第9信「ラオス華僑の中国正月」「結婚式の招待状」

(2003年5月号掲載)

2003年4月12日
国連ボランティア 地下水開発エンジニア
村山明雄

「ラオス華僑の中国正月」

 今年の2月15日は旧暦の1月15日、つまりこの日は中国では「元宵節」日本でいえば「小正月」になります。この日、夕方になるとビエンチャンの華僑はメコンの岸にある中国の廟に行きます。華僑と結婚して9年の桜ちゃんのパパも「元宵節」のことは知りませんでした。義理の父に頼まれて、中国理事会に寄付金を持っていってくれとのこと。妻の淑珍そして義理の妹の少梅にニアンと娘の桜、蘭を連れて行きました。

 まず最初に御線香を焚いてお参り。それから少梅とニアンは御金を借りました。異国に住んでいて、その国の金融機関がしっかりしていないところでは、華僑は商売の為に御金を融通しあいます。これは外国での同族の相互扶助の意味で行われているのでしょう。

 ビエンチャン華僑の約束では、例えば、今年100バーツ借りると、来年は倍返しで200バーツにして返します。ほとんどの人がちゃんと次の年には倍にして返すそうです。近所に住んでいるラオス人も借りに来るようですが、なかには返さない人がいるとか。ここでキーポイントは、キップではなくバーツであることでしょうか。やはりキップは安定していないのでタイの通貨で決済するようです。

 さて少梅は99バーツ借りました。今では実際に商売に使うのではなく縁起物として考えているようです。商売繁盛を願って「元宵節」に御金を借りる、商売が上手くいって来年はもっと御金持ちになれますように、と願っているのでしょう。この99バーツという金額には意味があります。ラオス語の「9」の発音は同じくラオス語で「発展する」という
単語と発音が似ているので、ラオスやタイではラッキー・ナンバーのようです。タイのバーゲンでも値段の端数がよく9になっています。日本なんかは、680円とか780円とか、8が大好きなようですが。

 桜ちゃんのパパは御金を借りませんでしたが、縁起物でミカンを買いました。そうすると次の日の日本人運動会ソフトボールで優勝しました。

 借りる人が多くて、手続きに時間がかかり少梅とニアンが御金を借り終ったのは12時近くになっていました。

 他の東南アジアの華僑もこういったことをしてるのでしょうか。昔の中国人は御正月とこの元宵節で御金を散在して大変だったそうです。そういえば家の近所のフォンサリー県から来た、ホー族(中国の少数民族)の人たちも、この元宵節では家で盛大にパーティーをしていました。

 やはり、中国人は御正月は旧正月ですね。

 さてお正月の楽しみはなんといっても獅子舞です。中国理事会でも獅子舞を準備して華僑の家に順番で来ます。普通は決められた順番に来るのですが、時々順番が違うこともあります。葱を家の前に吊るしておいて、それを獅子に食べさせるのです、そのなかに御金も包んでおきます。獅子舞いが来る予定時間になると準備するのですが、タイミングがずれて遅れる場合もあります。そういった場合、隣の家に先に行ってしまうケースも。

 ある年、サムセンタイにある妻の淑珍の実家も、獅子舞いを頼んでいたのですが、どういうわけか獅子舞いが別の場所に行ってしまい、それを見た義理の父は激怒、後で来たのですが踊りをさせなくて帰らせました。それ以来、サムセンタイの実家では獅子舞いを呼んでいません。どうも連絡がわるかったのと、町名の解釈の違いで誤解があったようです。

 今年のお正月も同じような問題が、ある華僑の家に獅子舞いが先に来るはずが、隣の家に行ってしまったものだから、ここの主人が怒って、獅子舞いを入れなかったとのこと。このような問題はよくあるようです。

 正月から怒るのはよくないのですが、こういったところに中国人のこだわり、面子があるのでしょうか。

 ちなみに獅子舞いの少年たち、着ている服は理事会の少年部とかいうTシャツですが、実際はラオス人の子供たちで、華僑の子供たちはほとんどいないようです。以前、妻の淑珍の弟も獅子舞いをやっていましたが、御祝儀が少ないのにけっこうキツイのでやめたそうです。従って今はラオス人の子供が主力です。

 だから来年、獅子舞いの時 よく注意して見てみてください。同じ理由かどうかわかりませんが、日本の華僑の獅子舞いも華僑の子供ではなく今では日本人が主力のようです。

 

「結婚式の招待状」

 べスさんは25歳のオーストラリア人。明るくて社交的、そして英語のネイティブ・スピーカーにしては珍しくラオス語も一生懸命勉強している。ノンヘットの日本のNGOが建てた職業訓練校に泊り込んでボランティア活動をしている。

 私のプロジェクトの現場もノンヘットにある。ある週の金曜、べスさんが資料の収集ということで、ポンサワンの我々の事務所にやってきた。彼女のお相手をしたのは、アドミニのラーティー君。美人に弱い彼の性格の故、その週末にある彼の親戚の結婚式にまで招待した。ちょうど招待状が余っていたゆえ、彼女に差し上げたしだいだ。ラーティー君の家はポンサワンのちょっと郊外にある。したがって外国人が一人で来るのはちょっと無理。お迎えが必要である。

 しかしラーティー君、奥さんのお姉さんが結婚するゆえ、式の主催者側である。ちょっと抜け出して簡単にべスさんをゲスト・ハウスに迎えに行くわけにはいかない。そこで白羽の矢がささったのが桜ちゃんのパパ。
バイクに乗って、彼女をゲスト・ハウスに迎えに行き、式場であるラーティー君の家にエスコートすることになった。私は車がないのでバイクの後ろに乗ってもらう。

 さて、べスさんを後ろに乗っけて桜ちゃんのパパは式場に向う。
ラオスの結婚式場には必ず御喜びを入れる箱がある。新郎新婦、親戚に挨拶して、招待状の封筒に御喜びの御金をいれて、その箱に入れるのである。

 さて、桜ちゃんのパパが先にたって、後にべスさんが続くという形で結婚式場に入った。桜ちゃんのパパが御喜びをいれた招待状を箱に入れるのを見て、べスさんが「アー」という叫び声を上げたように聞こえた。「アー、そうだったのだ」 どうも、彼女はお喜びを包んでくるのを忘れたようだった。というより、初めて出席するラオスの結婚式の故、習慣をしらなかったらしい。ということで非は、ラオスの習慣を説明しなかった桜ちゃんのパパにある。

 しかし、パパも意地悪で教えなかったわけではない。物事に100パーセントの非はない。罪びとの弁解も聞くべきだ。桜ちゃんのパパが何も教えなかったのは、彼女はボランティアで来ている、当然月に何千ドルももらっている専門家ではない。彼女の場合はいくらくらい包むのがいいのか、私の口からは説明しずらいことである。さてその後、ラオス人にこの事を説明して意見を聞いてみた。

 彼によると「ボーペンニャン」 これほどラオスらしい言葉はないだろう。よく日本人のなかで「ボーペンニャン」を「かまいません、いいんですよ」こういった意味だと思っている人がいる。ケースによってはこの訳でいい場合もあるが、これでは意味が通じないケースもあるからやっかいだ。今回は「かまいません」と訳して大丈夫。この問題は別の機会で触れることにしよう。

 ラオスの結婚式の招待状をよく見てもらいたい。
(1)結婚している人には、 AKIO ポーム・ドウアイ・コープクア
要するに、明雄さん そしてご家族様 つまり奥さん、子供連れで来て下さい という意味になる。

(2)独身の場合  MAKOTO ポーム・ドウアイ・クー・ハック
これは真さん そして恋人 つまり真さんにもし恋人がいれば、彼女も一緒にということである。もちろん、真さんに彼女がいなければ、男友達と一緒でもいいのである。
(真さんとしたのは、別に意味があって真にしたわけでありません。もし真さんが読んでも自分だとは思わないでくださいね)
 

 さて今回のケースであるが、一緒にバイクで来た、日本人と外人のカップルということで、事情を知らないラオス人の目から見れば、(2)のケースと考えられる。従って私と一緒に来たべスさんは、私の彼女ということで、御祝いを渡さなくても別に失礼ではないのである。またラオス人は夫婦で結婚式に行く時、奥さんが御喜びを持って渡すケースが多いようである。だんなの方は場合によっては奥さんがお喜びをいくら包んでいるか知らないケースもあるという。ラオスの夫婦は財布は妻が握っているカップルがおおい。ちなみに、若いカップルが食事して、もし男が金を払っていたら、これはまだ結婚していない。もし女性が払っていたら、この2人は夫婦である。このように観察できる。

 招待状を上げる場合は、このように一人ではなく、必ずカップルで来れるように考えているラオスの習慣は、一人しか招待しない日本人の習慣より心の広い良き習慣だと私は思います。皆さんはどう思いますか。

 ちなみに、昔のラオスの結婚式には招待状はなかった。一軒ずつ招待したい人の家に直接でむいて、口頭で「是非、式に来てください」と直接言うわけである。これをラオス語で「ヒアク」という。結婚式に行くと、カンに御金を裸でいれて御両親に差し出す。其の際、記帳する人がいて、誰がいくらくれたか記録をとる。将来、それを参考にして、今度はその結婚式に呼ばれたらいくらあげるか参考にする。

 また招待状をあげないケースもある。これは親しい友人とかのケースで、この場合は、お客ではなく、ホストになるわけだ。したがって結婚式で胸に花をつけている人がいるが、これはホスト側としてお客さんの接待にまわる。

 シェンクアンの結婚式は一般にビエンチャンより派手で、いつも御馳走が余っている。これはラオス人の気質で、パーティーに御客さんを招待して、料理や御酒が足りなくなったら恥ずかしいということによる。

 また、ビエンチャンの結婚式では、お米素麺(カオ・プン)を出すがシェンクアンは出さない。本来これは先祖の供養の行事にだすもので、つまり死んだ人に出すものである。従って、御めでたい結婚式にだしてはいけないとシェンクアンの人は言っていた。
しかし、カオ・プンは安くて量が沢山できるのでビエンチャンでは好まれているとか。

 最後に、今ではもう言わなくなったようだが、昔は結婚式で 離婚した女性が新郎・新婦に御酒を飲ませてはいけないと言われていた。これは縁起が悪いからである。

 ということで、結婚式にまつわる話もいっぱいある。

 

 
(C)村山明雄 2002- All rights reserved.

村山明雄さん(むらやま・あきお)
(桜ちゃんのパパ、ラオス華僑と結婚した日本人)
シェンクアン県ポンサワンで、地下水開発エンジニアとして、国連関連の仕事に従事。<連載開始時>
奥さんが、ラオス生まれの客家とベトナム人のハーフ
地下水開発エンジニア (電気探査・地表踏査・ 揚水試験・電気検層・ 水質検査)
ラオス語通訳・翻訳、 エッセイスト、経済コンサルタント、エスペランティスト、無形文化財上総掘り井戸掘り師
著作「楽しくて為になるラオス語」サクラ出版、翻訳「おいしい水の探求」小島貞男著、「新水質の常識」小島貞男著

 

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