野口ジム襲撃事件(キックボクシング事件)

2001年6月掲載

1972年10月バンコクに開設されたばかりの「野口キックボクシングジム」が襲撃された事件

タイの国技キックボクシングを長らく日本に紹介し、日本とタイのボクシング界の親善に尽くしてきたとも言われる野口修氏が社長として率いていた日本のキックボクシング界の草分け、野口プロモーション(本社、東京都目黒区)は、1972年10月10日、野口修社長の実弟恭氏をコーチ役としてバンコク市内の目抜き通りに「野口キックボクシング・ジム」を開設。日本から選手16人を呼び、タイ随一といわれる近代設備のジムで練習させ、それを見物かたがたお茶を飲む喫茶店の施設を備えた派手な店構えだった。

しかし、このジムの看板が「タイボクシングジム」ではなく「キックボクシングジム」であったこともあり、「タイの国技を汚すものだ」という一部タイ世論の強い反感を買い、1972年10月15日夜、同ジムにピストル弾3発が打ち込まれたのに続き、10月16日には高校生と見られる一団の抗議デモが押し寄せ、ガラス瓶で大ガラス1枚が割られる騒ぎが起った。

両事件とも同ジムの閉店後の出来事だったため、けが人は出なかったが、更に10月16日夜には、日本・タイ対抗のキックボクシング試合が行われた市内のラーチャダムネンボクシングスタジアムで、野口社長がタイ・ボクシング関係者の1人に顔面をなぐられる事件も起きた。10月17日にも同社長の手元には「殺す」「日本の犬」など激しい文面の脅迫状が舞い込んだ。

野口キックボクシングジム開設の翌日(1972年10月11日)からタイの代表的な大衆タイ字紙「タイ・ラット」が、”野口ジムは神聖なタイの国技を冒すものだ。タイ・ボクシングという名前を使わないことは、日本製のキックボクシングを押し付けようとするもので、悪質な経済侵略だ”と”ジャップ”という言葉まで使って激しいキャンペーンを始め、同紙は10月17日付では、1面に「Go Home、野口!」と野口氏の写真入りで書きたてた。

10月17日、野口氏は、タイ側のプロモーターと一緒に会見し、「名前もタイ・ボクシングに変える。タイとの親善が目的なのだから」と語るが、10月18日には、紛争の発端となった問題の「野口キックボクシングジム」の大きな看板がすべてはずされ、ガラス張りの公開練習場の使用も中止され、ジムは閉鎖となった。野口修社長自身は、10月18日午前バンコクを離れ、香港経由で10月19日夜帰国した。

この「野口キックボクシングジム」は、1972年10月9日に開店したタイ大丸デパートの豪華な新店舗を中心とする商店街「ラチャダムリ・アーケード」の一角を占めていたが、1972年10月18日にはタイ大丸に爆弾をしかけたとの脅迫電話がバンコクの警視庁あてにかかっている。更に1972年11月にはタイ全国学生センターにより全国的な日本製品ボイコット運動が進められ、野口ジム事件が起った頃から日本の経済進出に対する抗議の運動が高まっていくことになる。

参考文献:
*1972年10月の日本主要各紙

●タイ・ボクシング(ムエタイ、モワイタイ)
西洋ボクシングが拳のみを使うのに対し、タイ・ボクシングは拳だけでなく、ヒジやヒザ、足を使って攻撃をする。タイ・ボクシングのワザは、9つの部分(頭、両拳、両膝、両脚)を使うことからナワ・アウット(9武器)と称し、①頭や額で突くもの6ワザ ②拳で殴るもの24ワザ ③ヒジで突くもの30ワザ ④ヒザで突くもの12ワザ ⑤脚(すね、くるぶし、足の甲)で蹴り、踏みつけ、挟むもの36ワザ の計108手があり、それぞれに名前がある。
1ラウンド3分で5ラウンド制。体重別にクラスが分かれている。試合に先立って、ワイクルー(拝師舞)という薫陶をいけた恩師に対し感謝をささげて吉祥を祈る儀式を行う。

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