン ・タンソンニュット ・ビエンホア ・クチ ・ダウティエン ・ソンベ  ・タイニン ・ニャチャン ・ロン・ビン ・ゴ・ダウ・ハ
・カンボジア
・コンポン・ラウ北方のヴェトコン前進基地 ・スヴェイ・リエンの北方カンボジア領内17キロ
・タイ ・バンコク

主な登場人物たち
・マック・ガーバー大尉(アメリカ陸軍特殊部隊Aチーム隊長)
・ジョニー・ブロムヘッド中尉( ” Aチーム副隊長)
・アンソニー・フェターマン先任曹長(  ” Aチーム作戦担当)
・ジャスティン・タイム一等軍曹(  ”  Aチーム武器担当)
・サリー・スミス一等軍曹(  ”  Aチーム爆破担当)
・デレク・ケプラー一等軍曹(   ”  Aチーム情報担当)
・ギャルヴィン・ボッカー二等軍曹(  ”  Aチーム通信担当)
・サム・アンダーソン軍曹( ”  Aチーム通信担当)
・イアン・マクミラン軍曹(  ”  Aチーム医療担当)
・T・J・ワシントン軍曹(  ”  Aチーム医療担当)
・ミン大尉(南ベトナム政府軍、基地司令官)
・バオ中尉
・レ・フォウク・ハイ中尉
・スエン軍曹(南ベトナム政府軍)
・クルン軍曹(タイ人チーム・リーダー)
・レ・カン
・キトリッジ
・アラン・ベイツ中佐(アメリカ陸軍特殊部隊Bチーム司令官で、ガーバー大尉の直属上官)
・ビリー・ジョー・クリンショウ准将(アメリカ陸軍第三軍管区司令官)
・ジェリー・マクスウェル(CIA局員)
・ロビン・モロウ(女性ジャーナリスト)
・チュエン・チ・ラム少尉 (南ヴェトナム陸軍レインジャー部隊)
・ヴェトコン部隊の戦術指揮をとる中国軍将校
・ヌイェン・ヴァン・ヴォー将軍(ヴェトナム共和国(南ヴェトナム)軍)
・カレン・モロウ(アメリカ空軍看護婦)
・ヒューストン少佐(ニヤチャンの第5特殊部隊指令部)
・デニス・ウィルソン(アメリカ軍務局に配属されている弁護士)
・ジェイムズ・マッコウエン少佐(検察官)
・ジョン・C・ハペル2等軍曹(タンソンニュットの第205補給中隊)

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