メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第11回「ラオス 素敵な笑顔」(安井清子 著)

メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第11回「ラオス 素敵な笑顔」(安井清子 著)


「ラオス 素敵な笑顔」(安井清子 文・写真、NTT出版、1998年12月発行)

≪著者紹介≫安井 清子
1962年東京生まれ。1984年、国際基督教大学卒業。ボランティアとして、タイのラオス難民キャンプとラオスで、子どもたちのための図書館活動にたずさわる。現在は、ラオスのモン族の民話や文化を記録する活動をするかたわら、アメリカなどに渡ったモン族の人々のその後の生活も追っている。タイ語、ラオス語、モン語、英語を話す。著書に、難民ボランティアとして活躍していた時の話をまとめた『空の民(チャオファー)の子どもたち』(社会評論社)、子ども向けの絵本『チューの夢 トゥーの夢』(福音館書店)、『森と友だち 川と友だち』(草土文化)、訳書に『かたつむりとさる』(福音館書店)、『しーっ! ぼうやがおひるねしているの』(楷成社)がある。(本書紹介文より)ー本書発刊当時ー

”泣きたくなるほど懐かしい、そんな出会いがいっぱいです” ”ラオスでは、人間は人間らしく、ブタはブタらしく、みんないっしょに空の下で生きている”

これらは、本書『ラオスすてきな笑顔』の帯の文章であるが、ラオス好きの人にとっては、表紙カバーの写真を見ながら、この帯の文章に触れるだけで、何か心にじーんとくるものがあるのではないだろうか? 表紙カバーの写真は、ラオス東北の端、ベトナム北西部と国境を接しているフアパン県内の山奥地の青モン族(Hmong)の村、フアイスアン村の麻畑での3人のモン族少女たち。本書には、一般読者にとっては見知らぬ人や土地を撮ったたくさんの写真が収められているのだが、どの写真を見ても懐かしく感じるのは不思議だ。

 本書は、ラオスに長年深く関わりつづけてきた著者が、ラオスに生きる人々の素顔を、飾りのない言葉で綴ったものだが、本書冒頭に、著者が”ラオスに関わるようになったわけ”が、大学4年の就職活動の時からその後の経緯も含め述べられている。著者・安井清子氏といえば、タイ・ルーイ県にあったバンビナイ難民キャンプで、モン族のおじいさんから名付けてもらったモンの名前”パヌン”(”ひまわり”の意)を大切にされていることでもわかるように、モン族とのかかわりが深い。

 本書でも、フアパン県、シェンクワン県、ボケオ県、ビエンチャン県のモン族の人たちの様子が紹介されるが、モン語ができ、モンの人々と長年深く付き合っている著者だからこそできる、モンの人々の魅力が、心暖まる写真とともに引き出されこちらに伝わってくる。中でも、藍と麻で丹精こめて色鮮やかな衣装を織って来たモンの女性たちは素敵だ。上着の片方のそでを脱ぎもろ肌出して藍染めをする元気あふれるモウばあちゃんと、著者とのかしこまらないやりとりによる藍染め講座は楽しく学べる。麻の皮から糸を撚り、煮て白くし、白い麻布を織る過程や、藍(モン語で”ガン”)の葉を水に漬けるところから藍の液ができるまでの工程が写真でも紹介されている。このモウばあちゃんとはは、どうな人かなあと、ちゃんと、ページ大のカラー写真でも登場する。威勢のよさそうなばあちゃんではあるが、一人暮らしのモウばあちゃんの語る夫や母親の話は、妙にせつなくかなしい。

 他にもしみじみとした素敵な話やユーモラスな語りの話がいろいろと掲載されており、「ゆで芋」と題した文章は、2ページ分の短い文章ながら心に残る話だ。また著者が、かつてタイの難民キャンプで出会いその後アメリカへ渡る娘同様の姪と別れラオスの中でも山深いサムヌアに戻った帰還難民のツァイばあちゃんをフアバン県の中心地サムヌア近郊の山の村に訪ね再会する話も感動的だ。ラオス北西部、ボケオ県フアイサイ郡の難民帰還村での最長老のおじいさんが語る昔の暮らし、タイに逃げた時の様子、タイの難民キャンプの生活、加えてタイに残りアメリカ行きを望んでいる息子への呼びかけの語りも一読に値する。更に語り継がれるモン族の歴史や、モン族の生活に深く関わる焼畑、妖怪・悪霊などの話も取り上げられている。

 著者あとがきに、今の日本の社会、日本人が失ってきたものについて、なるほどと思える文章があるので、一部以下に引用したい。

  ”・・・・・・・ ラオスでは、少し田舎に入ってしまうと、まだまだ電話も連絡手段もなく、足で歩いて行かない限りは、会えないような場所まで来ると、その別れは、この次いつ会えるか会えないかもわからない別れである。だから、会えない人を思う気持ちークッドホード、ンジョンジョー(懐かしい、恋しい、いないと寂しく思うという意味のラオス語、モン語)という気持ちが、より強いのだと思う。自分がそのような土地に行って、人々との出会いと別れをくり返すうちに、はじめてそんなことが、少しずつ身にしみてわかるようになってきた気がする。日本のようにコミュニケーションの手段がお手軽で便利でないだけに、出会いと別れはもっと真剣で、そして鮮烈なのだ。・・・・・・・”

 尚、著者・安井清子氏による『空の民(チャオファー)の子どもたち 難民キャンプで出会ったラオスのモン族』(1993年)の増補改訂版が、今年(2001年)1月、初版同様、社会評論社から出版された。この書には、本書「ラオスすてきな笑顔」で登場するツァイばあちゃんとの出会いや、著者がモンの名前を名付けてもらう話などが詳しく書かれている。

本書の目次

ラオスに関わるようになったわけ
古都と夕焼け ルアンパバン
飛行機の窓から
三体の小さな仏さま/メコン川をみながら/シェントーン寺の少年僧/ ネコとネズミ
風船売りの少年

藍染めの村にて サムヌア
藍と麻を紡ぐ人々/女たちの刺繍端会議/モウばあちゃんの藍染め講座/ お母さんが作ってくれたスカート/村長の息子たち/語り継がれるモンの歴史

空と生きる山の民 シェンクワン
あんたたち何しに来たんだい?/山の妖怪/悪霊が怖がるもの/空に祈る/ 犬は犬なのだ/ブタの味わい
忘れられない光景
水くみ/ゆで芋/バスの車窓から

難民と呼ばれた人々
難民帰還村、最長老のおじいさん/たくましい子どもたち/豚のえさやり/ 離ればなれになった兄弟/多民族国家ラオス/トゥーのこと/少年の死/ シェンのかわいい傘/焼畑/種もみまき

クリスマスとお正月
ツァイばあちゃんとのクリスマス・イヴ/再び、フアイスアン村を訪ねる/山を下る

あとがき

●安井清子氏のHP 「パヌンのかぼちゃ畑」

モン族の言い伝え(本書P78で紹介されているものの引用)
石が花ひらき  Hnub twg yog
崖が実をむすび   Lub pub zeb tsis tawn paj
牛にきばがはえ  Pob tsuas tsis txi txiv
馬に角がはえ  Nyuj tsis tuaj kaus
水が山をさかのぼる  Nees tsis tuaj kub
そんな日がこない限りは  Dej tsis los nce thoj
モンはモンでありつづける  Ces peb tseem ua peb Hmoob

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