「悪魔の果実殺人事件」

井原まなみ 著
光文社文庫、1993年10月
ISBN4-334-71779-9
(この作品は光文社文庫のために書き下ろされたもの)

 本書の著者・井原まなみ氏は、石井龍生氏との夫婦合作作品『アルハンブラの想い出』で第15回「オール讀物」推理小説新人賞(1976年)を受賞をしている女性推理作家で、石井龍生氏との合作は、『見返り美人を消せ』(第5回横溝正史賞受賞作品)や『警察署長』シリーズなどがあるが、本書は井原まゆみ氏の単独作品で、日本とタイを舞台とした長編推理小説。井原まゆみ氏の他の作品同様、本書も日本は神奈川県が舞台となっている。

 ストーリーの発端は、横浜・本牧の豪華マンションの屋上部分に造られた高級会員制クラブのプールで開かれた開業1周年の祝賀パーティ中に起こった殺人事件。祝賀パーティのメイン・イベントであったシンクロナイズド・スイミングのショーで、演出としてクス玉が割れた時に何かが起き、スペシャルゲストとして、元オリンピックの花形選手であった有名人の藤本ゆかりが演技の最中にプールで殺された。バイトでパーティの写真撮影をしていて事件の瞬間をカメラに収めていたフリーターの有坂真紀は、クラブのオーナーの娘・理沙と犯人捜しを始める。

 資産家のクラブオーナー・芦川社長と骨肉の争いを続けていた社長のイトコなどの存在に加え、女子水泳界の権力争いが明らかになっていく。事件直後、プールサイドのバーで働いていたスリラと呼ばれるタイ人女性が姿を消すとか、クス玉を作った会社が横浜・中華街のはずれにあるエスニックショップ「メナム」であったこと、真紀の友人の兄・矢崎豪が事件の謎を追うために新宿のタイ人カラオケやタイ料理店を調べまわるなど、本書前半部でもタイとの関わりが少なくないが、殺されたスリラの弟を探すために真紀と理沙はタイに飛ぶことになる。こうしてストーリーの舞台は、後半になってタイへと移っていく。

 ゴールデンウィーク明けに、真紀と理沙はチェンマイとバンコクを訪ねる。色々な観光スポットやホテルなどが登場し、いろな観光ツアーコースにも参加したりしていて、事件を追いつつも、2人は十分にタイ観光を楽しんでおり、読者まで観光旅行記を読んでいるような気にさえなってくる。しかしそんな優雅でのんびりとした雰囲気も、有坂真紀の身に迫ったチャオプラヤ川での舟上での危険な場面にはハラハラさせられた。暗い夜の大河を走るスピードボートでの犯人との対決シーンは緊張するが、話はここで完結せず、更にタイ滞在の終りに理沙に仕掛けられた別の罠が待ち受けていた・・。

 タイの国情や社会状況などは、NGOでタイの東北部に深入りしているという田辺という男などから紹介されたりもしているが、実家がチェンライからさらに山間部に入ったところにあるスリラや彼女の弟などスリラの家族を取りまく生活状況にも触れている。タイ北部の山岳地帯の女性たちの手による服なども販売するエスニックショップ「メナム」経営の野口あかねと、バンコク・タニヤの日本料理店経営のオサムという姉弟の実像やタイとの関わりがどういうものかという点も本書で気になることの一つだ。

 本のタイトルが悪魔の果実殺人事件とあるが、本の表紙デザインには東南アジアの代表的な果物ドリアンが描かれている。このドリアンは果物の王様と称されているが、また悪魔の果実と呼ばれることもある。本書では、よく語られることであるが医学的根拠がないドリアンについてのある迷信が事件の鍵となっている。

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